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ヒースの調査と新たな依頼

「ねえ、クロキ殿。行きましょうよ。良い依頼なんですってば」

「行かないって言ってんだろ。いい加減諦めろ」


 ゴードンは、テーブルにだらしなくほほをつけながらクロキに話しかけているが、クロキは手甲の内側を片目で見たりしながら手甲の調整に勤しんでいる。


 右の手甲はキングウルフに破壊され、パーツを拾って持って帰ってきたものの、パーツの破損が酷く、ほとんど一から作り直したようなものであった。


 この世界には鋼の製造技術こそあるが、クロキの手甲やブーツに使われている高純度のチタンを作ることはできなかったため、作り直した手甲は以前のものに比べて強度の低下は免れない。


 しかし、鋼の一種として、製造過程で高濃度の魔粒子(マナ)を加えた魔鋼というものが存在し、加えられる魔力の属性に応じて特定の魔法に耐性を持っていた。


「クロキ殿。一緒に狼と戦った仲じゃないですか。これは、あれですよ、ええと、そう、あれ」

「戦友か」

「そう、それです」


 ゴードンが嬉しそうにクロキの手を取り、左右に振る。


 クロキは、うんざりした顔をしながらため息をついた。


「ちょっと、静かにしてください」


 奥の部屋で作業をしていたヒースが、羽ペンを握りながらいつの間にかクロキの後ろで仁王立ちをしていた。


「ゴードンさん、毎日うちに来てますけど、依頼を受けなくて大丈夫なんですか」


 ゴードンは、クロキとヒースに出会ってから2週間、毎日ヒースの家に来ては二人にちょっかいを出している。


 この間、ゴードンは依頼を受けておらず、当然仕事もしていないため、ゴードンがどうやって生活しているのか、クロキは不思議であった。


「おい、ゴードンいるか」


 ノックもせずにアーノルドが玄関のドアを開けて入ってきた。


 ヒースは片手で額を押さえて頭を左右に振る。


「特別依頼が来たぞ」

「特別依頼?」


 クロキが聞いた。


「依頼所が依頼を掲示して受注者を募集するのではなく、個別に冒険者に受注を打診する依頼のことだ。まあ、危険だったり、特殊な技能が必要だったりで、相手を選ぶ必要がある依頼だな」

「今回は?」


 ゴードンがアーノルドの持つ依頼書を覗き見る。


「依頼内容は魔獣の討伐。強力な魔獣の討伐経験が必要ということで、熊の魔獣を倒した俺たちに声が掛かったというわけだ」


 それを聞いてゴードンが色めき立つ。


「良いじゃないか。ついに俺たちも名が知られるようになったんだな。よし、やろう」


 そして、クロキの肩に手を置き、


「もちろんクロキさんも来てくれますよね。」


 と目を輝かせながら言った。


 しかし、クロキの肩に置かれたゴードンの手をヒースが払う。


「クロキさんは私の助手なので、これから私と一緒に実地調査に向かいます。残念ですが、あなた方の協力はできませんよ」

「な、なんですって。そんな……」


 肩を落とすゴードンを尻目に、ヒースはクロキに旅支度を促す。


「今回はちょっと遠いですから入念に準備しましょう。オルロン地方のダニ・マウンテンを調査します」

「距離はどのくらいなんだ」

「ここから100ケイラード(約300キロメートル)程です。馬車で5、6時間くらいですね」


 ヒースとクロキの会話を聞きながら、依頼書を見ていたアーノルドが口を開いた。


「この依頼の目的地も、ダニ・マウンテンだぞ」




 大通りを歩く6人。

 ヒースとゴードン一行の目的地が同じであったため、結局一緒に行くこととなった。


「今回もよろしくね。怪我をしたら私に任せて」


 アンナがピースをしながら陽気にヒースに挨拶をした。


「はあ、こうなったら、お互い協力しましょう。あなた方の依頼を手伝う代わりに、私の調査も手伝ってもらいますからね」

「オッケー。任せて」


 一行の最後尾で、クロキがリタに濃紺の立派な装丁の古びた本を手渡していた。


「これ、ありがとう。次は火系を頼む」

「ん、じゃあ、これ」


 リタはショルダーバッグからえんじ色の本を取り出しクロキに渡した。


 そのやり取りに気付いたゴードンが2人に声を掛けた。


「クロキ殿は、魔術書を読んでいるのですか?」

「ああ、俺が異邦人で魔法に興味があると言ったらリタが貸してくれたんだ」

「でも、クロキ殿は無魔力者(ノマド)では? 魔術書を読んでも魔法は使えませんよ」

「まあ、それはそうなんだが。俺の世界では、現実には存在しないものだからな、興味がつきない。リタのお陰で属性も覚えたところだ」


 先ほどクロキがリタに返した魔術書は水系上級魔法の魔術書。そして、新たにリタがクロキに貸した魔術書は火系下級魔法の魔術書であった。


 魔術書には先人が創生した様々な魔法が記されており、必要な魔力量さえあれば、自分の属性の魔術書に記されている魔法を使うことができる。


 魔法には、火、水、土、空気の4属性があり、これらは、この世界を構成する4大元素であるとされ、それらに加えて光と闇の2属性があり、光は天上に満ちている元素、闇は地の底に満ちている元素といわれている。


