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テイショウを仕切る男

 コウソンは舌打ちし、


「借りとは思わねえからな」


 と言ってクロキの横で構えると、男たちに向かって行った。


 素手のクロキら三人に対して相手は武器を持った十数人。

 野次馬は十数人が有利とみて、クロキら三人がどれくらい食い下がるかということを興味の対象としていたが、三人は瞬く間に十数人を倒してしまった。

 しかも、コウソンは別として、クロキとドゥエンは息一つ乱していない。

 野次馬たちは事情も知らず、多勢に勝利した三人に拍手を向けた。


 倒された男たちはすごすごと退散していき、ドゥエンもまた、クロキとコウソンに挨拶をして去って行った。


「あのよ……すまない、助かった」


 コウソンが先ほどの乱闘の中で殴られたほほを押さえながらクロキに礼を言った。そして、小さくなるドゥエンの背中を見る。

 ドゥエンがカイの父を殺したことは事実。

 コウソンが当時まだ入門して間もないときであったが、今でもカイの手に抱かれる師父の姿を思い出す。

 その師父を殺したドゥエンに助けてもらったことに、コウソンは複雑な心境であった。


「兄さん!」


 コウソンが出てきた路地の奥から髪を二つに三つ編みにした少女がコウソンに駆け寄って来た。


「シュウリン、どうした」


 駆け寄って来たコウソンの妹――シュウリンは肩で息を切らしながら、コウソンの袖をつかむ。


「お、おばあちゃんが……」





 繁華街から路地を入って突き当たりにコウソンの家はあった。

 周囲の家には人が住んでいる気配がなく、コウソンの家が取り残されているようであった。


 この近辺に治療術(ヒール)を使える者がいないというため、クロキは一旦宿に帰ると、ヒースが持って来た薬を一式持参し、コウソンの家にやってきた。

 一階のリビングの奥の部屋のベッドにコウソンの祖母が横たわっており、青白い顔色と、胸の苦しさ、息切れ、多汗、悪寒の症状を見て、クロキは血流を良くする薬草を中心に数種類を選んで煎じ、コウソンの祖母の口に含ませた。

 しばらくすると祖母の顔色に赤みが戻り、静かな寝息を立てて寝入ったので、クロキは部屋から出ると、リビングではコウソンとシュウリンが茶を淹れてクロキを待っていた。


「何度もすまない。礼を言う」


 コウソンがそう言って頭を下げると、シュウリンも一緒になって頭を下げた。

 クロキは勧められるまま卓につき、茶に口をつける。


「しばらくは、朝晩にこれを飲ませると良い」


 そう言ってクロキは先ほど作った薬の残りをテーブルの上に置いた。


「すまない。しかし、あんた薬も作れるのか、凄いな、一体何者だ?」


 クロキは、ヒースほどではないが、毒物や麻薬を中心とした薬物の知識、サバイバルのための野草の知識はあった。


「それよりも、さっきの連中は?」

「ああ、連中か、ふん、ただの地上げだ」

「地上げ?」


 久しぶりに聞いた単語にクロキは反応する。


「連中、この辺に遊郭を作る計画を持ってんだ。それで、この辺の住民を追い出してるんだけどよ、俺らにゃ引っ越す金もないし、ここ以外に行く所もねえ。それに、ここはばあちゃんが嫁いでからずっと暮らしてきた家だ、せめてばあちゃんには死ぬまでここで暮らしてほしいじゃねえか」


