4度目
黒髪、黒い瞳、そして、珍妙な黒装束。そうか―—
「あんたがアンジェラ様と刃を交えたという……」
「アンジェラ……」
あいつはアンジェラと言うのか。
クロキはシュマリアン共和国で戦った金髪で白銀の鎧兜の女騎士を思い返していた。
「サビーナと言ったか、お前たちはどこの国の者だ」
「国、国か……、僕は、僕たちは『イナンナの娘』、国を求める者さ」
クロキは顔をしかめ、その横でオーウェンは眼鏡を上げた。
「答えになっていませんね。そう言えば聞いたことがあります、白銀の鎧に身を包んだ戦騎、ルーシ国の者でしょう」
「それは仮初めの地。キミらは仮初めの名をもって僕らを呼ぶが、僕らはそれを許容しない」
サビーナは真剣な眼差しでオーウェンを見る。
「じゃあ、お前たちの本当の国はどこなんだ」
クロキの問いに、サビーナは眼を閉じ、そして開いて答える。
「それは―——」
そのときであった、轟音とともに近くの建物跡を粉々に破壊し、一人の男がクロキらの背後に吹っ飛ばされてきた。
砂ぼこりの中、その男が直ぐに立ち上がり、体勢を立て直す。
クロキらは身構えたが、レオポルドは直ぐに構えを解いた。
「オウギュストっ!」
その男はオウギュストであった。
「んあ? ああ、レオか」
「お前、どうしたんだそれ」
オウギュストの全身に裂傷が走り、おびただしい血が流れていた。
「油断したのもあるが、あんな奴、初めてだ」
崩れた建物跡を包む砂ぼこりを破って、猛スピードでジャックが飛び出し、オウギュストにナイフで斬りかかる。
オウギュストは槍の柄でジャックのダガーナイフを受けたが、ジャックははその場で回転するとオウギュストを吹っ飛ばした。
「はははっ、お前、やるなぁ」
身体にさらに傷を増やしながらも倒れないオウギュストを見て、ジャックは楽しそうに笑う。
オウギュストは槍に炎を纏わせてその場で回転して勢いをつけ、「ファイアー・ボルテックス!」とジャックに向かって槍を突くと、槍が纏った炎が渦を巻いてジャックに向かっていく。
しかし、ジャックは上にジャンプして炎の渦をかわすと、空中で少し溜めてツイスト・リッパーを放った。
オウギュストは咄嗟に槍で受けたが、ジャックの攻撃は槍の柄を切断し、オウギュストの身体に深い傷を与えた。
「オウギュスト!」
レオポルドがハンマーを手にオウギュストの援護に向かおうとしたが、オウギュストが静止するようにレオポルドに手を向けた。
「く、来るな! お前じゃ敵わない!」
レオポルドは立ち止まる。
その間に、ジャックはオウギュストに向かっていき、ダガーナイフを振るった。
ガキン!
ダガーナイフはオウギュストに届かない。
クロキの刀がダガーナイフを受け止めていた。
「お前の相手は俺だ」
「クロキ……はは、クロキ!」
ジャックは興奮した様子でクロキの名を叫ぶ。
クロキは刀でジャックのダガーナイフを弾くと、距離を取った。
「クロキ……俺は、信じていた……」
ジャックの眼から涙がこぼれ始める。
「お前がぁ、生きてるってぇ!」
そう言うと、ジャックは「うおぉぉぉ」と天に向かって咆哮する。
「彼は一体何者ですか? 情緒が不安定にも程がある」
オーウェンは眼鏡を上げながらジャックを分析するが、今までオーウェンが会ったどのタイプの敵にも当てはまらない。
狂気を孕んだ精神に、異常ともいえる戦闘力。
オーウェンは警戒しながらも、どう警戒してよいか判断できないという、良く分からない矛盾に混乱していた。
だが、確定的ではないが一つ言えるのは、こちらから手を出さない限り、ジャックはクロキ以外には手を出さないであろうということ。
その隙に何かできることがあるはずと、オーウェンは考え始めたが、思考を邪魔するように、オウギュストを追い掛けて来たオウギュストのチームメイトが姿を現した。
オウギュストのチームメイトは、モンテ皇国の護衛部隊の一人と、ロンの国の男。
そして、ジャックのチームメイト、ティムとカイも姿を見せる。
「クロキか……」
ティムはジャックと対峙するクロキを見てつぶやく。
この場にいる全員が、クロキとジャックに間に割って入れないことを感じていた。
「これで、3度目、いや、途中で邪魔が入ったのを入れれば4度目だな……」
そう言いながらジャックがダガーナイフを構える。
「ああん? 知らねえよ」
クロキも刀を構える。
「つれないこと言うなよ、さぁ、楽しもうぜ」
「うるせえよ、テメエは邪魔なんだよ」
「次はどうやって斬り刻もうか」
「なんでカミムラに従うかは分からないが」
「腕の一本でも斬り落としてやろうか、それとも脚か?」
「俺とカミムラの間の壁になるってんなら」
「いや、やっぱり首か、まあ、いずれにしろ」
「「ぶっ殺す!」」
クロキとジャックはほぼ同時に地面を蹴った。
眼にも止まらぬスピードで二人は動きまわり、双方の刃が空を斬る。
その光景を見守る全員が息を飲む。
魔法を使えぬ無魔力者の二人が、およそ想像を超えた殺し合いをしている。
ジャックの動きは、予選のときよりも、オウギュストを追い詰めたときよりも研ぎ澄まされ、鋭さを増していた。
そのジャックと互角に戦うクロキの実力を、オウギュストとレオポルドは認めざるを得なかった。
「これは……」
ただ一人、オーウェンだけは二人の戦いを漫然と見守ることなく、二人の戦力の分析をしていた。
身体能力はほぼ互角。ただし、反射神経はジャックの方が上。だが、フェイント等の駆け引きはクロキが上。
そうすると勝敗を左右するのは、予期せぬ外的要因か、若しくは——
オーウェンは、動き続けるジャックの身体に少しずつ魔素が集まっていることに気付いた。
「くっそがぁ……ふざけんなよ……」
ティムもまたジャックに魔素が集中していることに気付くと、拳を強く握りながら呟き、唇をかみしめる。
スキルを発動するときには、身体に魔力を取り込む必要がある。その為には相当の集中力によって感覚を研ぎすまさなければならず、わずかな時間であっても、皆自然と動きを止めてしまう。
それがティムの、いや、スキルを使う者の常識であった。
だが、ジャックは動きを止めずに、動きながら魔素を身体に取り込んでいる。
ムスティア城の戦いでジャックを見たときは、そんなことはしていなかった。それからわずか半年足らずで、ジャックはスキルというものを未だかつて誰も到達し得なかった段階に上げたのだ。
その事実を目の前にして、長い時間をかけて血の滲むような鍛錬でスキルを習得し、磨き上げているティムが悔しがらないはずもなかった。
「そろそろ行くぜ、頼むからこの一発で終わりなんてことにはなるんじゃねえぞ!」
ジャックの言葉は矛盾以外の何物でもなかった。
そして、クロキの返答を聞く間もなく、スキルが発動する。
「ツイスト・リッパー!」