チームシャッフル
「二回戦も佳境のようだな」
皇帝タイソウは、綺麗に切られた桃をつまみ上げると口に入れ、手に付いた果汁も嘗めとりながら鏡の中の地下遺跡の様子を見て言った。
桃の果汁が手から滴るのを皇后が布で受け止め、そのままタイソウの腕を拭く。
「しかし、参加者の力がここまで差があるとは思わなんだ」
そう言ってタイソウが見る鏡に映るのは、ジャックの姿。
部屋の中では、二人の人間が血の海に沈んでいた。
その二人から少し離れた所で、うつぶせになった男の上にジャックがまたがり、男の髪を掴んで頭を起こしながら男の顔の前にダガーナイフを突き立てている。
「だからよう、言ってんだろ、ここで死ぬか、それとも参りましたと言って負けるか。考えるまでもねえだろ」
「この外道がっ、お前の言うとおりなんぞに、あがっ……!」
床に男の片耳が落ちる。
「俺の話を聞かないなら、もう片方もいらないよな」
ジャックが男のもう片方の耳に顔を近付ける。
「お前も、そこの二人にみたいに死にたいのか?」
「こ、殺すならひと思いに殺せ!」
男が自棄になって叫ぶと、ジャックが片方の眉を上げた。
「おいおいおいおい、誰がひと思いに殺すっつった?」
そう言うと、ジャックは男の片手を男の顔の前の床に押さえつけ、小指の脇にダガーナイフを突き立てた。
「せっかく死ぬならなぁ、俺を楽しませてから、死ねや」
ジャックは小指に向かってダガーナイフを倒す。
ミチッ、ミシミシ……メキッ
「あ、ああああっ!」
男の小指が皮一枚を残し切断された。
ジャックの仲間のメソジック帝国の兵士は、その様子に目を背ける。
「次は薬指か、反対の小指か、それとも脚の指か……ちなみに俺の希望はな……」
「分かった、あんたの提案を受ける、勝負を受ける! 俺の負けだ、降参する!」
男は必死の形相で敗北を宣言した。
ジャックが笑う。
「そうだよ、素直に始めっからそう言えよ」
男は少し落ち着き、
「あ、ああ、あんたの勝ちだ、だから、その、もう良いだろ」
と解放を願い出た。
しかし、ジャックは男の上から動こうとしない。
「お、おい、どうした、早くどけてくれ、話が違う」
「話ぃ? なあ、俺がいつ、降参したらお前を殺さないって言った?」
ジャックは男の首の脇にダガーナイフを突き立てた。
「ひぃぃ、頼む、助けてくれ! 何でもする、だから、頼む!」
「良い声だ、もっと追い詰めれば、もっと良い声で鳴いてくれるのか?」
ジャックの顔が恍惚の表情に変わる、そして、ダガーナイフを振り上げた。
その瞬間、男の身体だけが白い光に包まれ、消えた。
ジャックはしばらく腕を振り上げたまま静止していたが、突然ストンと腕を降ろし、立ち上がった。
「あーあ、忘れもんだ」
ジャックはそう言いながら、床に落ちたままの男の片耳を踏み潰した。
皇帝タイソウの見る鏡の中では、ジャックの凶行のほか、ギルバート隊、高貴な獅子、そしてクロキらが勝利した様子も映っていた。
タイソウは頬杖をつきながら少し考えると、傍に控える立派な白いひげを蓄えた高齢の大臣を呼んだ。
「思ったよりも参加者同士で実力に差があるようだ。これでは最後まで残る者が容易に予想できてつまらん」
大臣はあからさまに面倒くさそうな顔をした。
「それで、どうしろと言うのですか?」
「分からんか?」
「なぜ分かるとの思うのかが分かりませぬ」
タイソウは大きくため息をついた。
「混ぜ合わせろ」
「は?」
「参加者の組み合わせを無造作に入れ替えろ。連携する者、従順な者が仲間からいなくなり、逆に邪魔する者が仲間になる。面白くなりそうではないか」
「はあ……」
今度は大臣がため息をついた。
「では、仰せのままに」
大臣は頭を下げた。
クロキらが、二回戦を戦った部屋を出て廊下を進んでいると、大きな石を引きずるよう音とともに微かな振動が脚を伝ってきた。
「ど、どうした……!」
ティムが辺りを見回す。
天井から砂や埃がパラパラと落ちてくる。
三人は天井や廊下の先を見ていたが、突然大きな振動とともに、テオとクロキの足元の床が外れた。
クロキは咄嗟に床に手を掛けて、落下を免れたが、テオは「うおおっ…!」と叫びながら、真っ暗な底へと落ちていった。
床板が底に到達し、砕ける音が響く。
「テオ、テオっ!」
ティムが真っ暗な底に向かって叫ぶと、微かにテオの声が聞こえる。どうやら無事なようだ。
クロキはテオを助けるため、ワイヤーを使って穴を降りようとした。が、再び床が振動したかと思うと、床板が動き穴をふさいでしまった。
それだけではなかった。廊下の壁も動き出し、クロキとティムの間に壁を作り、二人を分断してしまった。
「ティムっ、おいっ!」
クロキが壁を叩きながらティムの名を呼んだが、ティムの反応はない。
壁が厚いのか、それともティムの立っていた場所自体も移動してしまったのか。
クロキが後ろを振り向くと、廊下の先は先程と変わらず、奥には扉も見える。
ここにいても仕方がない。クロキは廊下を進み、扉を開けた。
目の前には一回戦と二回戦よりも少し小さな部屋が広がっていた。
クロキが部屋の中に一歩踏み出す。と、床が崩れ出したため、直ぐに廊下に戻った。
あっという間に部屋の床が全てなくなってしまったが、部屋の反対側に扉が見える。
クロキはガントレットからワイヤーを引き出すと、ワイヤーの先にナイフを括りつけ、反対側の扉近くの照明に向かってナイフを投げて、照明にワイヤーを絡ませ、強くワイヤーを引っ張って自分の体重を乗せても大丈夫なことを確認してから部屋の中へと飛び降り、ワイヤーを巻き取りつつ扉に近付いていく。
そして、ある程度まで扉の近くまで来ると、今度はブーツに仕込んだエクスプロージョンの魔法石を発動し、爆発で加速させた蹴りでもって扉を破壊して扉の奥へと着地した。
扉の先は灯のない暗闇であった。
今通過した床のない部屋からの灯だけを頼りに、クロキは部屋の中におそるおそる脚を踏み出す。
足元が崩れる気配はない。しかし、再び遺跡全体が振動するような微かな揺れを感じたかと思うと大きな振動とともに部屋の壁が動き出し、クロキが入って来た入り口を塞いでしまった。
微かな灯がなくなり、漆黒の闇が広がる。
前後左右上下何も見えない。
だが、クロキの脚を伝う床の振動が、クロキの肌に響く空気の震えが、部屋全体が形を変えながら移動していることを感じさせた。
しばらく振動が響いた後、急に振動が止まる。
クロキは辺りを警戒しながら、腰のホルダーから魔法石をはめ込んだ筒を取り出した。
筒は懐中電灯のように光り、その先を照らす。それは、ホワイトライトの魔法石でクロキが造った魔道具であった。
「うえぇぇん……暗いよぉ……誰かぁ……」
部屋の中で誰かが泣く声が聞こえ、クロキは声のする方向に筒を向けた。