糸使いタンジェリン
しかし、ダリオは既にその部屋の中にはいなかった。
その部屋の隣はカイゼルの寝室。
ダリオはサンダーブレードで壁を突き破り、カイゼルの寝室へと移動していた。
寝室の中はゲルダの部屋と同じように部屋中に糸が張り巡らされている。だが、ベッドの上どころか、部屋にカイゼルの姿はなかった。
一体どこに。
ダリオはそう考えながら、部屋のドアの周辺を何度も斬りつけ、糸を切断し、部屋の中に張り巡らされた糸を無力化した。
そして、次々と向かって来る糸を切断しながら、廊下に出ると、
「サンダーブレード!」
と、雷の刃を廊下の先のタンジェリン目掛けて真っ直ぐ上から振り下ろした。
タンジェリンはまたもやかわすと、ダリオに向かって糸を放つ。
「サンダーボール!」
ダリオは、今度はタンジェリンから放たれる糸に向かって雷の球を放った。
速度はさほど早くはないが、糸に触れるたび放電し、タンジェリンの眼がくらむ。
「今だ、サンダー・アトラクション!」
ダリオの身体が帯電し、先ほど放った雷の球に向かってジャンプしたかと思うと、ダリオの身体が球に向かって引き寄せされるように加速し、その勢いのままタンジェリンを斬った。雷の球と自分の身体に帯電させた電気に異なる極性を帯びさせることで、雷の球に向かって引き寄せされる魔法である。
タンジェリンの首が飛ぶ。
だが、ダリオの剣に首を斬った感触がなく、タンジェリンの身体は糸が解けるように地面に散らばった。
地面に転がるタンジェリンの首も糸で作られた創られたダミー。
いつの間にか、タンジェリンは糸で自分自身の人形を作り、身代わりにしたのだ。
「もう、なりふり構っていられないわ!」
タンジェリンがダリオの背後から接近する。
その身体には鎧のように糸を巻き付け、腕にはタンジェリンの細腕の何倍の大きさにも巻いた糸のグローブ。
タンジェリンが鋼鉄のごとく硬く締め付けて作った大きな糸のグローブでダリオを殴りつけると、ダリオはガードしながらも吹っ飛ばされ壁に叩きつけられた。
タンジェリンにこのように接近戦ができることをダリオは想像しておらず不意を突かれた格好となった。
タンジェリンは今、屋敷に張り巡らせた糸を諦め、ダリオに対して全力で臨む覚悟を決めていた。この形態はそうでなければ使えない形態であった。
タンジェリンの両腕のほか、背中ら二本の糸の腕が生える。
「このまま、叩き潰してあげる」
そう言うと、タンジェリンがダリオに向かって糸の腕の連打を放つ。
ダリオは両腕でガードし、とにかく耐えていたが、タンジェリンの糸の腕がさらに二本増えると、壁を突き破って室内に吹っ飛ばされた。
「まだまだっ!」
タンジェリンの背中から生える四本の糸の腕が伸びて、ダリオを襲う。
パンチの威力は変わらないが、タンジェリンとの距離が離れれば攻撃速度が落ちるらしく、ダリオは紙一重で糸の腕を攻撃をかわしつつ、そのうち一本を手首辺りで切断しようと斬りつけた。
しかし、鋼鉄のような硬さに巻かれた糸の腕。表面の数本の糸を切断するだけで腕全体を切断することはできなかった。
「ならば、俺も奥の手を使おう……サンダーブレード!」
ダリオは剣を帯電させ、今度は雷の刃で糸の腕を横から斬る。
一撃では切断はできなかいが、三度、四度と斬りつけることでようやく一本を切断し、そこから生まれた隙をついて廊下に出ると、タンジェリンから逃げるように廊下の奥に向かって走り出した。
「逃げようったって無駄よ」
タンジェリンがダリオの背中に向かって無数の糸を伸ばしたが、ダリオは走りながら背後に向かってサンダーボールを放ち、糸の動きを阻害しつつ、さらに振り向き様にサンダーブレードを振り回し、そして、タンジェリンと一定の距離を取ると立ち止まった。
「まだ足りないか……」
ダリオはそう呟くと、サンダーボールを乱射し、サンダーブレードを振り回した。
しかし、サンダーボールは逆に糸に阻まれ、サンダーブレードは見切られて全てかわされる。
「そんな遠距離で撃ったところで、当たるわけないでしょう。逃げ場をなくして焦っているのかしら?」
タンジェリンはダリオに余裕がなくなったと見て、接近戦で確実に仕留めようと、ダリオに向かって走り出した。
しかし、ダリオの「奥の手」の準備は完了した。
ダリオの使う魔法には溜めた魔力と電気を全て消費してしまう魔法が2つある。
1つは先ほど使用したハイボルテージスパーク。
この魔法は、魔術書に記載されている光系上級魔法で、魔力を溜め、その魔力を全て消費して全身から雷を発する。
そして、もう1つの全ての魔力と電気を消費する魔法は、ダリオの固有魔法イマジン・ライトニングスであった。
この魔法にはハイボルテージスパークとは異なる点がある。それは、魔法の発動前に一定以上、身体に帯電している必要があること。
つまり、イマジン・ライトニングスの発動前には、全て放電してしまうハイボルテージスパーク以外の雷を操作する魔法を使用しなくてはならない。
ダリオが放った、無駄撃ちと思えたサンダーボールやサンダーブレードは、全てイマジン・ライトニングスへの布石。
そして、今、準備は整った。
「神速にて敵を穿つ、イマジン・ライトニングス!」
ダリオの身体がハイボルテージスパークのときのように激しく発光した。
タンジェリンはその眩しさと、再び強烈な雷が放たれるものと糸の腕を前方に向けて構えた。
次の瞬間、轟音ともに屋根を突き破ってタンジェリンの身体に稲妻が落ちたかと思えば、タンジェリンの身体に大きく穴が開いていた。
口から血を流しながら背後を振り向くと、さっきまではるか前方にいたダリオが背後で剣を鞘に納めていた。
「我が奥義、それは、我が身躯を稲妻と化すこと」
ダリオの固有魔法イマジン・ライトニングスは、ダリオ自身を稲妻として、対象に向かって突撃する魔法。放たれる直前に激しく発光することも相まって、その速度についてこられるものはいない。ダリオが対象を貫いた瞬間、対象に超高圧の雷が流れる、対象の身体に収まりきらなかった電気が稲妻のように上空に向かって放電する。それが、タンジェリンに稲妻が落ちたように見えたのだ。
だが、タンジェリンはそのようなことを知る由もなく、糸で止血し、失われた身体の部位を補おうとしたが、その前に力尽き倒れ、蒼い絨毯を濃い紫色に変えた。
イマジン・ライトニングスは一撃必殺の魔法。ダリオは、魔力と体力の両方を激しく消耗し、その場に脚をついたが、カイゼルの居所を捜索しなくてはならないと、壁に身体を預けながら、階段に向かって歩き始めた。