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暗殺の結末

 クロキはハッと廊下の奥を見て、直ぐに走り出した。


 悲鳴の聞こえて来た方向から考えて、悲鳴の主がいる所はおそらくカイゼルの執務室。

 クロキがカイゼルの執務室のドアを蹴り飛ばし、勢いよく室内に転がり込むと、カイゼルと目が合った。


 蝋燭の明かりに照らされたカイゼルの表情は、苦痛に満ち、荒い息を繰り返している。

 椅子に深く座り、背もたれに背中を預け、ぐったりとしたカイゼルの胸には紅く血が滲んでいた。


 ふと、部屋の隅の佇む人物に気付き、クロキはその人物を見やった。


 メイドのメラニー。


 メラニーは恐怖に慄きながら、クロキに向かって何かを放り投げた。

 まるで子どもにボールを投げ渡すように、ゆっくりと、優しく投げられたそれをクロキは難なくキャッチすると、手にヌルっとした感触。

 それは、刃渡り15センチメートルほどのナイフ。その刃から柄へと真っ赤な血が流れ、クロキの手を紅く染めた。


 クロキはハッとして、カイゼルを見て、そしてメラニーを見ると、メラニーの恐怖の表情が笑みに変わる。


「キャーッ! 人殺し!」


 笑顔のまま、メラニーが再び悲鳴を上げると、執務室内にモンテ皇国の兵士たちがなだれ込んできた。

 その後ろからゴードンとテオも息を切らして室内に入って来ると、ゴードンは茫然としてよろよろと後ずさり、壁を背にそのまま床に座り込んでしまった。


「か、カイゼル様!」


 カイゼルのもとにテオが駆け寄り、胸元の傷に触れた。

 傷は深い。既に相当な出血をしている。


「お、おい、誰か治療術師(ヒーラー)を! 早くしろっ! だ、大丈夫です。カイゼル様、直ぐに治療(ヒール)します」


 テオの肩をカイゼルが掴んだ。


「もう……無理だ……、私は、間もなく……死ぬ」


 ゼエゼエと荒い息に紛れるように、カイゼルが言葉を発した。


「お止めください。傷に触ります!」

「聞け……世界が戦乱に……包まれる、道を、違えるなよ……」


 カイゼルはそう言うと、壁にもたれかかり座り込んでいるゴードンを見て、力を振り絞るようにゴードンを指差した。


「ゴ、ゴードン……いるのか……?」

「は、はい……」

「後は、頼んだぞ……」

「そ、そんな……私には……私には……!」

「……すまなかった、な……」


 カイゼルはそう言うと微かに笑った。

 そして、何かを呟いた。

 テオは聞き取れず、カイゼルの口元に耳を近づけると、


「ヤンに……気を付けろ」


 一言そう言って、カイゼルは眼を閉じ、呼吸を止めた。


 間を置いて、テオが慟哭する。

 カイゼルの手を握りながら、その手に涙を落としながら。


 ゴードンは茫然としたままその顔を涙で濡らす。


 あまりに呆気ない別れ。


 カイゼルのために、家のためにまだ何もしていない。いつか騎士としての勇壮な様を見せることを心のどこかで思い描いていたが、既にそれも叶わない。

 ゴードンから少しずつ嗚咽が漏れ始め、ついには部屋中に響き渡った。


 ふと一人の兵士が、その様を神妙な面持ちで見ていたクロキの手元に気付いた。


「お、おい、お前……それ……」


 兵士が指を差すクロキの手には血塗られたナイフ。


「お前が殺ったのか! 取り押さえろ!」


 兵士たちが一斉にクロキに跳び掛かった。


 クロキは手に握るナイフを見てメラニーを思い出し、部屋を見渡したが、メラニーの姿は室内にはない。

 自分を捕まえようとする兵士たちを掻い潜り廊下に出ると、クロキは全速力で走り出した。


 背後から「逃げたぞ」、「追い掛けろ」という声がするが、そんなことには構わず、一直線にバリーと戦った所まで走った。


 廊下の隅で、ダリオが気を失って倒れている。

 廊下の先は夜の闇で薄暗い。

 その闇の中に、バリーに肩を貸すメラニーの姿があった。


 クロキは反射的に握った血塗りのナイフをメラニーに投げつけたが、メラニーは難なく腕で弾いた。


 メラニーの手には爪痕の文様の入った仮面。

 メラニーは笑みを浮かべながら仮面を着けた。


「くくく……貴様が、俺の相手をしてくれている間に……終わったよ」


 バリーの言葉にクロキが叫ぶ。


「お前も仲間だったのか!」


 仮面越しにメラニーがほくそ笑んでいるのが判る。


「本物のメラニーは、1か月前に死んでるよ」


 メラニーに成りすましていたこの女は、元々はカイゼルの傍で諜報活動をする役割を担っていた。だが、カイゼルが死ねばこの女の役割は終わる。バリーは今回の暗殺計画において、この女を最後の手段として使ったのであった。


「結局……一人しか殺れなかったが……まあ、良い……最低限にして最大の成果だ」


 そう言って立ち去ろうとする二人をクロキが呼び止める。


「待て! みすみす逃がすわけねえだろ!」


 しかし、バリーに焦りはない。


「くく……そんな大声を出して良いのか……? ほら……」


 クロキの背後から「いたぞ!」、「捕まえろ!」という声がしたかと思うと、数人の兵士がクロキを後ろから押し倒し、組み伏せた。


 うつ伏せに押さえつけられながらクロキが廊下の先を見ると、そこにバリーとメラニーの姿はなかった。

 今、ここにある真実は、廊下の先に転がる血塗りのナイフと、血に染まったクロキの手のみ。

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