つながり
オウギュストとレオポルドがネロス城の廊下を歩いていると、後ろからケヴィンが追いかけて来た。
「おい……待て」
「何だよ、何か用か?」
オウギュストとレオポルドはケヴィンを振り向いた。
「これからどうするつもりだ」
ケヴィンの質問にオウギュストが答える。
「俺は……休暇でも取ろうかな」
「あ、それ良い、僕も休暇取ろうっと」
レオポルドもオウギュストに同調した。
すると、オウギュストが逆にケヴィンに聞いた。
「ケヴィンは、クロキの捜索に出るのか?」
「ああ……ギルの希望だからな」
ケヴィンもまた複雑な心境であった。シュマリアン共和国でクロキと共闘し、知らない仲ではなかったし、ゴードンが認めるクロキをケヴィンも認めていた。
ケヴィンが聞くともなしに、オウギュストが自分に言い聞かせるように言った。
「俺もレオも馬鹿だからな、何が正しいのか判らねえ。だから、共に戦ったときの感覚を信じるんだ」
「そうそう、そういうこと、って僕はお前と違って馬鹿じゃないぞ!」
レオポルドが同調しつつも文句を言っている中、ケヴィンはオウギュストを見て静かに笑った。
「つまり……二人は、あいつを信じているんだな」
「ああ? ば、バカ言うなよ、俺は確かな証拠もないのに犯人と決めつける風潮がだな……」
それを信頼しているというのだとケヴィンは言いたい気持ちを抑え、オウギュストとレオポルドの顔を交互に見た。
夜が更け、街中が寝静まった頃。
いつもなら空に瞬く月の明かりだけが静かに家々を照らしているが、この日は家の角という角にかがり火が焚かれ、魔法石ホワイト・ライトを使用した携行用の照明器具を持った騎士や兵士が街中を巡回していた。
「ヒース、こっちだ」
巡回する兵士たちの監視をかい潜り、クロキとヒースは路地から路地へと身を隠しながら移動を始めた。
「あ、ちょっと待ってください。足元が見えなくて……」
眼が悪いヒースは足元が見えず、足取りが覚束ないながらもクロキに従い必死に後をついて行く。
もし捕まればクロキは処刑され、ヒースもどうなるか分からない。
なぜこんなことになったのかとヒースは考えながら、クロキの背中を追う。
クロキもヒースも何も悪くない。この世界の混乱に、陰謀に、そしてモンテ皇国の政争に巻き込まれただけだ。
カイゼルを暗殺するため暗殺者をモンテ皇国に引き入れたのは、法務大臣のヤンである。モンテ皇国における自身の影響力を強めるため、そして、モンテ皇国を自分の思い描く形にするため、ヤンは最も邪魔な存在であるカイゼルの暗殺を決意したのだ。さらに、障害となりそうな皇太子の娘ミレーヌと、そして、アトリス共和国内務大臣オリバーの依頼によってクロキの暗殺も計画していた。
黒幕がヤンであることは、ヤン本人とごく近い側近以外は知らない。唯一疑いを持っているは外務大臣のギブソンであったが、確たる証拠を得ているわけではなかった。
そのため、ギブソンはこれからヤンが行おうとしていることを徹底的に邪魔しようと考えたのだ。
その第一歩にして、最大の反抗が、クロキの脱走であった。
「うわっ」
ヒースが躓き転倒した。
「大丈夫か」
クロキが立ち止まりヒースを振り向くと、ヒースは直ぐに立ち上がり頷いたが、その直後、ヒースの顔が明るく照らされた。
「おい、誰だ!」
巡回兵に見つかった。
クロキはヒースの腕を取ると、路地に逃げ込んだ。
笛を吹く音が街中に響き渡る。
街から出るまではまだ距離がある。
このまま逃げ切ることができるだろうか。珍しくクロキの顔に焦りが浮かぶ。
近くを巡回する騎士や兵士の足音が聞こえ、クロキとヒースは立ち止まり息を潜める。
