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マルーンと爪

「一体どういうつもりだ?」


 マルーンは全裸で構えながら聞いた。


「お前は……昨日……仲間を殺した」

「あん? 何だそりゃ、知らねえ」


 昨日、河原で殺した「爪」のことをマルーンは覚えていなかった。

 「爪」のリーダーから静かな怒りの炎が溢れ出す。


「ならば……訳も知らず、死ね」

「おいおい、ちょっと待てよ、俺を殺すと、あんたの主が黙っていないだろう」


 普段なら喜んで応戦するマルーンも、今宵の重要任務の前に無駄な戦闘は避けたかった。だが――


「貴様を斬り刻み、魔獣の餌にでもすれば、誰も気づかない」


 「爪」のリーダーはそう言うと、鉄の棒を再び槍に変化させマルーンを突いた。

 マルーンは意を決し、槍を身体で受け止める。

 一部を水化し、あえて身体に槍を通し、その槍の柄を両手で握り引き抜けなくすると、背後から発生させた水流を「爪」のリーダーに向かって放とうとした。

 このまま「爪」のリーダーが槍に拘るようであれば無防備のまま水流を直撃させることができ、回避を優先するようであれば槍を奪うことができる。


 しかし、マルーンの目論見は外れる。


「リバーシング」


 「爪」のリーダーがそう呟くと、マルーンの身体が弾ける。


 槍の先端が花火のような刺々しい形状に変化していた。

 マルーンの体内でその形に変化させれば、マルーンの身体が四方八方に飛び散るは必然。後に残ったマルーンの下半身が静かに倒れると、「爪」のリーダーは槍をガントレットの形に戻した。


 路地裏の両側の壁面に、マルーンの肉片が飛び散り、重力に従ってゆっくりと下に落ちていく、と突然肉片は透明な水と化し、移動速度を上げた。

 確実に仕留めたと思っていた「爪」のリーダーは、予想だにしない状況に一瞬固まり、そして、地面に倒れたマルーンの下半身から距離を取ろうとしたとき、下半身が透明な水と化し、「爪」のリーダーの身体に巻き付いた。

 そして、周囲の肉片、いや、水片も次々に「爪」のリーダーの身体に集まっていき、「爪」のリーダーの身体全体が水に包まれた。


 「爪」のリーダーの頭の直ぐ横の水がマルーンの頭の形となる。


「はあ……よくも、やってくれたな、だがこれで終わりだ」


 マルーンの声は苦しそうに聞こえる。

 息を止める「爪」のリーダーの視界に、部分的に濁ったものが見えた。


 透明な水に浮かぶ紅い斑点。血液だ。

 マルーンの体内で槍の形状を変えたとき、まさに刹那、マルーンは槍に流れる魔力と、わずかな形の変化を察し、咄嗟に全身を水と化したのだ。

 いや、それはもしかすると、「爪」のリーダーの落ち着きように、奥の手の存在に勘付いていたのかもしれない。

 だが、瞬きよりも短い時間の出来事に、槍は一瞬マルーンの体内を傷つけてはいたのだ。それが今、水の中に漂う血液が少しずつ増えていっていることからも間違いない。


「溺れ死ね!」


 水中にマルーンの声が響くと同時に、「爪」のリーダーの眼、鼻、口、耳から水が流れ込もうとする。

 「爪」のリーダーの両腕のガントレット、そして、全身に身に着けた金属という金属が光り輝き、鎧のようにその身体を覆う。


「はっ、無駄だ、いかな鎧と言えど、隙間なく身体を覆うことなどできない!」


 マルーンがそう叫んだ直後、自身の水の中で「爪」のリーダーの身体が震えていることに気付く。死ぬまではもう直ぐ。間もなく終わりだ。

 そう思ったとき、「爪」のリーダーの足元から巨大な火柱が発生し、マルーンごと「爪」のリーダーの全身を包んだ。


「くそっ……」


 一瞬、息の根を止めるまで耐えようと考えたが、あまりの火力に身体が蒸発し始めたため、やむなく「爪」のリーダーから離れた。


 この魔法は、フレイム・スプラッシュ。火柱を発生させる魔法だ。「爪」のリーダーは自身へのダメージをいとわず、マルーンの攻撃から脱出するために、自らに向かって攻撃魔法を放ったのだ。


 火柱が治まると、全身から煙を上げながら、「爪」のリーダーが膝をつく。


「ゴホッ、ゴホッ」


 気管に入った水のせいか、それとも炎の煙のせいか、「爪」のリーダーがむせぶと、全身を覆う鎧が身体を伝って水銀のように地面に流れた。


 まさか生きているとは。

 マルーンは驚いたが、「爪」のリーダーの傷の浅さに、先ほど来変化させている金属が、炎に耐性のある水の魔鋼であることに気付いた。

 しかし、魔法が勝手に解けたことから見て、魔法を維持できない状態であることは間違いない。


 マルーンは、透明な水の状態のまま、再び「爪」のリーダーの頭部を水で覆うべく、一本の水流となって飛び掛かった。

 その瞬間、「爪」のリーダーの周囲に水銀のように広がった金属が布のように広がり、マルーンを受け止めると、水化した身体のほとんどを包み込んだ。


「お、おい、何だこれは!」


 今度は逆にマルーンが金属に覆われ身動きが取れなくなった。


 継ぎ目のない完全密閉された金属の箱。いかに水であっても漏れ出る隙間のない状態。

 しかも水と化したマルーンのほか、わずかな空気しかない箱の中では、魔法を解除した瞬間、おそらく全身の骨が砕ける。


「お、おい……! 止めろ! だめだ……このままでは、くそ……どう……する……」


 箱の中のマルーンの声が絶え絶えになっていく。


 水化したマルーンは全身で酸素を取り込む。そのため水中ではエラ呼吸のごとく、水中の酸素を取り込み半永久的に潜っていられるが、陸上では普通の人間と変わらない。

 密閉された箱の中。わずかな空気しかない状態で、長く呼吸を維持することはできない。しかもマルーンは、捕えられたパニックと、先ほどの槍で受けた傷のため息が荒くなっていた。


 地面に置かれた鉄の箱を「爪」のリーダーが眺めていると、しばらくして骨が折れる音が箱の中から音色を奏でるように鳴り響いた。

 そして、音が止んだ後で「爪」のリーダーが箱に手を置き、


「リバーシング」


 と唱えると、鉄の箱は「爪」のリーダーのガントレットやアクセサリーに戻り、「爪」のリーダーの身体に元通り装着された。


 後に残るは、もはや人の形を成していないマルーンであった肉塊。

 辛うじて頭部は頭蓋骨が大きく陥没しつつも認識することができた。

 呼吸が困難となり気絶したことで強制的に魔法が解除され、マルーンは箱の中で絶命した。


「おい……」


 「爪」のリーダーがどこともなく呼びかけると、数人の「爪」の仲間が現れた。


治療術(ヒール)を頼む。それと、こいつを斬り刻んで3つに分け、1つは河に捨て、1つは森に捨て、1つは遠くに埋めろ」


 「爪」のリーダーが指示するとそれぞれ無言で取り掛かる。


 ヒールを掛けながら「爪」のメンバーがリーダーに聞いた。


「この後はどうされますか」


 「爪」のリーダーは軽く深呼吸をした後、


「あの男に会いに行く」


 と言った。

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