ギリアムの涙
「さて、これでお望み通り1対1だ」
クロキはリドリーと対峙した。
「ああ、キミが負けても言い訳はできなくなったよ」
「それはお前もだろ」
クロキは直ぐにはリドリーとの距離を詰めず、一定の距離を保ちながらリドリーの周りを走ると、不意に足元の石を拾い上げ、リドリーに向かって投げた。
「何のつもりだ」
リドリーは石をかわすとクロキとの距離を詰めようと走り出した。
クロキは立ち止まらずにそのまま狭い路地に姿を消す。
リドリーはクロキを追って路地に入った。が、路地の中にはクロキの姿はない。
「どこだ、正々堂々戦え、卑怯者」
リドリーの言葉に従うかのように、クロキがリドリーの背後に降り立ち、リドリーの背中を刀で斬った。
しかし、偶然にもリドリーが振り向いたため、リドリーの傷は浅い。
「不意討ちとは、カイゼル様を暗殺しただけのことはあるな」
「ふん、俺じゃねえって」
クロキは刀を逆手に握り直すと、路地の奥へ追い込むようにリドリーに向かって連続で刀を振るう。
「う、くっ……」
狭い路地の戦いに慣れていないリドリーは、剣を思うように振るうことができず、クロキに追い詰められ、少しずつ身体の傷が増えていく。
そして、クロキの蹴りが腹部に命中し、リドリーは吹っ飛ばされた。
リドリーは転倒しながらも直ぐに立ち上がり、
「貴様程度に使いたくはなかったが……オベイズ・ブレス!」
と唱えると、リドリーは一瞬にしてクロキとの距離を詰め、クロキに斬りかかった。
クロキは刀で剣を受けたが、先ほどよりも強い力に受け切れないと見るや、剣を受け流した。
リドリーは大きく息を吐き、そして息を吸うと呼吸を止め、再びクロキに斬りかかる。
そのスピード、パワーは、魔法を唱える前とは比べ物にならない。
ディックのフィジカル・ゾーンのような身体強化の魔法かとクロキは考えていたが、少々違和感がある。
クロキを攻めるときは呼吸をせず一息に、そして息が続かなくなると、距離を取り大きく息を吸い、そして再びクロキを攻める。
その違和感に気を取られていると、ついにクロキは右腕に傷を負ってしまった。
すると、リドリーは距離を取り、大きく息を吸って笑った。
「さあこれで、キミは呼吸に殺される」
ディックは、炎の鎖を手繰り寄せながらギリアムに近づくと、立ち止まって力いっぱい炎の鎖を引いた。
ギリアムはディックに引き寄せられるまいと、力比べとばかりに炎の鎖を絡めとった金棒に力を込めたが、ディックは突然炎の鎖を解除し、ギリアムがバランスを崩したところを接近し、地面に落ちた自分の剣を拾い上げると、下から上に向かって剣を振り上げた。
「うぎゃああっ」
ギリアムの胸と顔から血がほとばしり、ギリアムは顔の傷を抑え、ディックから距離を取ろうとした。
しかし、ディックは容赦なく追撃し、ギリアムの胸目掛けて剣を突き刺したが、ギリアムは間一髪回避し、剣はギリアムの左の二の腕を貫通した。
「痛え、痛えよう……」
ギリアムは痛みのあまり涙を流しながら、剣から左腕を引き抜き、ディックを追い払うように右腕で金棒を振り回した。
「騎士ともあろう者が、敵の前で涙を流すなど……」
ディックはがっかりしたように吐き捨てたが、ふと、周りの騎士が怯えたように距離を取っていることに気付いた。
「お、おいギリアムさんが……」
「泣いている……」
騎士たちは、ディックにではなく、ギリアムに怯えている。
「何だ?」
ディックが訝しんでいると、ギリアムが一層大声で泣き叫んだ。
「いでえぇぇよおううぅぅぅぅ!」
顔を上げ、空に向かって大地が震えるほどの泣き声を上げると、ピタッと泣き声が止まった。
「このドクズがぁ! 許さん!」
ガクッと頭を下げ、ディックを睨みつける眼は、先ほどのまでの愛嬌のある丸い眼ではなく、眼球は紅く充血し、人を射殺すような鋭い目つきに変わっていた。
「俺の受けた痛みを、貴様の身体にも刻み付け、苦痛の中で殺してやる!」
目つきだけでなく、口調も変わっている。いや、それだけでない。全身から溢れる魔力の質も変わっている。
ギリアムは突き刺された左腕を何ともないかのように上げて、両腕で金棒を握り、ディックに殴りかかってきた。
しかし大振り。ディックは難なくかわし、攻撃に転じようとしたが、ギリアムはその体躯に似合わず軽やかにステップを踏み、金棒を支柱にしてディックに向かって蹴りを放ち、そのまま金棒の上で逆立ちをすると、飛び降りつつ金棒を引き抜き、ディックに向かって金棒を叩きつけた。
地面が揺れ、めくれ上がる。
激しく泣いた後、ギリアムは動きも変わっていた。
ギリアムの固有魔法ティアードロップス。大声で泣くことで、身体能力を強化しつつ戦闘スタイルを一変させる。今は痛みすらも感じない。そして、魔力の総量が向上しているため、より強い魔法を使うこともできるようになっている。
だが、それと引き換えに理性を失っている。近くにいる者は敵も味方も関係なく攻撃し、殲滅してしまうことから、仲間たちから「バザークモード」とも呼ばれていた。
「ふ、面白い、それが貴様の奥の手か」
ディックはギリアムの猛攻をかわしながら笑う。
「ならば、フィジカル・ゾーン!」
ディックの身体が白い光に包まれる。そして刀身に手を当てると、
「エンチャント・ファイア!」
刀身が炎に包まれた。
「それが、どうしたっ!」
ギリアムはディックの魔法に畏れることなく突進し、金棒を振るった。
またもや金棒は空振り、地面に激突する。
ディックは金棒をかわしつつ、一瞬のうちにギリアムの背後に移動していた。
戦闘特化スタイルにより感覚が研ぎすまされたギリアムは、背後の気配に気づき、直ぐに振り向く。
と、ディックはギリアムに背中を向けており、剣を鞘に納めていた。
「うおおおっ!」
ティアードロップスが発動した状態のギリアムに、ディックの不可解な様子を疑う知性はない。
ギリアムは金棒でディックを叩き潰そうと腕を振り上げた。やけに腕が軽いことに違和感はあったが、今のギリアムは気にすることなく、そのまま腕を振り下ろす。
しかし、金棒は振り下ろされなかった。いや、ギリアムの肘から先が切断され、無かったのだ。
「あ……」
痛みすらも感じない状態のギリアムは気付いていなかった。腕だけではない。既に、肩から腰に掛けて大きく斬られていた。切断こそされていないものの両足の太ももにも骨まで達する裂傷が真横に入っている。
次の瞬間、ギリアムの全身から血が噴きだし、ギリアムは仰向けに倒れた。
「なかなか面白かったぞ、モンテの騎士よ」
終わってみればディックの圧勝。ディックは、無傷でギリアムを倒し、モニカとヒースのもとに戻っていった。