モンテ皇国大臣級会議
テオが帰った後、テオのもたらした情報をまとめながら、明日からの行動を考えていると、ヒースがコーヒーとともにクロキがカイゼル宅で残した木の実のパイを出してくれた。
「クロキさんが食べないなら、私が食べちゃいますよ」
そう言ってヒースは笑って、自室に入っていった。
クロキはヒースの部屋の扉が閉まるのを確認してからフォークでパイを割ると、クルミやキイチゴに混じって、少し欠けた黒い種が一粒現れた。
その形、大きさからみて毒性のあるイチイの実の種と思われる。おそらくすり潰してこのパイの中に練り込んであるのだろう。このひとかけらはすり潰し切れなかったものと思われた。
パイは8等分に切った状態。イチイの種子の粉末はパイの一部分、一切れか二切れだけに集中して練り込まれており、クロキ以外の四人に出された部分は粉末の影響のない部分、そして、クロキにはちょうど粉末がふんだんに使用された部分が出されたのであろう。
毒に対して耐性のあるクロキであっても、この量のイチイの種子の粉末を体内に入れれば嘔吐や腹痛を免れない。
クロキは、パイをそのままごみ箱に投げ捨てた。
カイゼルの屋敷にクロキを殺そうと企んだ者がいる。
しかし、なぜクロキを狙ったのか。いくつかの予想を立ててはみたが、どれも確証に至るだけの材料がなかった。
大きな長いテーブルで、カイゼル、カイゼルの妻、そして四人の兄弟姉妹が夕食を取っていた。
部屋にはメイドのメラニーと給仕の執事が控え、ナイフとフォークが皿に当たる音だけが室内に響き渡る。
ゴードンはその居心地の悪さから、いつもは家族との食事を避けていたが、今日はゲルダにつかまり、やむなくこの場にいた。
カイゼルがワインを一口飲んで口を拭うと、ゴードンに話しかけた。
「ゴードン、最近は何をしているのかね?」
ゴードンは口に入れたパンを急いで飲み込むと、
「あ、依頼所で受けた依頼で海辺の村まで行ってきました」
と返事をした。
「そうか、まだあの連中とつるんでいるのか」
「……アーノルドたちのことでしょうか」
「マチェス家の人間として、お前も付き合う人間は考えなさい」
カイゼルはゴードンに視線を向けずに言った。
「どうだ、そろそろ騎士隊に籍を入れては」
黙々と仔羊のフィレ肉を口に運んでいたギルバートの手が止まる。
明言はしていないが、ギルバート隊に籍を入れられないかとカイゼルは考えているのだろう。
ゴードンを近くに置いて行動を監視するためにギルバート隊に入れるということはやぶさかではない。
以前であればそのように考え、カイゼルが具体的に提案してくれれば即座に賛成していたであろう。
だが、隊員のケヴィンがシュマリアン共和国から帰ってきて言っていたことが頭をよぎる。
『ゴードン様は、確実に成長されています。お仲間にも恵まれているようです』
ギルバートの心は揺らいでいた。
ギルバート隊に入れたとしても、無魔力者のゴードンが成長する保証はない。
もちろんギルバートが隊長として重要な任務をゴードンに回すなどして、戦果を上げさせることはできるが、果たしてそれで良いのか。
このまま自由にさせた方がゴードンの成長につながるのではないか。
わずかではあるが、そのような考えがギルバートの頭の片隅に生まれていた。
「そうよ、ゴードンちゃん、姉さんと兄さんのところに入りなさいな」
カイゼルの提案にグレイスが乗っかり、ゴードンを勧誘する。
「お母さんもそう思うわ。ギルバートとグレイスの騎士隊なら安心よ」
カイゼルの妻も賛同する。
ゲルダがいたたまれなくなり、隣に座るゴードンを横目で見ると、ゴードンは無視するように仔羊のフィレ肉にかぶりついていた。
カイゼルはこのような空気になると予想しながら、わざとゴードンの騎士隊への入隊を提案した。
これまではゴードンには自由にさせてきたが、そろそろそうもいかなくなってきたのだ。
この日の日中、クロキとヒースがカイゼルを訪ねてくる前に、モンテ皇国の大臣級会議が開催され、もちろんカイゼルも出席していた。
会議の途中、モンベルト皇帝が訓辞を述べ、退席し、少しの間休憩することとなった際、産業大臣のオリヴィエが、隣席の通商大臣のサヴィエと聞こえよがしに雑談を始めた。
「ロンの国で活躍した、あの、何と言ったかな、あの……」
「ダリオですかな」
「ええ、そう、ダリオ。何と、すばらしい騎士ですな」
「ギルバート隊の所属と聞きましたが、ほかの騎士隊からのヘッドハンティングが活発とか」
「まあそうでしょうな。ギルバート隊と言えば、例のアトリスとの協定の件はどうなったんでしたっけ?」
「ああ、ギルバート隊の隊長の件ですな、あれならまだ協議中のようですぞ」
ギルバートがアトリス共和国とメソジック帝国との三国同盟を結ぶと口約束をした件はまだ片付いていなかった。
メソジック帝国と敵対するアーミル王国との軍事協定の締結を進めた外務大臣のギブソンはもちろん、何とギルバートの父である総務大臣のカイゼルもはっきりと反対したのだ。
その一方で、法務大臣のヤンはギルバートの判断を褒めたたえ、三国同盟を推し進めており、この件はカイゼル派閥とヤン派閥の政争に発展しつつあった。
モンテ皇国においては、モンベルト皇帝の下に様々な大臣が置かれ、実質的に国の運営は大臣によって運営されており、大きくはカイゼル派とヤン派に別れる。
カイゼル派には軍部長官のミュラーや、国土開発大臣、財務大臣などがおり、ヤン派には産業大臣のオリヴィエと通商大臣のサヴィエのほか、厚生大臣などが所属しており、カイゼル派は比較的保守的で、ヤン派はそれに対して反発していた。
ちなみに、外務大臣のギブソンはそのどちらにも所属しておらず中立を保っており、ギブソンのほかに、唯一の女性大臣である魔法技術大臣エリザベットも派閥から距離を置いていた。
「それにしても、自分の息子の判断を真っ向から否定するなど、血も涙もないと思いませんか」
「ええ、自分の後を継ぐ息子なら、私ならそんな真似はできない。もっと良いやり方があるのではないかな」
カイゼルに聞こえるようにオリヴィエとサヴィエは話し、ヤンは静かに笑う。
カイゼルとしても後継ぎであるギルバートの面子を保ってやりたいという親心はあった。だがしかし、アトリス共和国は別として、メソジック帝国の実情が把握し切れていない中で同国と協定を結ぶなど到底考えられない。せめて、幾分か時間を猶予し、メソジック帝国とも顔を突き合わせて綿密な協議をする必要があると考えていた。
にもかかわらず、ヤン派閥が早急な同盟締結を推し進めようと強気な姿勢を示してきたため、カイゼルは真っ向から反対する立場を取っていたのであった。
「ふん、私には子供がいないから分かりませんが、息子のために国益を損なうなど、正気の沙汰とは思えませんね」
聞きかねた外務大臣ギブソンが口を挟んできた。