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ハッタリ

 二人同時でも良い、という言葉が、オウギュストとレオポルドのプライドを逆なでした。実力ある騎士としてもてはやされていた二人が、まさかこのような子ども扱い、雑魚扱いを受けるとは。


「おじさん……僕らを誰だと思っているの? 僕らは、かのギル――」


 名乗りを上げようとしたレオポルドの口を、オウギュストは咄嗟に塞いだ。


「お、おま……、バカっ、こんな所で名乗る奴があるか!」


 周囲に聞こえないようにレオポルドを叱る。

 現役の騎士が賭博場で暴れ回るなど、ギルバート隊だけに収まらず、モンテ皇国軍全体の面子に関わる問題だ。バレた場合どのような処罰が下るか想像もできない。そもそもギルバート隊長の命令を拒否してやっていたことがギャンブルと知れれば、ギルバート隊を除名される可能性もあった。


 だが――


「ギルバート隊のオウギュストとレオポルド、ねぇ……」


 マーゴットに名前を呼ばれ、オウギュストとレオポルドはハッとしてマーゴットを向くと、マーゴットは10センチメートル程の大きさの二つの騎士章を手に、階級章に刻まれた小さな文字を見にくそうに読んでいた。


「お、おい、それ……」


 それは形からしてオウギュストとレオポルドの騎士章。騎士章は騎士隊ごとに意匠が異なり、マーゴットが手にしているのは紛れもなくギルバート隊の騎士章であった。


 オウギュストが慌ててマーゴットに向かって行こうとしたが、すかさずハワードが行く手を塞ぐ。

 マーゴットはそんなオウギュストを一瞥すると、脇に控える手下が手にしたカバンの中を物色し始めた。

 そのカバンはレオポルドの物だ。そう言えば、賭博場の入口のクロークで、武器はもちろん金銭以外の荷物は全て預けさせられていたことを思い出した。


 名前も身分もマーゴットに知られてしまった。

 オウギュストにはこの状況を挽回する手段が思いつかない。

 この状況にさすがのクロキも見兼ねた。


 オウギュストもレオポルドも、強敵に共に当たった、いわば「戦友」。このまま見過ごすこともできない。

 まあ、この二人ならば、言いくるめればクロキがこの街に潜伏していることを口止めできるという算段はあった。

 だが、マーゴットに対しては何かしらの代償を支払わなければ、きっとクロキを軍に売るだろう。

 しばし頭を悩ませていたが、この状況を円満に納める最良の方法がなかなか思いつかない。しかし、このまま悩んでいても無為に時間が過ぎるだけ。

 仕方なく、クロキは困ったように頭を掻きながら、野次馬をかき分け、殺伐とした雰囲気の中に入って行った。

 あまりに自然に、気配なく近づくクロキに、オウギュストもレオポルドも直ぐに気付かなかったが、ハワードが驚いたように構えを解いたことでようやくクロキに気付く。


「お、お前……」


 オウギュストの驚きもひとまずは気にせず、クロキは両手を肩の高さまで上げた。


「まあ……とりあえず全員落ち着け、なあマーゴット、さん?」


 マーゴットもクロキに気付き、一瞬驚いたような顔をして、


「へぇ……」


 と、不敵に笑った。


「クロキ、お前探してたんだぞ、一体何があったんだよ」


 そう言ってクロキに近寄って来るレオポルドの頭をクロキは押さえつけながら、クロキは続ける。


「まあ、なんだ……こいつらがいたテーブルでイカサマがあったかどうかは知らないが……」

「が……? それで?」


 マーゴットが楽しそうに相槌を打つ。


「この建物の中で、明らかにあんたらが操作している物をいくつか見つけた」


 レオポルドに対して行われたイカサマ以外にも、この賭博場には至る所にイカサマが仕掛けられている。胴元であるマーゴットはその全て把握している。というよりも、全てマーゴットが指示したものであった。

 オウギュストやレオポルドのような素人(よかた)をあしらう方法はいくつも用意している。素人(よかた)にイカサマを指摘されても何も焦る必要はない。それどころか、今回みたく逆に吹っ掛けることもできる。


 だが、この男、このクロキという男は素人(よかた)連中とは違う。

 地下闘技場でハワードを倒した身のこなし、自分に対する凄み、むしろマーゴットのような裏社会の人間に近い。

 そのため、マーゴットの表情は依然として不敵な笑みを浮かべてはいるが、内心はさざ波が立つ思いでクロキの続く言葉を待っていた。


「……だから、なんだい?」

「うん……俺は気付いたことを絶対に口外しないことを誓う。その代わり、あんたらはこの二人をこのまま見逃す。どうだ?」


 クロキの発言はハッタリであった。イカサマなど一つも気付いていない。もちろんイカサマを探そうと思えば見つけることができるであろうが、クロキはただこの賭博場をぶらぶらしていただけ、正直な所、どんなゲームがあるかすら全て把握していなかった。

 だが、クロキはオウギュストの言うイカサマを信用し、そして、マーゴットが胴元であるならば、必ずほかにもイカサマがあるであろうと踏んで、見つけてもいないのに「見つけた」と言ったのだ。


 だが、これは効果てきめんであった。


「ふ……くく……あははは」


 マーゴットはひとしきり笑ったあと、気を取り直したように、


「面白いねえ、良いよ、行きな、あんたらはただ楽しくここで遊んで、手持ちをすっからかんにして帰った。そうだろ?」


 そう言うとマーゴットはオウギュストとレオポルドに荷物を投げ渡した。


「いつもは、『またのお越しを』、というところだけど、その二人は出禁だ、もう来るんじゃないよ」

「ああ……じゃあな」


 クロキは一言そう言って、オウギュストとレオポルドの背中を押して賭博場を後にした。


「マーゴット、今日はやけに素直に引いたな」


 ハワードは不思議そうにマーゴットに聞いた。

 マーゴットは腕を組み、顔に不敵な笑みを浮かべたまま。


「そうかい? まあ、『アレ』の前に面倒は嫌だったし、それに……ふふ」


 マーゴットの頭の中に、既に一つの計画ができあがっていた。

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