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脱走

「何か用ですか?」

「おいおい、そう睨むなよ、俺はキミを救けに来たんだぜ」


 そう言うと、ルースは手に持った牢の鍵をクロキに見せた。


「な……どうして……!」


 ルースはクロキの反応を気にも留めず、良く分からない鼻歌を歌いながら、牢屋を閉じる三つの鍵を順に開け、牢屋の扉を開けた。


「どうやらね、キミの量刑が確定するらしい」

「何か、証拠でも見つかったんですか?」

「証拠なんて必要ないさ。法務大臣のヤンが黒と言えば黒となる、そんな感じさ。明後日、カイゼルさんの葬儀が執り行われる。ヤンとしてはそれまでに、犯人を処罰したいんだろうね」

「それで……俺は?」

「当然、死刑さ」


 ルースは首を斬る真似をしながら言った。


「そうですか……では」


 もはやここに留まる理由はない。死刑となるのであれば、汚名を晴らすことよりも、自分の命を最優先する。


 クロキが手錠の掛かった腕をルースの前に差し出すと、ルースは鍵束から手錠の鍵を探し、手錠を外した。


「こんなことをすれば、あなたもただでは済まないでしょうに」


 クロキはルースの処遇が心配であった。

 しかし、ルースは深刻そうな顔もせず、飄々とした様子で答えた。


「まあ、俺は頼まれただけさ。それなりに顔が利いて汚れ仕事も引き受ける奴なんて俺くらいだしね。それに、騎士を首になっても仕事を斡旋してくれるって言うしさ」

「そうですか……ちなみに、ルースさんに依頼したのは誰ですか?」

「ごめんよ、その御方は匿名を希望だ。ただ、そうだな……ヤンの思い通りになることが気に食わない人物、とだけ言っておこう」


 ルースは名を伏せたが、ルースにクロキの脱走の手助けを依頼したのは、なんと外務大殷のギブソンであった。

 だが、実は、もう一人、ルースの行動に気付きながら咎めなかった人物がいた。

 それは――




 先刻、ルースが地下牢に行こうとネロス城の中を歩いていたときのこと。


 いつもどおり口元に笑みを浮かべながら飄々と歩く様に、すれ違う騎士も役人も誰一人としてルースの思惑に気付かない。

 皆、相変わらずだらしのない、軽薄そうな男だと思いながらルースとあいさつをかわしていた。


 そんな中、一人の大男がルースの前に立ち塞がる。


「おや、ミュラー……長官殿じゃあないですか」


 熊のような風貌のその男は、軍部長官ミュラーであった。


「ルース、久しぶりだな」


 静かに話してはいるが、それでも威圧感のある声だ。


「こんな所でどうしたんです? 俺は急ぐんで、また今度ゆっくり――」

「お前が何をしようとしているかは知らんが……」


 ルースが言い終わる前にミュラーが口を開いた。


「ふん、ろくでもないことであろうことは判る」


 ルースは立ち止まり、ミュラーを見た。

 ミュラーもまたルースを見る。


 無言の時間があり、ルースはニヤニヤとした表情のまま口を開いた。


「まあ……首になったらなったで、何とかなるっぽいんでね」


 ミュラーは目を細め、無言で聞く。


「あんたも知ってるでしょうに、俺がどんな人間か」


 かつて、若かりしルースを隊長に推挙し、そして、隊長を辞任するルースを騎士に留めたのがミュラーである。そして、アーミル王国に行くギブソンの護衛部隊の隊長に任命にしたのもミュラーであった。

 ルースがミュラーと別れの挨拶をするように手を振りながら、再び歩き始めた。


「ルース!」


 ルースを振り向かずミュラーが叫んだ。


「やるなら上手くやれ。カイゼルが死んで、子飼いの連中が宙に浮いている。連中をお前に任せるつもりだ」


 カイゼルの死によって、直属で任務に当たっていたテオとその仲間たちは、今どこの騎士隊にも所属していない状態であった。適当な騎士隊に編入しても良いが、実のところテオやカルロスの出自――貧民孤児や敵対国の出身であるということから、血統の良い騎士たちから彼らは疎まれている部分があった。

 ならば、同じように一般の騎士から距離を置かれているルースを隊長とした騎士隊を作り、彼らをその騎士隊に組み込むのが――少々職権の乱用のような気もするが――最良とミュラーは考えていた。

 ルースは脚を止めず、もう一度手を挙げた。




「さて、後は……そうそう、クロキ君の装備はあっちの監視部屋の奥の小部屋に保管してあるよ」


 そう言ってルースは、クロキに鍵束を渡した。


「うん? あなたはどうするんですか?」

「決まってるだろう、ほら」


 ルースが自分の頬をぺちぺちと叩いた。


「一発で気絶させてくれよ」

「ふふ……そういうことですか」


 逃がすつもりはなかった。旧知であるので様子を見に行ったら、襲われて鍵を奪われてしまった。そういうストーリーにすれば、懲戒処分にはなっても罪を問われることはないであろう。

 クロキもそれを理解し、一発で、しかもしっかり顔に傷が残るように殴ろうと、肩を回し始めた。


「ああ、一つ言い忘れていた」

「何です?」

「キミのお友達、ヒースくんだけど……」


 ヒースと聞いてクロキの動きが止まる。


「ヒースがどうかしましたか?」

「キミの共犯者として逮捕されるみたいだ。本当の所は、カイゼル氏が独占していたヒースくんの研究を全て押収しようということらしいけども……」

「そうですか……情報、ありがとうございます!」


 クロキはルースの顎に綺麗にストレートを入れると、ルースは口からわずかに血を流しながらノックダウンされた。




 ヒースは、3日前カイゼルが暗殺されたこと、クロキが容疑者として連行されたことを聞いてから、一歩も外に出ていなかった。

 もちろんクロキは潔白であるとヒースは信じていたが、近所の住人、そして街の人々から重罪人の家として見られていたため、外に出にくい雰囲気であったのだ。

 この間、アンナやアーノルドが食料を持参してヒースを訪ね、励ました。


 この日、ヒースが家でほかのことを考えなくても良いように研究に没頭していると、何者かが玄関のドアを激しくノックした。

 ヒースの家によく来る者とは違うノックの仕方に、ヒースは警戒しつつも、


「どなたですか?」


 と言って、外を覗こうとドアをわずかに開けた。

 すると、ドアの隙間に無理やり手が突っ込まれ、強引にドアが開けられた。


「貴様がヒースだな。カイゼル卿殺害の共犯の疑いがある。来てもらおうか」


 目の前には法務局の捜査官と数人の騎士。

 突然のことにヒースが茫然としていると騎士がヒースの腕を掴み、引きずるように家の外へと引っ張りだした。

 そして、入れ替わりで捜査官が家の中に入り、


「証拠となりそうな物を押収する」


 と騎士たちに指示をすると、騎士たちは家の中を乱暴に荒らし始めた。


「ああ、止めてください、それは、まだ研究途中の、あ、それは貴重な物です、そっと、そーっと」


 ヒースは泣きそうな顔で叫ぶが、騎士たちはお構いなしに家中を荒らす。


「うわっ!」


 そのとき、家の奥で騎士の叫び声が上がった。

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