家宅捜索
シーハンは宝剣の調査と併せて行ったクロキの調査の結果も思い出していた。
モンテ皇国の召喚した異邦人クロキ。
元の世界での職業は下級官吏。
異邦人でありながら無魔力者であり、モンテ皇国の兵士としてムスティア城の攻防に参加したが、メソジック帝国の異邦人ジャックによって瀕死の重傷を負う。
ここまでが、非公表ながら周知の事実。
だが、昂天祭で最後まで残っていたという結果から、ムスティア城でのたった一つの戦績からクロキの力を判断することはできないと考え、シーハンが公安部を通じて調査したところによると、メソジック帝国によるアーミル王妃暗殺未遂、シュマリアン共和国で発生した海割事件の現場にも姿があったという。
そして、今の発言と威圧感。
ただの下級官吏ではないとシーハンは直感していた。
クロキが再び椅子に深く腰を掛けるのを待ってシーハンは口を開いた。
「申し訳ありませんが、動くことはできません。あなたの勘だけでは……」
そう言うと、シーハンは横の机の上に置いてあった書類を手に取る。
「ちなみに、我々の調査によると――」
かの宝剣は、今から百数十年前に古代遺跡の中から発見されたもので、研究者によると祭祀に用いられたものであるという。
刀身部分と柄の部分で作られた年代が異なると考えられており、神聖性に加えて、物質的価値の付与を目的として、金剛石をちりばめた柄が後年造られたと見られている。
刀身には古代文字が刻まれており、その内容は研究者の間でも解明はされていない。
ただし、宝剣と同時にいくつかの遺物も古代遺跡から発見されたと当時の報告書に記載されていたが、いつのころからか宝剣以外の遺物の行方は知れなくなっていた。
そうでありながら、その行方を追った形跡もなく、宝剣以外の遺物の存在が忘れさられていたが、シーハンの指示で公安部が内密に調査をしたところ、今から60年前、トウハイの曽祖父、つまり3代前の皇帝の兄が、何らかの理由で、宝剣以外の遺物を自らの邸宅に運び込んだことが判明した。
「へえ、さすがだな」
クロキは、感心するとともに、シーハンからもたらされた情報からカミムラの目的を推測しようとしたが、まだ情報が足りない。
もしもここにヒースがいれば、ヒースの知識と総合して一定の方向性を検討付けることができるのであろうが、今は詮方ない。
だが――
「この嫌疑について、我々はトウハイの邸宅を捜索することができます。あなたが、そこまでカミムラの行方に、確信に近いものを持っているというのなら、協力しましょう」
シーハンが失われた遺物の捜索でトウハイの邸宅を捜索したとしても、遺物を没収するのみでトウハイを罪に問うこと、連行することはできず、全ての遺物を発見してしまえば、それ以上の捜索はできない。
全ての遺物を発見するまでにカミムラを見つけられなければ、徒労に終わるだけでなく、トウハイの圧力でシーハンとその部下は左遷されるか、濡れ衣を着せられ、あらぬ罪で投獄されてしまうだろう。
あまりにハイリスクであるため、シーハンはまだ動くつもりはなく、さらなる情報の収集をするつもりであったが――
「あなたに賭けてみます」
「オーケー、よろしく頼む。捜索は何時にする?」
「これから人員を集めて準備するとなると……」
シーハンが机の上の時計を見る。
今は陽下5つ(午後3時頃)。
人員を集め、動きを説明するための資料を作成し、打ち合わせを行い、捜索に要する書類と道具を用意するとなると4時間は欲しいが――
「いえ、暮れ1つ半(午後5時半頃)にトウハイの邸宅に行けるよう速やかに準備します」
「分かった、俺の方も準備する。ああ、それと、ついでに助けたい奴がいるんだが」
クロキはコウソンとその妹の件を相談し、遺物を捜索しながら二人の居所にも注意してもらうようシーハンに依頼した。
