色付き
回避し続けてもいずれは捕まるとクロキは判断し、反撃の構えを取ろうとしたところ、土手に人が集まって来るのが見えた。
どうやら人々は、ダリオのサンダーブレードの音を聞き、様子を見に来たようであった。
「どうする、まだやるかい?」
クロキはそう言って構えを解き、ダリオが剣を納めるのを確認すると、街に向かって歩き出した。
ダリオは、先ほどまでとはうって変わって力の抜けた表情になり、空を見ながら鼻で深呼吸をした。
人が集まって来た中で戦闘を続ければ、無関係な人々に怪我を負わせかねないし、あまりにクロキに攻め気がないのに拍子抜けしていた。
クロキについては、ムスティア城の戦いで早々に致命傷を負って戦線離脱した無魔力者の異邦人、という噂を聞いていたが、ロンの国でジャックに向かって行く様には鬼気迫るものがあり、噂と実際のギャップに、ダリオはクロキの人となりを測りかねていたが、手合わせしてみた結果、とりあえず今はヘラヘラした変な奴という認識になっていた。
だが、最後の一瞬だけ見せたクロキの殺気がダリオの身体に感覚として残っている。
もしも、あのまま戦っていればどのような決着になっていたのか。
すっかり辺りは薄暗くなり、家や飲食店の明かりが灯り始めた道をクロキは家に向かって歩いていた。
クロキもまた、ダリオの人となりを知らなかったが、先ほどのやり取りで、とりあえず面倒くさい男、と認定し、次に近くに来たら気を付けようと思っていた。
帰宅する人の波の中をクロキは歩いていると、気持ちの悪い気配を感じ、ハッと振り向く。
クロキと同様に振り向いた一人の男と目が合った。
茶色い髪で目立った特徴のない、平凡な青年。
クロキとその青年は申し合せたかのように視線を切ると、再び歩き出した。
あの気配、人を殺している。それも一人や二人ではない。
青年の前髪の隙間から覗く、眼が強烈に印象に残った。
「マルーン、どうした?」
クロキと目のあった茶色い髪の青年――マルーンに、その横を歩いていたマルーンよりも頭一つ大きいモヒカン頭の男が聞いた。
さらにその男の隣を歩く、赤みの強いオレンジ色の髪の女もマルーンを見た。
マルーンはわずかに笑う。
「いや、何でもない」
奴――クロキは、自分と同類だ。
まさかモンテ皇国の街の真ん中で、あのような空気を纏う男と出会うとは思わなかった。
マルーンは嬉しそうに、再びフフっと笑った。
クロキが「ただいま」と、ヒースの家のドアを開けるとリビングにテオが座っていた。
テオは陽気に「よう」とクロキ挨拶をしたが、既に陽が沈んだ時間にテオが独りで訪ねてくるとは、何かあるなとクロキは勘繰った。
「何かあったんですか?」
テオが、まあ座れ、という風にジェスチャーをしたので、クロキはテオと向かい合うようにテーブルについた。
「実は……」
テオが話し出す。
それはちょうどテオが家に帰ろうと、城の中を歩いていたときのこと。
柱の影からテオの名を呼ぶ声が聞こえた。
「テオくん、テオくん、いや、そっちじゃない、こっちだ、そう、こっち」
テオが声のする方を見ると、そこにいたのはクロキとともにアーミル王国を訪問したルースであった。
「どうしたんですか?」
テオがルースに近づいていくと、ルースは、喋るな、という風に口元に人差し指を当てながら人目を気にしたように周囲をきょろきょろと見回した。
「俺の方は見ないで聞いてくれ」
どうやら情報源を明かせない話のようだ。
テオはルースの指示に従い、ルースに背を向けるように柱に寄り掛かった。
「ある筋からの情報だ。厄介な三人組がネロスに入った」
「厄介な三人組?」
「テオくんも聞いたことがあるんじゃないかな、『色付き』」
「……!」
色付きとは、大陸の西側諸国の間で忌み嫌われている暗殺者集団である。
特定の国に属しているわけではなく、各国の依頼に応じて暗殺を実行する。
構成員の全体も拠点も知られていない。
「しかし、なぜ俺にその話を……?」
「まあ、俺は別に興味ないんだけどさ、テオくんは興味あると思って」
テオの頭にカイゼルが浮かぶ。
「それにさ、『あの方』が来るんだろ、タイミングが良くないかい?」
クロキはテオからその話を聞き、ルースの言う「ある筋」とは地下闘技場の管理者マーゴットのことであると理解した。
「蛇の道は蛇、か……」
裏稼業のことは裏稼業の人間が最も明るい。
「それで、俺はカイゼルさんの身辺を警護すればよろしいので?」
「いや、クロキには警護してもらおうとは思っていない」
てっきり警護の依頼かと思っていたクロキは、不審な顔をした。
そうでないならば、なぜ自分に話したのか。見当がつかない。
テオがクロキに顔を近づける。
「色付きの動向を探り、捕縛してほしい」
「ちょっと、それは……」
顔も性別も分からない人間を相手に、なんの手掛かりもなくそれをするのは無茶な話である。
「守るだけでは後手に回る。色付き相手に後手に回れば、みすみす暗殺を成功させる可能性が高い。見込みは低くとも、先手を打つことで暗殺を阻止できる可能性が高まると思っている」
クロキは口元に手を当て、テーブルの天板を見ながらしばし考える。
結局のところ、警護については数人が四六時中張り付く以外に方法がなく、警備に有効な魔法を持つ者が起用される中にクロキが一人加わっても劇的に警備の質が向上するものでもない。
「それにな、暗殺のターゲットがカイゼル様とも限らない」
「ほかに候補が?」
「アトリス共和国では将軍が暗殺されたという、そこからミュラー軍部長官も可能性があるし、カイゼル様と対立する派閥を率いるヤン法務長官もそうだ、それに……」
「それに?」
「ちょうど明日からマティアス皇太子のご息女ミレーヌ様がネロス城に来訪される」
「ん……? その方を暗殺する理由がちょっと分からないのですが。皇太子の娘を暗殺してもさして意味があるとは……」
「ああ、言わんとすることは分かる、がしかしな、このミレーヌ様という方はな……ううん、何と言っていいものやら、ええと、そうだな、いずれ皇帝になられるお方、と言えばいいか」
皇太子の娘なのだからそれは当然そうだろう。いまいちテオが言わんとすることがクロキには分からなかったが、とにかく暗殺のターゲットが特定できない状況においては、騎士ではない、ジョーカーとでも言うべきクロキに関しては、一人の要人の警護に当てるよりも特任を与えた方がよっぽど有意義ということである。
「とりあえず分かりました。ひとまず、その色付きの三人について、知り得る情報を全てください」
今のところ雲をつかむような話であり、元の世界で似たようなことをした経験があるクロキも、どう動くべきか直ぐには妙案が浮かばなかった。