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暗殺の後

 一夜明けて、異邦人クロキがカイゼルを暗殺したとのニュースに、街中が持ちきりとなっていた。

 犯行の動機は、ほかの異邦人と異なり虐げられていたため、とか、諸国を巡る中で敵国に懐柔された、といった噂が流れていた。


 それから3日間にわたって昼も夜もクロキは尋問され続けた。クロキは頑として犯行を否認し、バリーとの戦闘を話し、メラニーの犯行を主張し続けたが、証拠はメラニーが失踪したという状況だけ。だが、それについても、クロキがメラニーを殺害してどこかに死体を遺棄したと決めつけて掛かっていた。


 テオとゴードン、そしてダリオも、当時、明らかにカイゼルを狙った暗殺者と戦闘したことを話したが、それもクロキが犯人ではないという証拠にはならなかった。


 そんな中、クロキのスキルの師であるジョルジュがネロス城を訪れ、宮廷魔術師クラウズと面会した。


「お前が儂を訪ねてくるなど何かと思えば……そうか、あの異邦人はお前の弟子か」

「弟子というわけではないが、まんざら知らぬ仲でもない」


 ジョルジュはソファに深く座り、腕を組みながら目を落としながら答えた。


 この二人は、かつて異邦人リュウイチロウとともに世界を救ったとされる英雄の間柄である。

 現役を退いた後は、クラウズは国に仕えるために皇帝の傍に仕える宮廷魔術師となり、ジョルジュは遁世の道を選んだ。


「お前も、クロキが犯人だと思っているのか?」


 ジョルジュの問いにクラウズはしばし沈黙した。


「分からんね。あの異邦人とは召喚のときに魔力の測定をしただけ。どんな男かも知らん。だが、お前が違うというのならば、違うのかも知れんな」


 クラウズは静かに答えた。


 ともに冒険をしていたときは、理論派のクラウズと行動派のジョルジュは意見が対立することが多かったが、あのときのパーティーで残っているのはもはやクラウズとジョルジュのみ。

 今、クラウズがこの世界で最も信頼できる者は、ともに死線を潜り抜けたジョルジュであった。


「ならば……頼む。お前の力であいつを救けてくれ」


 ジョルジュが深く頭を下げた。


「やれるだけのことはやってみよう。だが、これだけの大事、そうやすやすとはいかんぞ」


 異邦人による現役総務大臣の暗殺。国家を揺るがす大事件に、法務大臣ヤンが自ら指揮を執って捜査に当たっており、捜査内容は完全に非公開となっていた。

 クラウズが取れる手は皇帝に直言することのみ。

 だが、カイゼルの死に心を痛めている皇帝に対して、無為にクロキの釈放を申し出ても聞き入れてもらえないだろう。それどころか、ヤンが既に皇帝に何かしらの報告をしていれば、その内容によってはクラウズは皇帝の怒りを買うこととなる。

 現時点までの捜査の進捗の把握と、皇帝への直言のタイミングを計らなくてはならない。

 クラウズは眉間にしわを寄せて、大きくため息をついた。




 ジョルジュがネロス城から出ようとすると、正面からテイラーが黒いロングヘアーを揺らしながら走り寄って来た。


「叔父様、どうでした?」


 ジョルジュは首を縦にも横にも振らず、一つため息をつく。

 テイラーは肩を落としうなだれた。


「クラウズの協力は取り付けることができたが、どうもそう簡単な話ではないらしい」


 ジョルジュの報告を聞くと、テイラーがいつもとは違う鋭い視線で何かを考え始めた。


「カイゼル様の葬儀は明後日……ヤン様は面子のためにも、そのときまでには必ず結論を出すはず」

「明後日が期限ということか」


 あまり時間がない。果たしてクラウズは間に合うだろうか。

 ジョルジュとテイラーは、城全体に暗雲が立ち込めているように感じ始めた。



 モンテ皇国においては、人が死んで2日は魂が死を受け入れる期間とし、3日目で魂が天に召される準備をして、4日目に荼毘に付すのが習わしとなっている。

 ただし、国家の要職についていた者や、多大な功績があった者は、荼毘に付す前に4日目として、皇帝から直々に祝詞を読み上げられる儀式があり、5日目に荼毘に付されることとなっているため、カイゼルもこの例に漏れず死後5日目に荼毘を付すこととなっていた。

 この間、カイゼルの遺体は自宅の寝室のベッドの上に寝かされ、弔問客が引っ切り無しにカイゼルの邸宅を訪れ、家の中は慌ただしい雰囲気であったが、やはり重い空気が漂いつつも慌ただしかった。


 そんな中、悲しみに暮れてばかりもいられない者がいた。

 代々モンテ皇国の要職を担ってきた一族――ミュラー家として、誰かがカイゼルの後を継ぎ、文官とならなければならなかった。

 当然、長男であるギルバートが後継となるものと誰もが思っていたが、あまりに急な話にギルバートは覚悟を決められない。

 いずれは後を継いで文官とは考えてはいたが、まだ騎士隊を率いる身で、ギルバート隊を皇国随一の騎士隊にするという目標もあり、それもまだ道半ば。


「兄様、後のことは私に任せてくださいな」


 妹のグレイスがギルバート隊を引き継ぐと言ってくれたが、ギルバートはカイゼルが荼毘に付され、喪が明けるまでは葬儀に集中するということを理由に、ひとまずは結論を先延ばしにすることとした。


「ケヴィン、運命とは残酷なものだな」


 ギルバートは自室のベッドに横たわり天井を見ていた。

 ベッドの脇の椅子にはギルバートを見つめながらケヴィンが座り、ケヴィンは無言で目を伏せた。


「ギル、俺はこの先どうなろうとキミの傍にいるよ」


 ケヴィンの言葉に、ギルバートは腕で目を覆った。


「きっと俺は、見栄で外見を覆っただけのどこかの貴族の娘と結婚することになるだろう。俺がその女に毎日空虚な愛の言葉を呟くのを聞いていられるのかい?」


 それはケヴィンにではなく、ギルバートが自分自身に言っていた。

 自らの感情を偽り、幸せな家庭を演じる光景を、ケヴィンに見られるのがギルバートは耐えられなかった。


 ふと、外から聞こえてくる声に気付き、ケヴィンが窓の外を見やると、ゴードンが一心不乱に剣を振るっていた。


「父上が死んだ次の日から、あいつは一日中ああしている。今更訓練を積んだところでもうどうにもならないと言うのに……ああ、うるさい」


 ギルバートは枕で耳を覆い、窓に背を向けた。


 沈黙が流れ、室内には庭で発させられるゴードンの声だけが響く。

 ギルバートは嫌そうな顔をしているが、ゴードンもとにかく何も考えたくなくて訓練に打ち込んでいるということにギルバートも気付いていることをケヴィンは知っていた。

 しかも、ゴードンはカイゼルが息を引き取るその現場にいたのだ。報せを受けたときには既にカイゼルが息を引き取っていたギルバートよりも、なお心痛していることだろう。


「ゴードンにもし魔力があったなら、今すぐにでも後を継がせるのに……」


 ギルバートがポツリと呟いた。


 コンコンと部屋のドアをノックする音とともにドアが開き、ギルバートの母が顔を見せた。


「ギル、外務大臣のギブソン様がいらっしゃいました、顔をお見せなさい」


 つい先ほど財務大臣が来たばかりで今度は外務大臣。

 ギルバートはうんざりした様子で、母について階下に降りて行った。

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