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城に漂う不穏な気配

「おい、その辺にしとけ」


 クロキが声を掛けるとチンピラたちが振り向き凄んでくる。


「ああ? 何だてめえ……」


 しかし、一人のチンピラが、クロキが何者かに気付く。


「お、おい、こいつ、クロキだ、ハワードさんを倒したクロキだ」

「え、おい、ま、マジかよ」


 チンピラたちが青ざめる。


 地下闘技場のチャンピオンであるハワードを倒したクロキのことは、ネロスのチンピラや裏社会の人間では有名となっていた。

 表の世界――政府や騎士隊では、ムスティア城での戦いでジャックに敗北したことが未だに引きずり、軽んじられているとのは正反対である。


「クロキさん、ちっす。失礼します!」


 チンピラたちは急にかしこまって頭を下げると一目散に逃げて行った。

 クロキはチンピラ達が見えなくなると、少女を向いた。


「あー、あんな連中が多いんで、送りましょうか?」


 不本意だが見捨てる訳にもいくまい。

 クロキは困った顔で護衛を申し出た。


「クロキ……、もしや、異邦人のクロキ殿か?」


 少女がおずおずとクロキに聞いた。


「ええ、まあ……」


 チンピラがクロキの名を叫んだのだ、もう隠しても無駄である。


「おお、あなたがクロキ殿か、へえ……へえ!」


 少女が幾分興奮したようにクロキを眺める。

 少女に付き添う女性も突然興奮し、


「うそ、異邦人の方なんですか、うそ、私、異邦人の方と会うの初めてなんです。握手してください。後、サインもお願いします!」


 と、無理やりクロキの手を握り、ハンカチと携帯用のペンとインクを取り出してクロキにサインをねだった。


 クロキは勢いに圧倒されて、流されるまま、この世界にもサインの文化があるのかと思いながら、カタカナで「クロキ」とハンカチに書いた。

 女性はインクが滲んだハンカチを空にかざして嬉しそうに眺めながら、


「これはもしや異世界の文字ですか? 凄い、凄い、姫様も見てくださいな、ね、凄いでしょう」


 と少女に見せると、少女も、


「おお、これが異世界の文字か、初めて見たぞ、もしや異世界の文字が書かれた物を持っているのは、ジネットだけではないか?」


 と興奮気味にハンカチを眺めた。


 クロキはどうしたら良いか分からず、半笑いでその場に立ち尽くしていたが、少女の向こうから兵士が数名走って来るのが見え、思わず身構えた。


「姫様、ここにおりましたか、勝手に行かれては困ります」


 兵士が息を切らしながら少女に言った。


「申し訳ありません」


 付き添いの女性――ジネットがシュンとして兵士に謝ったが、肝心の少女は悪びれる様子もなく、


「こうやって市井を見る機会もないのです、許してくださいな」


 と笑顔で答えた。

 そして、クロキを向くと、


「では、クロキ殿、いずれまたお会いしましょう」


 と言って、兵士たちに囲まれて歩いて行った。





 来月開催される隊覧式には、友好国、敵対国問わず近隣諸国にも案内を出すのがしきたりとなっており、外務大臣のギブソンは部下とともに、その準備に追われていた。

 しかし、いくら敵対国にも案内を出すと言っても、現実に戦争状態のメソジック帝国には出すべきではないと考えており、式典を執り仕切る軍部に賛同も得た。そこで、万が一、案内を出さなかったことについて何らかの抗議をしてきた場合の対応方法を部下たちに考えさせていたが、声明を出すときのその声明文の中身に悩んでいるというので、ギブソンも一緒に考えていた。


「もっと強気の方がいいかねえ……、いや、でもあまり刺激してもなあ……」


 なかなか結論が出ないため、ギブソンは部下らを伴って、ネロス城内の喫茶スペースで休憩することとした。


 喫茶スペースにいた先客にギブソンの眉間が険しくなる。

 ヤン派の通商大臣サヴィエと厚生大臣ニルスが、コーヒーを飲みながら談笑していた。

 サヴィエの前に置かれた灰皿の中の吸い殻の量からして、結構長い時間いるようだ。


 ギブソンとその部下は、給仕にコーヒーを注文して少し離れたテーブルに座ったが、サヴィエの声が大きく、話している内容が筒抜けだ。


「隊覧式には、異邦人も参列するのでしたかな」

「異邦人と言っても、『使える』者だけですよ。学者風情と……何と言ったかな、ク……クラ……いや、思い出せないが、直近で召喚した無魔力者(ノマド)は参列させませんよ」

「ああ、そう言えば異邦人の癖に無魔力者(ノマド)な連中がいましたな、今言われるまですっかり忘れていた、アッハッハ」

「まあ、ムスティアの戦いでも早々に離脱した雑兵みたいな奴ですからな、覚えていなくても仕方ない」


 一体何を話しているのなかと思えば、何とも暇な奴らだ。

 サヴィエとニルスの会話にギブソンはひどく苛立ち、一気にコーヒーを飲み干すと、テーブルの上にカップを勢いよく置き、


「行きますよ」


 と席を立った。

 部下二人はまだ湯気が立ち昇るコーヒーと足早に立ち去るギブソンを交互に見て、コーヒーをこぼさないよう慎重にカップを持ってギブソンの後を追った。


 あのクロキとか言う異邦人がカスなら、奴に助けられた自分は何だ。

 クロキは、災害のような魔法を使う奴を単身追い払ったという。現場を直接見たわけではないが、軽んじることのできない男だ。

 ギブソンはそんなことを思いながらイライラした様子で廊下を歩く。

 そもそも、総務大臣たるカイゼルがもっとしっかりしていれば、あのような連中に大きな顔をさせなくて済むのだ。


「今度機会を見つけてもっと言ってやらねば」


 ギブソンがそう呟きながら、廊下の角を曲がろうとすると、法務大臣ヤンの姿が見え、思わず廊下の角に身を隠すように後退した。


 カイゼルは嫌いだが、ヤンは苦手だ。

 ヤンは、こちらがどんなに突っかかってものらりくらりとかわし、最後に一枚上手のことを言って場をまとめる。

 優秀であることは間違いないが、かみ合わない男だとギブソンは思っていた。


 そこでギブソンはわざわざヤンの脇を通らず、別の道から執務室に帰ろうと廊下を戻ろうとしたとき、ヤンの会話が耳に入り、思わず止まった。


「オリバー殿からは?」

「『3日と数時をもって回答を送付します』と」

「3日……数時……うむ、承知した、と返事をしてくれ」


 オリバーという名がヤンの口から出た。

 オリバーと言えば、アトリス共和国の内務大臣オリバーしかギブソンには思いつかなかった。


 3日、数時、そして何の回答か。

 ヤンがオリバーと何についてやり取りをしているのか全く予想もつかない。


「そうそう」


 ヤンが再び話し出したため、ギブソンは詳しい情報が聞けないかと聞き耳を立てた。


「そこにネズミがいるな……」


 ギブソンの背中に冷たい汗が流れる。

 気付いたときには、廊下を走って戻っていた。

 途中部下とすれ違った気がしたが、そんなことは気にもならないほどギブソンは動揺していた。

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