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暴走させる男

 カイゼルの屋敷の庭や門の前では混戦状態が続いている。スマルトの魔法に掛かった護衛兵の数は幾分か減ってはいたが、騒ぎを聞きつけて次から次へと兵士が現れ、スマルトの魔法によって戦いに加わっており、屋敷に侵入したタンジェリンがカイゼルの暗殺を成し遂げるまではこの地獄絵図は終わらない。


 既にタンジェリンが屋敷に侵入してから数十分が経過している。

 一人、スマルトの魔法に掛かる前に屋敷に入った者がいたが、まさかそいつに手こずっているのか。


 スマルトはわずかに焦りを感じ始めていた。

 軍隊が来ようがスマルトの固有魔法ザ・レジスタンスの前には無意味。

 無意味ではあるが、あまり大事にしたくはない。そうなれば第2、第3のターゲットの暗殺が不可能となってしまう。


 しかし、この程度の混乱具合ならむしろ好都合。おそらく中枢も情報不足で混乱しているであろうから、次なる作戦を遂行しやすい。

 だから、


「早くしてくれよ……」


 スマルトは、無意識に呟いた。


 ふと、乱戦状態の者たちのうち、「爪」だけを狙って矢が放たれた。

「爪」たちは容易くかわし、斬り払う。

 遂に弓矢部隊が出て来たかと、スマルトは大木の陰に身を隠した。


 スマルトの固有魔法ザ・レジスタンスの弱点は、魔法の効果範囲外からの攻撃だ。

 これが戦場ならば、スマルト自身が身を隠しながら弓矢部隊に近づき、魔法の効果範囲に弓矢部隊を治めるが、タンジェリンの援護に回っている以上、そうもいかない。


 スマルトは弓矢部隊に見つからないように息を潜め、身を屈めた。

 その瞬間、スマルトの頭上を、矢が大木を貫通し、大木が幹の真ん中から折れた。





「何であんただけ、じっとしてるんだい?」


 カイゼルの庭が広く見渡せる建物の上で、テオが弓を構え、スキル・ペネトレイトで倒した大木に狙いを定めている。


 カイゼル邸で騒ぎが起きているとの通報を受け、テオは直ぐ様駆けつけた。


 兵士をカイゼル邸にやり、テオと数人の弓兵は高所から弓矢で狙い撃つ。そういう体制で対応しようとしたが、カイゼル邸に近づいた兵士たちの様子がどうもおかしい。


 次々と仲間割れを始めたのだ。


 しかもたくさんの兵士たちに交じって、見たことのある異様な連中――サンド・ピール城で襲撃を受けた、黒衣の仮面の暗殺者集団「爪」の姿も確認でき、辺りが火や照明などで明るくなる中で、一人戦闘に加わらない異質な存在に気付いたのだ。


 状況は不明。情報も不足。

 ならば、怪しい所を片っ端から射抜いていく。


「それが、俺のスタイルなんでね!」


 テオが再び弦を力いっぱい引き、今度はスマルトの隠れる大木の根元目掛けてペネトレイトを放った。

 寸分の狂いもなく、矢が大木の根元に命中し、そのまま貫通して反対側の地面を抉り突き刺さる。

 スマルトは矢の気配を察知し、寸前で大木の陰から脱していた。


 ザ・レジスタンスに掛かった者たちはスマルトを味方と認識するとは言え、混戦状態の中に入っては巻き込まれる可能性もあり危険であったが、弓兵に狙われるくらいならば混戦の中に身を置いた方が良い。

 モンテ皇国の兵士を盾にしていれば、弓兵も撃ってこれないに違いない。

 そう考え、スマルトは混戦の中に身を投じた。


 スマルトからは決して攻撃を仕掛けず、周囲の状況に集中しつつ、モンテ皇国の兵士の陰に隠れながら、弓兵に狙われないように動き回る。


 しかし、テオは落ち着いていた。

 スマルトの行動は、スマルトがまともな判断をしているということに他ならない。

 つまり、


「お前が、魔法の主だと教えてるぜ」


 テオは混戦状態の兵士の足元を狙って何本も連続で矢を放った。

 矢は、スマルトの周囲の兵士の脚に命中し、兵士たちは動きを止め、うずくまる。


「味方を撃つ、だと!」


 スマルトが驚く間に、露となったスマルトの身体目掛けてテオの矢が放たれた。


「こちとら、精度には自信があるんだ」


 テオが呟く。生命を奪わずに最小限の傷で兵士を無力化することなどテオにとっては容易い。


 スマルトは自身を狙う矢を横に走って回避したが、スマルトを追いかけて連続で放たれる矢の一本に二の腕を貫かれた。

 しかし、スマルトはそのまま、走り抜け、また別の兵士の陰に隠れたが、テオはまた兵士の脚を撃ち、背後のスマルトが見えた瞬間にスマルトに向かって矢を放つ。

 スマルトは、兵士がうずくまった瞬間に直ぐに移動を開始し、今度はゴードンの背後に隠れた。

 テオは舌打ちをしたが、その手は緩まない。


「ゴードン様、すいません!」


 そう言いながら、ゴードンの脚を目掛けて矢を放った。

 スマルトはゴードンの脚に矢が命中した瞬間に移動を開始しようと身構えたが、ゴードンは何と矢を切り払った。


「矢? どこだ、敵か!?」


 ゴードンはそう言いながら矢の飛んできた方向を見た。

 ほかの兵士と違いこの男は使える。スマルトはニヤリと笑い、ゴードンの背後にぴったりと付いた。


「くそっ……」


 テオは何本か矢を放ったが、全てゴードンに叩き落されてしまった。


 ペネトレイトでゴードンごとスマルトを射抜く方法もあるが、それでは間違いなくゴードンも殺してしまう。

 テオは矢を放つのを止め、建物の屋上からほかの建物の屋根へと移動を開始した。


 この闇夜では、テオの姿をはっきりと認識はしていないはず。

 ならばスマルトがゴードンの陰にならない所から矢を放つしかない。


 矢の連射が止まり、スマルトは一安心しながらも警戒を解かない。

 当然、射手が場所を変えて狙ってくることを予想していた。

 そうなると、運の勝負になる。


 テオが移動した後の一撃でスマルト打ち抜けるか。それとも、スマルトがテオの動きを予測し、初手を防ぐことができるか。

 いずれにしろゴードンという盾の存在により、同じ場所での二投目がスマルトを射抜く可能性はゼロであった。


「……北北西、微風」


 テオは移動しながら風を読む。

 そして、スマルトの左方向に着くと、すかさず上空に向かって数本放った後、スマルトに向けて矢を放ち、そして再び移動を開始する。


 スマルトは気配を察知し、矢を回避するとゴードンを盾に隠れる。

 そして、再びテオの放つ矢の気配に集中しようとしたところ、上空から振って来た矢が背中を掠めた。


「ぐうっ…」


 傷は深くはないが、出血する。

 上空に放たれた矢は、ゴードンの周囲に落下するように放たれていた。


「まだ、こんな手があったか」


 スマルトは感心したが、通用するのは一度だけ。次からは四方からだけではなく、上空にも気をつければ問題ない。


 再び矢が向かって来たが、今度はゴードンが斬り払った。

 そして案の定時間差で降って来る上空からの矢をスマルトはかわす。


 スマルトの目的が時間稼ぎである以上、スマルトの対応は理にかなっている。矢に狙われ続けることによる精神面の消耗も、スマルトの強靭な精神力ならば一晩中でも戦っていられる。


 しかし、スマルトは一つ見誤っていた。

 ゴードンが、矢が放たれた方向――テオに向かって走り出したのだ。

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