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狼の王

 アーノルドが叫ぶのが早いか、キングウルフが目にもとまらぬ速度で走り出す。


 しかし、クロキ達の手前で、キングウルフは停止した。


 首を伸ばして懸命に前に進もうとするが、キングウルフの右後脚が前に出ない。


 キングウルフの動きに合わせるように、キングウルフの背後の大木が揺れている。


 キングウルフの右後脚が大木とワイヤーでつながっているのだ。


「いつの間に……」


 ヒースは呟きながら、思い返す。


 クロキは、キングウルフがゴードンに噛みつきながらアーノルドと対峙している間に、キングウルフの右後脚にワイヤーを絡め、そして、キングウルフにワイヤーを投げつけてかわされたときに大木に結びつけていた。


 ワイヤーを投げたときに、キングウルフに当たっていればキングウルフの身体を束縛でき、かわされたとしてもキングウルフを大木に結びつけることができる。


 キングウルフにワイヤーはかわされて当然の上、当たってもダメージが期待できない無駄な攻撃とヒースは思っていたが、実は計算された攻撃であったことに、さすがニンジャだなとヒースは一人感心していた。


 キングウルフは右後脚に絡みつくワイヤーを噛みちぎろうと、右後脚に向かって何度も噛みついている。


「よし、動きが止まった」


 ゴードンはキングウルフに向かって行こうとしたが、キングウルフがゴードンを向き、威嚇したため躊躇った。


 キングウルフは、そう簡単にはワイヤーを解くことができないと見るや、自らを攻め立てんとする気配を察し、力づくで前に進もうとし始めた。


 クロキの頭に嫌な予感がよぎる。

 だが、このチャンスを逃せば後がないため、かすかな焦りを自身でも感じながら、クロキはリタに魔法を指示した。


「ファイヤーボム」


 大きな火球がキングウルフを襲う。


 キングウルフはかわそうとするが、ワイヤーのためにかわしきれず、身体の一部に火が点いた。


 熱さと痛みから逃れようと、前に進もうとするキングウルフの力が増す。


 魔法でダメージを負ったキングウルフを追撃しようと、ゴードンは左肩にクレイモアを担ぎながら、キングウルフに向かって歩いていく。


 キングウルフの右後脚はまだ抜けない。ワイヤーの絡まっている部分から血がにじむ。しかし、同時にワイヤーがつながっている大木がきしむ音が聞こえる。


 クロキは、ゴードンに距離を取るよう叫んだが、その声をかき消すように、キングウルフの咆哮とともにワイヤーを結んだ大木が根元から倒れる音が響きわたった。


「しまった!」


 クロキは思わず言ってしまったが、キングウルフは大木を引きずったままであり、動きは格段に鈍っている。

 まだ勝機はある。


 リタはファイアーボールを唱えたが、キングウルフは倒れた大木に近づくように飛び跳ねながらかわす。


「止めろ。樹を燃やすなっ」


 わずかなチャンスを無駄にできない。


「リタ。でかいの一発頼むぜ」


 ゴードンがそう言いながらリタを振り向き、親指を立てると、リタは小さくうなずき、集中を始めた。


 リタの周りの空気が揺れる。


 そこだけ空間が違うように、空気ではない何かが流れているのが判る。


 これがマナを操るということなのだろうと、クロキは思った。


「期待して良いんだよな」


 クロキの問いに、ゴードンは今度はクロキに向かって親指を立てる。


「作戦を少し変える。まずは、俺が囮になる」


 そう言ってクロキはキングウルフに近づき刀を数度振るうと、噛みつこうとするキングウルフを誘うように距離を取る。


 クロキの立つその位置とキングウルフとの間の距離は、キングウルフと大木を結ぶワイヤーの長さと同じ距離。


 キングウルフは、クロキの位置が自身の動きを縛るワイヤーの影響を受けない距離であることを知っているかのように、最高スピードでクロキに飛び掛かった。


 その瞬間、クロキを押しのけてゴードンが前に出ると、クレイモアを逆手に持った左腕でキングウルフの攻撃を受け止めた。


 ゴードンの位置は、クロキの立っていた位置よりも数歩後ろ。

 重い大木によって、噛みつく寸前でキングウルフは減速したため、スピードによる衝撃はほぼ皆無。


 ワイヤーの長さを把握しているクロキが位置取り、重装のゴードンが身を挺してキングウルフの動きを止める作戦であった。

 しかも、クロキに口を攻撃されたためか、キングウルフの咬合力は弱まっている。


 しかし、それでもなお、牙は左腕のガントレットを突き破り、刀身にひびが入り始める。


「は、早くしろぉっ!」


 ゴードンが叫ぶ。


 クロキはいつの間にかゴードンから20メートル以上離れたところまで走っていた。


 そして、急に立ち止まると、今度は低い体勢でキングウルフに向かって走り出す。

 そのスピード、その様は、まるで黒い狼。


「行っくぞおおおっ!」


 クロキは、キングウルフまでの距離の半分ほどを助走にして跳び上がると、高速で空中を回転しながらゴードンに噛みついたままのキングウルフに向かって行く。


 そして、右足がキングウルフに命中する直前で、バアンッ、という音とともにブーツの踵が爆発した。