 これら6属性を基本として、それぞれの属性を単独で、又は組み合わせて魔法を生み出しているが、その際に必要なのが愛憎であると魔術書に書かれていた。


 クロキは、当初その思想が理解できなかったが、リタから、愛とは結び付き、憎とは離反であると説明を受け、属性の結合と分離を意味すると理解できた。


 一般的には、魔術師は自分の性質に合った属性1つを使いこなし、それ以外にもう1つ属性を使えれば良い方であった。


 また、光と闇の魔法をメインで使いこなすことができる魔術師は希少であり、魔法の創生数が少なく魔術書もほかの属性に比べて半分以下の厚さしかない。


「電気、いや、雷はどの属性なんだ」

「雷は光です」

「この世界に召喚されたときに一番最初に遭った魔術師が雷を使っていた。まだ若い女性だったな」


 クロキが山中であった女魔術師を思い出して言うと、リタは少し嫌そうな顔をした。


「それ、私の姉です。この国で光を使うのは2人しかいません。そして、女性は1人、姉だけです」


 あの女魔術師がリタの姉と聞いてクロキは驚きを隠せなかった。


 クロキは、希少な光属性を使う魔術師――リタの姉に再び会いたいと思っていたが、リタが珍しく表情を表に出して不機嫌になったため、リタと姉の関係性に何となく勘付き、そのことは心に押しとどめた。


「クロキはさあ」


 アンナが突然クロキを呼び捨てにしてきた。


 アンナは立ち居振る舞いからも分かる通り、なかなかフランクな性格のようだ。


「なに?」

「クロキはさ、異邦人だから、『魔法石』知らないでしょ。近くに店があるから行こうよ」


 そう言うと、アンナはクロキの手を引っ張り、とある露店へと連れて行った。


 露店は飲食物を扱う露店とは異なり、入り口が閉じられたテントとなっており、入り口の布をめくって中に入ると、意外にも中は明るく、香の匂いが鼻をついた。


 商品ケースの中には、5センチから10センチくらいの様々な色、形の水晶が並べられており、それぞれに魔法陣が刻まれている。


「魔法石はね、魔法が込められた石なんだよ。威力は同じ魔法を魔術師が使うよりも劣るけど、魔力がない人でもこれで魔法を使うことができるの」


 この店の数か所に吊るされている白い石も魔法石で、その石が煌々と輝き、内部を明るくしていた。


 このように持続性があるものや数回使えるものもあれば、1回の使用で込められた魔力が失われてしまうものもあるという。


「へえ、面白いな。例えばどんな魔法があるんだ?」


 商品ケースの奥にいる、店長と思われる小太りの中年の女性が商品の紹介を始めた。


「これは、火系魔法『ファイアーボール』、これは水系魔法『ミスト』、これは空気系魔法『スピードライド』、そしてこれはこの店でも使っている、光系魔法『ホワイトライト』、ここにないものでも取り寄せできるから相談してね」


 クロキは1つ1つ石に込められた魔法を確認しながら、ヒースからもらった小遣いでいくつかの魔法石を購入した。


「何買ったの、見せてよ。……ええ、こんな魔法買ったの? せっかくなんだから上級魔法を買えばいいのに」

「この世界に来たばっかりで手持ちが少ないんだよ」


 事実、下級魔法に比べ、上級魔法の魔法石は価格が一桁違う。


 クロキが買いたかったとしても、買うことができなかった。


 2人がヒースらの元に戻ろうと人混みの中を歩いていると、向こう側から2人の男が背中を丸めながら歩いてくる。


 前を歩く男が、おもむろにクロキに向かって肩をぶつけてきて、そして1人でよろめき、一言「悪い」と言って、そのまま立ち去った。


「クロキ、どうしたの? 大丈夫?」


 アンナがクロキに声を掛けると、クロキはポケットから手を出して手の中を眺めた。


「ああ、俺は大丈夫さ」

「あれ? どうしたの、それ」


 アンナがクロキに手の中に高そうなペンダントが握られているのに気づく。


「さっきの人が落としていったみたいだ、ちょっと届けてくるから待っていてくれ」


 そう言うとクロキは男を追った。

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