並行世界
カイゼルへの報告を終え、クロキとヒースはネロス城を後にした。
カイゼルには、この世界とクロキの世界の関係についてのヒースの調査の結果は話さなかった。
クロキはロンの国の皇帝タイソウの目の前でヒースが話した内容を思い出していた。
ヒースが初めに気付いたこの世界の違和感は、何よりも植生であった。
植物が自分の世界で見たものとほぼ同じであったからである。
もちろん魔力の影響によると思われる異常発達した植物もあったが、それらを排除していくとヒースが元の世界での見た植物とほぼ同一であった。
そして、モンテ皇国の気候、一年を通して穏やかな気温で暑すぎず寒すぎず。
ヒースはフランス西部の気候と重ね合わせていたが、モンテ皇国の植生がフランス西部の植生と非常に似通っていたのである。
それから直ぐにヒースはこの世界の地図を数種類取り寄せ、時間も忘れて眺め続け、一つの、「馬鹿げた」仮説を立てた。
聞いただけでは半信半疑のクロキに対し、ヒースはより詳しく説明をしようとタイソウに世界地図を所望し、床に敷いた。
クロキには角度を変えて見てもクロキの世界と全く異なる世界にしか見えなかったが、ヒースは棒で指し示しながら説明した。
「まず、この大陸を見てください。この形見覚えがあると思います」
ヒースはモンテ皇国の南にある大陸を指して言った。
クロキは腕を組んでしばらく考えていたが、ふと閃いた。
「アフリカか」
「ええ、そうです」
その大陸の形はアフリカ大陸ほぼそのままであった。
「では、次に、ここと、ここと、ここの大陸を無いものとして、そして、それらを海であるとしてみてください」
クロキはモンテ皇国の西にある大陸と、ロンの国の東にある大陸と、そしてアーミル王国の南にある小さな大陸を頭の中で地図上から消した。
「では、アフリカを基準に私たちの世界の地図と重ねてみてください」
見える。見えてきた。
クロキの世界にあった6つの大陸が全て存在する。
モンテ皇国を西の端とするユーラシア大陸は、北部から中央付近まで海洋が進出し、形が変わっているが、南極大陸も含め、それ以外の大陸は海岸線がわずかに内陸に移動していること以外はほとんどその形を留めている。
クロキはここで、また一つ気付く。
「待てよ、そうすると古代遺跡のあったところは……」
「気付きましたか? テイショウの地下遺跡を中心とする古代文明は長江文明、アーミル王国北西部の遺跡はガンジス文明、シュマリアン共和国東部の遺跡はシュメル文明、そしてクロキさんは行っていませんが、この世界のアフリカ大陸にもエジプト文明を思しき遺跡が存在します」
この世界に存在する古代文明と同一と思われる古代文明が異世界にも存在する。
ヒースの話にタイソウ皇帝も驚いた様子であった。
ヒースは、自らの半ばふざけた、馬鹿げた仮説を確かめるべく、いや、初めは否定すべく、元の世界とこの世界の似通った地域に発生した古代文明の相違を調べようとしていた。
始めて古代遺跡に脚を踏み入れたのは、クロキがこの世界に召喚される1年前。
元の世界で言うところのエジプトに行った。
ヒースは驚愕した。
短い草が生えた乾燥地帯の真ん中に、四角錘の巨大な建造物――ピラミッドが存在したのだ。
ここからヒースは自らの馬鹿げた仮説を真剣に追及することとし、クロキとともにほかの古代文明の遺跡を積極的に調査していたのだ。
また同時に、この世界に伝わる神話や伝説も収集していたが、かつてモンテ皇国内で発見された石碑に記されていた洪水神話がここロンの国にも存在しているほか、同国には沿岸の諸島部はかつて魔術師が魔力を込めた綱ではるか彼方より引き寄せたものであるという国引き神話があり、アーミル王国には強大な力を求めた者が魔術師の助言に従い、巨大な蛇でもって海をかき混ぜたところ、海の生物はことごとく死に絶え、大地は業火に包まれながら、そこから太陽や月や世界を構成する様々な物が産まれたという乳海攪拌神話を彷彿させる物語も存在しており、この点からも2つの世界の共通点が見出された。
「して、先ほど『並行世界』、とお主は言ったな。それは何じゃ」
タイソウが身を乗り出してヒースに聞いた。
「私たちの世界で提唱されていた概念です。未来というのは様々な選択で幾重に分岐すると考えた場合、ある分岐点に到達すると世界が2つに別れます。分岐点を右に進んだ世界と、左に進んだ世界。それが私の世界とこの世界の関係である、という意味です」
「つまり、どこかの時点では、お主の世界とこの世界は同じ世界であったということか」
「はい、どこで分岐をしたのかは分かりませんが、明確に違う道を歩み始めた時期は、今から四千年前であると考えています」
2つの世界の共通点と相違点から考えて、四千年前、この世界で世界規模の何かがあり、その結果、海面が数十メートル上昇し、ヒースの世界では数メートル下降したとヒースは考えていた。
「なかなか興味深い話であるが、それがカミムラとどう関係する」
タイソウの問いに、ヒースは少し考えた。
正直なところカミムラの作戦など全く想像がつかない。
だが、ヒースの仮説が事実であるならば――
「この世界と私の世界がもともと同じであるならば、私の世界でも一定の条件が整えば魔法が使える可能性があります」
もともと魔法がない世界であったが、何かがあってこの世界では魔法が生まれたのか、それとも逆に、もともと魔法がある世界であったが、何かがあってヒースの世界では魔法が失われたのか。そのどちらであるかは分からない。
だが、古代遺跡など発見されたオーパーツの製造方法や、様々な神話は、それらは魔法によって成されたと考えれば容易に辻褄があうため、後者の仮説が正しいのではないかと考えていた。
ヒースは続けた。
「ここからさらに踏み込んで調査するための鍵は、私たちの世界にはない3つの大陸であると考えます」
そこでクロキが楽しそうに口を開いた。
「そうか、分かったぞ、アトランティスとムーか」
ヒースがうなずく。
モンテ皇国の西に存在する大陸は、かつて大西洋に存在したとされるアトランティス大陸。ロンの国の東に存在する大陸は、かつて太平洋に存在したとされるムー大陸である可能性をヒースも考えていた。
「そして、アーミル王国の南がレムリア大陸と仮定しています」
タイソウも面白そうな表情で口を挟む。
「この世界では、それぞれアトランティック、ムン、レムールと呼んでいる。似ている、いや、呼び名は同じみたいだのう」
ヒースはうなずいた。
「これで1つ分かった。カミムラはお主らの世界に魔法を持ち込もうとしている可能性が高い。だが、それがどうこの世界の破壊に結びつくのか。考えすぎではないか?」
タイソウの問いに対してクロキは正面を向いて否定した。
「いえ、奴は間違いなくこの世界を破壊することを考えています。なぜなら……」
「なぜなら?」
「奴は、破壊にしか快楽を見いだせない男だからです」
「ふふ、面白い、目の前に破壊できるものがあるのなら、自らの欲求を満足させるために破壊すると?」
「奴は最早小さな破壊では快楽を享受できない身体になっています。これまで以上の快楽を得るために、やつは世界を破壊するでしょう」
タイソウは再び椅子に寄り掛かった。
「ふん、それが本当ならとんだ異常者よな」
そして、理屈抜きでカミムラを理解するクロキも異常者の類であるようにタイソウは感じた。