 遠心力に加え、爆発の威力で加速した固いブーツのつま先がキングウルフの眉間に突き刺さる。


 クロキの右足に、規格外の固さを持つキングウルフの頭蓋骨を砕いた感触がある。


 さしものキングウルフもゴードンを放し、後ずさった。


 そんなキングウルフを追撃せず、クロキとゴードンは、全速力でキングウルフから距離を取る。


「アグニートブレス!」


 リタの声とともに、上空から、滝のような業火がキングウルフ目掛けて降り注ぐ。


 暮れた空が再び明るくなり、クロキ達を炎の光が赤く染める。


 業火はキングウルフを中心に周囲の草木を焼き尽くし、業火が過ぎ去った後には炭と化した土の上にキングウルフが残るばかりであった。


「うそ……これでも焼き尽くせないなんて。この魔獣、間違いなくSランクよ」


 常に無表情だったリタが、驚愕している。


 上級魔法のアグニートブレスは、全てを焼き尽くす火力の魔法である。

 その直撃を受けてなお、素の耐久力で原型をとどめる生物は、アグニートブレスの大きさをはるかに超える巨大な生物くらいであった。

 にもかかわらず、キングウルフは、毛皮を焼かれ重度の火傷が見て取れるが原型をとどめていた。


 しかし、キングウルフが重症であることは間違いなく、辛うじて生きてはいるものの動く力を失っていた。


「もう、大丈夫だ。こいつはもう動けない」


 クロキはそう言って、ゴードン達の武器をおろさせると、キングウルフに近寄り、キングウルフの顔の前にしゃがんだ。


 キングウルフは口から紅い舌を出し、荒い呼吸を漏らしている。


 だが、キングウルフの目に助けを乞う様子はなく、先ほどと変わらず金色に輝き、瞳の奥に威厳をたたえていた。


「頼む。ヒールを掛けてやってくれないか」


 クロキがアンナに頼んだ。


「はあ、な、何言ってんのっ。うちらはこいつに襲われたんだよ。それに、それに、元気になったらまた襲われるじゃん」


 ゴードンはしばらく考えた後、クロキと同様にアンナに頼んだ。


「アンナの言うことは分かるよ、でも、この狼は僕たちのターゲットではない。確か依頼所にも狼の討伐はなかった。そうだろ」

「ああ、なかったな」


 アーノルドが答える。


「じゃあ、この狼を殺して良い理由はないんじゃないかな。それに、僕らが生き残れたのは、クロキ殿のお陰だ。そのクロキ殿が言うんだ」

「う、うう…」


 アンナが納得いかないという表情でゴードンとクロキの顔を交互に見る。


 そのやり取りを聞きながらヒースはキングウルフに近寄り、クロキの横に座ると、リュックの中から薬草入りの軟膏を取り出し、キングウルフの、特に火傷が酷い部分に塗り始めた。


「私からもお願いします。持ってきた軟膏じゃ到底足りないです」

「もう、どうなっても知らないよ」


 そう言ってアンナはヒースの横に座り、深い火傷の部分にヒールを掛け始めた。




 既に日は暮れ、わずかに欠けた月が白く光っていた。


 鎧を外したゴードンの右肩にアンナがヒールを掛けている。


「クロキ殿、熊の魔獣を倒したのもあなたですね」


 ゴードンはクロキに聞いた。


 クロキは、アンナにヒールを掛けてもらったものの、アンナの残り少ない魔力の配分から直しきれなかった右腕に包帯を巻きながら答えた。


「ああ、そうだ。狼に比べれば、知性とスピードがない分だけまだやりやすかったな」

「やっぱりですか。途中から薄々そうかな、って思ってたんです。実は、僕らは熊の魔獣を倒した人を追いかけてたんです」


 ゴードンは事の経緯を話し始めた。


「そういうわけで、譲ってほしいんですけど……」


 ゴードンの頼みに、クロキはヒースを見る。するとヒースが口を開いた。


「ええと、あの熊の報酬はいくらですか」

「確か5千ランテ(約16万円)です」

「おお、なかなかですね。では、これから依頼所に行って依頼を受けるというのも手間なので、報酬の10ペルケント(%)で手を打ちましょう。皆さんには狼との戦いを手伝ってもらった恩もありますし、破格ですが10ペルケント(%)で良いです」


 そう言ってヒースはクロキを見ると、クロキはうなずいた。


「ありがとうございます。いやあ、お二人が良い人で良かった」

「良い人なのはどっちよ。はい、応急処置終了。これで私の魔力はすっからかんよ」


 アンナはそう言うと、大きく伸びをした。


「それにしても、あの狼。凄かったな」


 クロキはそう呟きながら、キングウルフを思い出していた。


 キングウルフは応急処置を受け、自分で動けるまでに回復すると静かに森の奥へと消えていった。

 その後ろ姿は最後まで威厳を感じさせるものであった。


「確かに凄かったですけど、もう遭いたくないですね」


 ヒースは笑いながら言った。


「では、行きましょうか」


 ゴードンが立ち上がり、月明かりが照らす木々の間を歩き始めると、一同は次々とゴードンに続いた。


 山の中に微かに遠吠えが響いたような気がして、クロキは、キングウルフが去っていった方向を振り返る。


「クロキさん、早く行きましょうよ」


 ヒースに促され、クロキは急いでゴードンの後を追った。


 崖の中腹では、蕾を開いた竜牙草が、月の光でやさしく輝いていた。


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