 コウソンは拳を強く握りしめた。

 移転補償なしで地上げをするなんて、ただ効率が悪いのか、それともそんな無理を通す力を持っているのか。


「連中のボスは?」

「奴らを仕切っているのはトウハイという男だ」





 テイショウの街の中心部に、高い壁に囲まれ、ぽっかりと明かりが少なく閑静な地帯があった。

 東西南北に一か所ずつ大きな門があり、その中でも南の門がメインの入り口らしく、ひと際大きかった。

 そして、門を入り、15分くらい歩くと巨大な屋敷が姿を現す。


 その屋敷の2階、この邸宅の主の執務室に、全ての指にギラギラと指輪をはめ、両方の腕に黄金の腕輪をつけ、首からは宝石のついたネックレスをして、とても良い趣味とは言えない派手な長袍に身を包んだ小太りの男が、これまた骨組みを黄金で仕立てた派手な椅子に深く腰を掛けながら窓に向かって煙管をふかしている。


「うちの連中の邪魔をしてくれたそうだな」


 男の背後のソファに座る男はドウェンであった。


「いや、申し訳ない、相手が知り合いだったもので、つい」


 ドゥエンは悪びれる様子もなく謝罪する。

 男は椅子を回転させドゥエンを向いた。


「ドゥエン、あまり調子に乗るなよ、ワシがその気になれば――」

「おおっと、勘違いをしないでください。私はロンの国のドゥエンではなく、破壊の七徒のドゥエンです。この意味が分かりますよね」


 小太りの男は苦虫を噛みつぶしたような顔をした。

 ドゥエンは男に近寄ると、椅子のひじ掛けに手を置いて、男に顔を寄せる。


「私とあなたの立場は対等です。あなたが私を切れば、我々もあなたを切る。その逆も然り。よろしいかトウハイさん」


 トウハイは、分かったというように手を振ると、ドゥエンは部屋の入り口に向かって歩き出した。

 そして、部屋から出る間際で、


「カミムラさんの件はよろしくお願いします。上手くいけば悪いようにはしません」


 と言って、部屋から出て行った。


 トウハイは、煙管を口から放すと、険しい顔のまま天井に向かって煙を吐き出した。





 トウハイは事実上テイショウを仕切っている男だ。


 トウハイの曽祖父は三代前の皇帝――現在の皇帝タイソウの曽祖父――の兄であり、トウハイは元をたどれば皇族に連なる者である。


 ロンの国は各都市に官吏を置いているが、トウハイの財力とコネクションの前に官吏は無力。トウハイの邸宅は官吏の手の及ばない「聖域」と呼ばれている。


 表向きは、不動産と投資、そして貸金を生業としており、生活資金に困ったときはトウハイの元に行くと一定額までは無担保で貸してくれるということで、慈善家とも言われることもあったが、実際には金利は暴利であり、債権が焦げ付いたときには、文字通り身体で払わせる。

 それも借りた本人だけではなく、家族全員を借金の型にはめ、若い者は身を売り、老いたものは使えるところを売る。さらに無担保と言いながら家族全員を連れて行った後、その家の中を空にし、役所に賄賂を渡し資産の名義を架空の債権者の名義に変えて全て換価する。

 トウハイにとっては二束三文を貸して、大きな儲けのある、これこそ本業であった。

 役所に顔が利き、先述の架空の名義変更のほか、役所の仕切る工事や委託業務をトウハイの関係する会社に優先的に回してもらうなど、テイショウでトウハイの思い通りにならないことはなかった。


 先の皇帝タイソウの婚姻の式典もトウハイの口利きによってテイショウに決まったといい、式典の開催でトウハイが債権を持っている飲食店などは多いに儲け、警備や会場の設営など式典に関わる業務はトウハイの関係会社が担い、また、トウハイが経営する宿も通常の五倍の宿泊料で全て満室となり、トウハイは式典の特需を大いに堪能し上機嫌であった。


 そして、今、トウハイはもう一つ大きな野望のため、カミムラの逃亡に関わっており、このことは、トウハイと部下の一部しか知らないことであった。

 公安部もトウハイとカミムラにつながりがあるなど露知らず、トウハイは捜査対象ではなかったが、このまま時間が経てばいずれ勘付かれることは間違いなく、それまでにカミムラを国外に脱出させる手筈を整えている最中であった。

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