そのとき、近くの建物のドアが開き、その中から飛び出してきた者がヒースを羽交い絞めにした。
クロキは咄嗟に刀を抜き、応戦しようとしたが、その建物の中から飛んできたロープに一瞬にしてからめとられたかと思いきや、ヒースとともにそのまま建物の中に引きずり込まれた。
ドアが閉まる音を聞きつけた騎士や兵士が路地裏を見たが、そこには人の気配はなく、騎士らはしばらく辺りを見回り、その場を後にした。
「ふぅ、危なかったな」
ドア越しに外の気配を探るその男は、何とテオであった。
カルロスがクロキを拘束したロープを解く。カルロスの後ろにはイゴールの姿もある。
「て、テオさん、なぜここに」
ヒースが驚きながら聞くと、テオはろうそくの火で顔を照らしながら、ヒースとクロキを見た。
「クロキなら、街を出るとすればきっとこの辺りを通ると思ってね、待っていたんだ」
ここはどうやら使われていない倉庫らしい。明かりも抑制しており、大きな音を立てなければ中に誰がいても気付かれないだろう。
「クロキくん、ほれ」
イゴールはそう言うと、手の平大の包みをクロキに投げ渡した。
クロキが包みの中を見ると、中には大量の金貨。
「これは……」
クロキが驚いて顔を上げるとテオが答えた。
「ゴードン様からだ。道中先立つ物は必要だろう」
3日前、カイゼルを看取ったとき以来、クロキはゴードンのことをずっと気にしていた。失意に苛まれているのではないか。怒りに任せて無茶なことをしているのではないか。
だが、この包みを受け取り、ゴードンもまたクロキのことを心配していたことを知り、クロキは包みを強く握りしめた。
「ゴードンに礼を言っておいてください」
「ああ……俺は、俺たちは、カイゼル様の意志を引き継ぐ。だからお前らとは行けないが……」
そう言いながらテオがクロキの肩を叩いた。
「無事で、いつか必ず帰って来いよ」
その後ろでイゴールとカルロスも頷いていた。
「そうだ、もう一人、クロキに会いたいって奴が……」
隣室のドアが開き、出て来たのは意外なことにケヴィンであった。
「お前……」
クロキはまたも驚く。こんなに連続で驚いたのは久しぶりだ。
「俺は、一応お前の捜索隊に指名されているから、本当ならお前を捕まえなくてはならない……」
ケヴィンはそう言うが、クロキは警戒しない。
「だから大っぴらに支援することができない代わりに、援軍を呼んでおいた」
「援軍……?」
「ああ、だがいかんせん急に頼んだからな、到着まではもう間もなくと言ったところだ。お前らはとにかくここから西に向かって真っ直ぐ進め、西側の方が若干警備が薄い」
「……すまない」
クロキが礼を言うと、ケヴィンは無言で手を挙げた。
ケヴィンは始めからクロキの脱出の手助けをするつもりであった。しかし、ギルバートを裏切るわけにもいかないため、オウギュストとレオポルドのように鼻から任務を拒否するのではなく、任務に当たりながらクロキを支援しようと考えたのだ。
そう、西側の警備が若干薄いのも、街の東の区画でクロキを目撃したとの偽の情報をケヴィンが流したためであった。
「頃合いだ……」
カルロスが周囲に人の気配がなくなったことを確認し、クロキとヒースに移動を促した。
「この借りは――」
クロキが言いかけたところでテオが首を振った。
「なんのなんの、むしろ俺らが作った借りがまだあるって。さあ、行け、ぐずぐずしていられる時間はないぞ」
クロキとヒースは頭を下げると、ドアをわずかに開け、周囲に人がいないことを確認した後、建物から出て行った。
静かに閉まるドアを見ながら、テオは心の中で二人の無事を祈った。