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水使いの暗殺者

 首都ネロスの街の外れの既に住民がいなくなって長いことが立ち、所々が朽ち始めた2階建ての廃屋に、三人の男女がネロスの宅地図をテーブルの上に広げてテーブルを囲んでいた。


「ターゲットの屋敷はここだな」


 茶色い髪の青年――クロキと街ですれ違ったマルーンが地図を指差した。


「ええ、間違いないわ」


 赤みが強いオレンジ色の髪の女――タンジェリンがマルーンに答える。


「昨日から護衛が増えている、気付かれたか?」


 モヒカン頭の大男――スマルトが腕を組みながら不満そうな顔で言った。


「護衛が何人いようがスマルトの魔法の前には意味はないだろう」

「慢心するなよ、慢心は予期せぬミスを生む」

「固いね」


 マルーンは静かに笑った。

 ふとタンジェリンが、片目を隠すように垂らした前髪をかき上げながら、玄関のドアの方を見た。


「もったいぶらずにさ、入ってくれば良いのに」


 その台詞を聞いたかのように、ドアが開いた。

 家の中に向かって微かな風とともに木の葉が流れ込んだかと思うと、玄関から一歩中に爪痕の文様の仮面をつけた黒衣の男が佇んでいた。


「『色付き(コロラト)』だな……」

「『爪』か……」


 スマルトが男を見て呟く。


 その仮面と装束は、サンド・ピールの城でカイゼルを襲ったアトリス共和国の暗殺者集団「爪」であった。


 マルーンが窓の方を見た。窓の向こうではそよ風に葉を揺らす木々が見えるだけ。


「一人……じゃあ、なさそうだな」


 だが、マルーンら三人は十数人の「爪」の存在を感じ取っていた。


 室内にいる「爪」が低くくぐもった声を発する。


「不本意だが、主の命により手助けに参った……」

「くく、ご苦労なことで」


 マルーンが嘲るように笑った。


「マルーン失礼だぞ。わざわざ遣わせくださったのだ。丁重にお迎えするべきだろう」


 スマルトはマルーンを諫めながら立ち上がり、自分の座っていた椅子を「爪」に薦めた。

 だが、「爪」は手の平を向け、椅子を拒否する。


「我々は馴れ合いに来たのではない……作戦を教えろ。作戦に合わせて勝手に動く」

「ああ? 突然来て勝手なこと言ってんじゃねえぞ」


 マルーンが「爪」の言い方に若干苛ついたように噛みついた。


「そもそも、お前らの手助けなんて邪魔なだけだ。群れなきゃ殺れねえ雑魚のくせに一丁前の面をするな」


 マルーンと「爪」の間の空気が張り詰める。


「撤回しろ……我らを蔑むことは許さん」


 二人の間にタンジェリンが見かねて割って入った。


「はいはい、そこまでよ、マルーンが手助け要らないってんなら、私が使うわ。良いかしら?」

 タンジェリンが「爪」に向かって微笑んだ。


 その笑みは男を惑わせる魔性の笑み。

 しかし、「爪」は、


「言ったはずだ……我らの行動は我らで決める……」


 と繰り返すだけであった。


 まるで感情のない人形のような「爪」にタンジェリンは生理的な嫌悪感を覚え、無言で椅子に座り直した。





 マルーンは苛立ちながら一人街を歩いていた。

 タンジェリンも「爪」の相手をすることを嫌がったため、スマルトが作戦の説明をしており、その間にマルーンは隠れ家を抜け出してきた。


 奴らがマルーンら色付き(コロラト)とは性質の異なる暗殺者であることは匂いで分かる。そのため、マルーンは「爪」を受け入れがたく、嫌悪するのであった。


 マルーンの肩に通行人がぶつかる。


「おい、痛えな」


 マルーンにぶつかった通行人は、強面のチンピラであった。

 隣を歩いていた仲間の男がマルーンの肩に手を置き、


「おい、無視すんじゃねえ」


 と、無理やりマルーンを振り向かせた。

 二人の男は、マルーンの顔を見た瞬間、恐怖に満ちた形相となり、ついには崩れるようにその場に倒れた。

 マルーンは倒れた男たちを一瞥もせず、再び振り返ると歩き出した。


 道端に男が二人倒れていることに気付いた中年の女性が男たちに駆け寄り、身体をゆすったりして様子を確認していたが、男たちの口から水が流れ出すのに気づき、顔を見ると、この世のものとは思えない男たちの表情に悲鳴を上げた。

 辺りの市民が次々と駆け寄り、男たちの状態を確認したが、二人とも既に息絶えていた。


 マルーンは幾分かすっきりした表情で、軽く笑みを浮かべながら歩いていたが、人通りの多い地区を抜けると不意に脚を止めた。

 マルーンの視線の先に見えるのはターゲットの一人の住処――クロキとヒースの家であった。


 マルーンは家屋の陰からヒースの家を注意深く観察する。

 外観から間取りを予想し、人目に付かず侵入する方法を考える。


 ヒースの家の裏手を確認しようとマルーンが歩き出そうしたとき、マルーンは全身の毛が逆立つような感覚に襲われ、真上を見上げた。

 2階建ての建物の屋根から、蝙蝠のようにぶら下がる影。

 影は落下しながら両手のナイフでマルーンを斬りつけた。

 マルーンは咄嗟にかわしたが、左の手の平と前腕を斬られ、血が滴り落ちる。

 指を動かし傷が浅いことを確認し、影を見ると、影は既にマルーンの眼前に迫っていた。

 ナイフが交差し、マルーンの首を掻き斬る。が、


「もう油断しないぜ」


 マルーンは首に傷一つ負っていない。


 影はマルーンと距離を取り、ナイフを見ると、ナイフが水で濡れていることに気付いた。


「はは、やっぱりお前か、お前がクロキだな」


 影――クロキもまたマルーンが、昨日、繁華街ですれ違った男であると気付いた。


 あのときの感覚は間違っていなかったとお互いに確信した。

 こいつは同業者。それも飛びっきり危険な奴。


 クロキがマルーンの手の内を測りかねているのを見て、マルーンが先手を取った。

 マルーンは素手のまま、貫き手でクロキを何度もつく。

 クロキは貫き手をかわすが、一突きがクロキの頬を掠めた。

 いや、正確にはクロキは紙一重でかわしていたのだ。

 だが、貫き手はクロキのほほにかすり傷を負わせた。


「水……」


 マルーンは手の平に水を纏わせており、クロキの頬に水が掠ったのだ。


 クロキは、前蹴りでマルーンとの距離を取りつつ、両手のナイフをマルーン目掛けて投げつけた。

 体勢を崩していたマルーンは、ナイフを避けることができないと見るや、身体の周囲に水流を発生させてナイフを防ぐと、その水流を数本に分割し、クロキ目掛けて放った。

 クロキは水流をかわしながら壁面を走りながら刀を抜くと、マルーンに飛び掛かりながら刀を振った。

 マルーンの首を捕えたと思ったが、まるで水を斬った感覚しかなく、やはりマルーンの首には傷一つない。


 何らかのガード型の水系魔法が発動していると直感したが、クロキの記憶の限りでは魔法書にはそれらしい魔法は掲載されておらず、マルーンの固有魔法であると思われ、クロキは警戒を強めた。

 ここまではただガードのみだが、攻撃にも応用できる魔法である可能性は十二分にある。


「来ないならこっちから行くぜ」


 マルーンが再び数本の水流を発生させ、クロキに向かって放った。

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