トウハイの邸宅の広い廊下に夕陽が差し込み、白い壁を橙色に染める。
その中を歩くドゥエンが、落ち着かない様子で歩いているトウハイと見つけ、立ち止まり声を掛けた。
「つつがなく完了しました。ご協力感謝いたします」
ドゥエンの報告にトウハイは胸をなでおろした。
「そ、そうか……よし、アトリスの連中にも連絡してくれ」
トウハイの背後にいた部下がアトリス共和国の者に連絡をするため立ち去ると、トウハイは声のトーンを落とした。
「……それで、例の話は大丈夫だろうな」
「ええ、私は保証する立場にはありませんが、我々は約束は違えません」
トウハイがドゥエンの言葉に安心していると、邸宅の使用人が慌てた様子で走って来た。
「トウハイ様、大変です!」
「どうした慌てて」
「それが、公安部の家宅捜索です!」
「何ぃ……」
トウハイがドゥエンの顔を見ると、ドゥエンは首を振った。
事を知っているのは自分と、ドゥエンと、使用人の一部。その使用人はここ数日邸宅から外出させていない。後は、テイショウに滞在しているアトリス共和国の者のうちの一部だけ。
そうだ、漏れる筈がないのだ。
トウハイがカミムラの逃亡に関与していることは。
だが、トウハイは念のため、ドゥエンと使用人に証拠の隠滅を指示し、薄くなった髪の毛を手で整えると、上着のボタンを留めながら玄関ロビーに向かった。
玄関ロビーには公安部の捜索員たちがおり、一斉にトウハイに視線を向けた。
捜索員は武装をしておらず、人数も十数人と、カミムラを捕らえに来たにしてはラフな様子である。
トウハイが不審に思っていると、女の捜索員――シーハンがトウハイに歩み寄り、1枚の書類を提示した。
「トウハイさん、あなたが無断で国家管理の文化財を保有している疑いがあります。文化財保護法第32条により家宅捜索をいたしますのでご協力をお願いします」
何だそんなことか。そう言えば祖父がそんなようなことを言っていた気がするとトウハイは思い出しながら、
「ああ、そうですか、もちろん協力しますよ。ただ、ワシは父から受け継いだものを置いているだけなので、正直どれが何やら分かりません」
と、自らに一切の責任がないことを強調した。
「構いません、我々でこのお屋敷内を隈なく捜索します」
トウハイは直ぐに青ざめる。
文化財とやらを捜索する中で、カミムラ逃亡の関与を示す証拠を見つけられる可能性がある。
トウハイは一計を案じた。
「いやいや皆様のお手を煩わせるのは忍びない。この屋敷は広いのでなかなか大変ですぞ。そうだ、使用人にそれっぽいものを全てここに持ってこさせましょう。うん、その方が良い。私もあまり部屋を荒らされるのは好まんのでね。その上で、見つからなければこの屋敷内を捜索するといい。うん、その方が効率的だ」
そう言って、トウハイはシーハンに有無を言わさず、使用人におよそ思いつく限りの古い物を持ってくるよう、そして別の使用人にはシーハンらに茶を淹れるよう指示した。
これで、カミムラ逃亡関与の証拠を隠滅する時間が稼げる。加えて、ほかにも見られてはまずい物があるが、それらを発見されることもなくなった。
「分かりました、では、そのようにいたしましょう。ああ、そうだ、椅子をご用意していただけますか? 立ったままというのは少々……」
シーハンは作戦の変更を余儀なくされたことを内心焦りながら、少しでもトウハイの手を煩わせて、滞在時間を引き延ばすことにした。
「ああ、それから、文化財にはくれぐれも傷をつけないよう、慎重に、ゆっくりと運んでください。もしも我々の目の前で傷をつけようものなら、罰金を科し、修復費用を請求しなくてはならなくなりますので」
トウハイは面倒くさそうに小さく舌打ちをすると、そのように使用人に指示をした。