魔導拳の使い手
「武器なし、魔法あり、どちらかが気絶するか、降参するかだ。おっと、俺はコウソン、あんたは?」
「クロキだ」
「よしよし、試合の前の名乗りは礼儀だよな。じゃあ、始めようか」
コウソンの構えは、カイともドゥエンとも異なっていた。
「行くぜ」
コウソンは魔法を使わず、握った拳でクロキに突きを放つ。
クロキはコウソンの拳を腕で払うと、素早くコウソンに接近し、コウソンの顔面に掌底を当てつつ、コウソンの脚を払い、コウソンを転倒させた。
周りの男たちがざわめく。
コウソンは咄嗟に両手で後頭部を押さえており、頭部へのダメージは少なかったため直ぐに飛び起きると、クロキから距離を取った。
そして再び構え、
「魔導拳火の型、炎猴腕」
と言うと、コウソンの肘から下が炎に包まれた。
コウソンが再びクロキに突きを放つ。
だが、今度はコウソンの腕が炎に覆われているため、払うことができず、クロキは大きく距離を取るようにかわした。
「魔導拳火の型、火炎脚」
今度がコウソンの両脚の膝から下が炎に包まれる。
コウソンはジャンプし、クロキに向かって蹴りを放つ。
クロキは蹴りを受け止めることができずにかわすと、コウソンは着地して拳の連打を放って来た。
魔導拳火の型は、炎によって相手の受けを制限し、怯ませることを基本とするようだ。
相手が水属性であれば、効果は薄いだろうが、そうでなければ戦いにくいことこの上ない。
そして、相手に隙ができると、
「火天爆撃!」
高威力の大技を放つ。
コウソンが離れた距離から大振りの一撃をクロキに向かって放つと腕を覆う炎が火球となってクロキに向かって放たれ、爆発した。
コウソンはクロキを仕留めたと確信し、ニヤリと笑う。
だが、爆炎がはけると、そこには火球の爆発で火傷を負った道場生の姿。そして、その背後からクロキが顔を見せた。
「熱っちいな……」
「お前……何してやがる!」
仲間を盾にされたことで、コウソンは激高する。
クロキは何事もなかったように、盾にした道場生を蹴り倒すと、悠々とコウソンに向かって歩き出した。
そして、コウソンに近づくと、腰を落とし、その場でリズムを刻むようにステップを踏む。
「何だ、そりゃ、踊ってんか?」
コウソンが炎を纏った脚で、クロキの顔に向かって蹴りを放つ。
クロキは蹴りをかわしながら、地面に手をつくと、逆立ちするようにコウソンに蹴りを放ち、コウソンが蹴りを手で受けると、そのまま両手を地面に付いたまま回転し、コウソンに数度蹴りを入れた。
「ちぃ……」
コウソンが舌打ちをしながら炎を纏った拳で突きを放つと、またもやクロキは地面に手をつきながら脚で拳を払い、コウソンに蹴りを入れる。
眼前に炎を突き付けられるから怯むのであり、常に顔から遠く離れた脚で攻撃を受けるのであれば恐怖はない。
加えて、クロキは膝から下を覆うブーツを履いているため、その部分であれば炎のダメージは皆無であった。
クロキの動きに翻弄されているコウソンの隙をつき、クロキは立ったまま回転しながら何度も蹴りを放ち、コウソンの受けが追い付かなくなったところで、跳び上がり、コウソンの頭部に勢いを増した蹴りを放った。
クロキの蹴りがコウソンの側頭部にクリーンヒットし、コウソンは意識を失ってその場に倒れた。
クロキは着地し、コウソンが立ち上がらないと見るや、ステップを止めた。
すると、
「お見事です、クロキさん」
と拍手をしながら、道場からカイが出てきた。
「ずっと見ていたんですか?」
クロキが呆れたようにカイを見た。
「いえ、途中からです。止めようかとも思ったんですが、クロキさんの動きが独特だったのでつい見入ってしまいました」
「ハハ……カイさんも案外人が悪い。弟子がやられるのをただ見ているとは」
クロキがカイと話している間に、コウソンが目を覚ます。
「つッ……くそっ、今回は俺の負けだ、次は敗けねえぞ」
コウソンは頭を押さえながらクロキに向かって言うと、カイが笑う。
「コウソンではまだ無理でしょう。なんせこの人は、あと一歩で優勝を逃した方ですから」
事実、状況としてはダリオに優勝を譲ったような形になったが、クロキは別段優勝を狙っていたわけではないので、そう言われると複雑な心境であった。
「え、そうなんスか、それ、先に言えよ……」
「まあ、怪我をしてリタイアしたあなたとでは格が違います。もっと精進なさい」
先ほどコウソンが言っていた仲間が怪我をして泣く泣くリタイアの仲間とはコウソン自身のことだったようで、コウソンはシュンとして、小さく「はい……」と呟いた。
クロキはカイの案内で道場に入ると、魔導拳の成り立ちや、全ての属性の型に共通する基本の型を教えてもらい、代わりにクロキの世界の武術の動きをいくつか見せて指導をした。
「今日は大変勉強になりました。ありがとうございました」
カイが深々とクロキに頭を下げるのを見て、クロキも礼を言った。
「いえ、こちらこそ、魔導拳ばかりではなくテイショウの街についても教えていただきありがとうございます」
「そう言えば、クロキさんは私に会うよりも前に魔導拳に会ったことがあるのですか?」
「ええ、実は……ドゥエン、という男をご存じですか?」
ドゥエンの名を聞き、一同が一斉に驚く。
「まさか、クロキさんはドゥエンに会ったというのですか?」
尋常ならざる反応に、クロキは身構える。
「ドゥエンは――」
カイが何かを語ろうとしたとき、道場のドアが開いた。
全員が入り口を見ると、一人の男が立っている。
男は、靴を脱ぐと、道場の中に脚を踏み入れた。
「おや、久しぶりに帰ってきてみれば、まさか、そこにいるのはクロキさんですか?」
長い髪を三つ編みにして後ろに垂らし、袖は手首の少し上で折り返したその格好、何という偶然か、それはドゥエンであった。
「ドゥエン! なぜ帰って来たのですかっ!」
カイが立ち上がり、ドゥエンを威嚇する。
「なぜって、ここは私の故郷です。せっかくなので師父の墓前に手を合わせようかと」
「あなたが、父の? どの口が言うのですか、その父を殺したのはあなたでしょう」
クロキはカイとドゥエンの顔を交互に見た。
カイが嘘を言っているようには見えない。かと言ってドゥエンは悪びれる様子もない。
「なればこそ、私が弔わなければならないと思っています」
ドゥエンはそう言って道場の裏手に向かって行こうとしたが、道場生がドゥエンの行く手を塞ぐ。
誰もが殺気立ち、一触即発の状況。
と、堪え切れなくなった道場生の一人がドゥエンに殴りかかり、ドゥエンは即座に身を翻して道場の外に出た。
道場生がドゥエンを追いかけて外に出ると、ドゥエンは前庭で待ち構えていた。
「逃げたのかと思ったぜ」
道場生がそう言うと、ドゥエンは鼻で笑う。
「道場の中では魔導拳の真の力は発揮できない」
そしてドゥエンは両手を大きく広げて構えた。
「さあ、遠慮なく全力で掛かってきなさい」
ドゥエンは、口元に笑みを浮かべつつ、道場生に鋭い視線を向けた。