急転直下
クロキは、コウソンからこの街を仕切っているトウハイの存在を聞き、トウハイが皇帝の血筋に連なるこという点から、トウハイのカミムラの逃亡への関与を疑った。
「ん、じゃあ、俺はお暇しますか」
クロキが椅子から立ち上がり帰ろうとすると、コウソンが家の外までクロキを見送った。
「なあ、あんたは本当にドゥエンの仲間じゃないんだな」
コウソンが神妙な顔つきで聞くと、クロキは振り向く。
「ああ、たぶん友人ではあるが、仲間ではないよ」
「友人か……」
コウソンは腑に落ちないという顔をしていたが、クロキは自分の敵ではないと、なんとなく認めたようであった。
クロキがコウソンの家に行った日の一週間後、事態が動く。
陽下4つ(午後2時頃)頃、クロキがヒースの見舞いに行き、買い物を済ませた後で魔導館に行くと、魔導館の雰囲気がいつもとは違っていた。
いつもはコウソンのほか数人が前庭で訓練をしているのだが、今日は多くの道場生が前庭に出て何やら騒いでいた。
クロキが門から中に入ると、道場生が驚いたように一斉にクロキを見て、そして、落胆する。
「どうした、何かあったのか?」
「クロキさん」
ちょうど道場から、昂天祭のときと同じ戦闘態勢のカイが今にも誰かと戦おうかという気迫で出てきた。
「コウソンが……っ」
そう言えばコウソンの姿が見えない。
これまでほぼ毎日のように魔導館に顔を出しているが、コウソンを見ない日はなかった。
「コウソンはどうした?」
クロキは道場生の顔を一人ずつ見て、最後にカイを見た。
「先ほど、コウソンの家の近くを通りかかった者から聞いたのですが、コウソンが妹と一緒にトウハイの手の者たちに連れて行かれたというのです」
カイの話を聞くやクロキは直ぐに駆け出した。
魔導館の門を潜り、通りを抜け、人混みをかき分け、繁華街の路地裏からコウソンの家にたどり着く。
クロキが玄関のドアを開けて中に入ると、家の中は荒れ果てた状態となっていた。
クロキは真っ直ぐコウソンの祖母の部屋のドアを開ける。
ベッドで寝ていた祖母が恐怖で引きつった顔でクロキを見て、クロキであることに気付くと安心したようにそのまま気を失った。
クロキがコウソンの祖母の容体を確認し、ただ気を失っているだけであることを確認したところで、カイたちが家の中に入って来た。
「ばあさんは気を失っているだけだ。ここに置いとく訳にもいくまい、道場に運んでやってくれ」
クロキがカイに頼むと、カイは道場生の数人に指示をし、コウソンの祖母を運び出した。
「クロキさん、我々はコウソンを助けに行くつもりです。一緒に来ていただけますか」
「助けに、ってトウハイの邸宅に乗り込むつもりか?」
「もちろんです」
「止めろ、お前ら二十人程度で乗り込んでどうにかなるのか?」
クロキはここ数日、トウハイの周辺を調べ回っていた。
部下の数、交友関係、コネクション、資力、邸宅の間取り、設備、警備……
真正面から邸宅に乗り込むには魔導館の道場生では到底足りない。
おそらく殺されるか、全員がトウハイの息のかかった公安部に捕縛されるかどちらかだ。
「少し用を足してくる、それまで動くなよ」
クロキはそう言って一人コウソンの家を出た。
公安部テイショウ支部の庁舎。
3階建ての古い歴史のある建物の3階の一室にカミムラの行方を追うシーハンの対策本部が開設されていた。
シーハンはクロキに話を聞いた後、強奪された宝剣からカミムラの足取りを追っており、ロンの国政府の文化部史跡局から資料を取り寄せるとともに、独自に調査も行い、一定程度の方向性を検討付けていた。
シーハンが調査結果をまとめた書類を前に今後の動きを考えていると、一人の男性職員が対策本部室に入って来た。
シーハンは自分の部下でないことに直ぐに気付き、
「キミは……どうした?」
と声を掛けた。
しかし、その職員は返事をせず、どんどんシーハンに近付いてくる。
シーハンが、その職員が公安部の職員でないことに気付いたときには、既にその男はシーハンの目と鼻の先まで近付いており、男は懐からナイフを取り出し、シーハンに向かって振り上げた。
しかし、ナイフは振り下ろされる前に、シーハンの部下の一人が取り押さえ、職員に偽装した男は呆気なくお縄となった。
だが、シーハンはその上で、ある違和感に気付いた。
男を取り押さえた部下は、男がナイフを取り出す前に既に男に向かって飛び掛かろうとしていたのだ。
「あなた……」
シーハンが男を取り押さえた部下に声を掛けようとしたとき、その部下と同じ顔をした男が部屋の中に入って来た。
シーハンは咄嗟に剣を抜き構え、室内にいたほかの部下も身構えた。
「おおっと、待ってくれ、俺だ」
職員に偽装した男を取り押さえた方の部下が両手を上げ、顎の下に手を引っ掛けると、顔の皮、いや精巧に作られたマスクを剥ぎとった。
「全く、どういうつもり?」
シーハンは剣を納めながら、マスクを放り投げるクロキに向かって言った。
クロキはシーハンに接触するため、公安部に潜入し、部下に変装してシーハンが一人になるタイミングを待っていたのであった。
変装しての潜入捜査は、元の世界でも何度も行ってきており、赤外線センサーや監視カメラのない庁舎に侵入するなど、クロキとっては至極容易かった。
「この庁舎のセキュリティの甘さは本局に報告しなければなりませんね」
シーハンは呆れた顔つきで椅子に座る。
「それで、何の用?」
クロキは近くにあった椅子を引き寄せ、シーハンと向かい合うように座った。
「単刀直入に言う、トウハイの邸宅を捜索するべきだ」
クロキの予定では、もう少しトウハイの情報を収集した後、単独で邸宅に侵入するつもりであったが、コウソンの件でそうも言っていられなくなり、苦肉の策でシーハンの協力を仰ぐことにしたのだ。
シーハンは眉をひそめる。
「確証は?」
「悪いが、ない。ただ、あらゆる可能性を潰していった上で、残ったのがトウハイだ。奴の立場や、この街の事情を鑑みても限りなくクロだと思っている」
「疑わしきものは罰せず。これがこの国の法です」
「俺の国もだよ」
即答するクロキにシーハンはさらに眉を顰める。
「では、あなたがどんなにズレたことを言っているのか分かっているはずです」
「そうさ、正道はな」
クロキが身を乗り出し、シーハンに顔を近づける。
「俺の本業は、こういう手合いの懐に入り、どんな手段を使ってでも証拠を手に入れることだ」
「証拠が見つからなければ?」
「『見つける』んじゃない、『手に入れる』んだ」
そう言うクロキの眼光に、シーハンは思わず顎を引いた。