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プロローグ(上)

 朽ちたビル。


 窓から射す街路灯の明かりだけが、剥がれた床のタイルを照らす。


 室内は閑散とし、部屋の隅に横たわったキャビネットが、おいて行かれた悲しみをもの語り、別のフロアでは往時のままデスクが並び、だが記憶に埋もれるように埃をまとっている。


 静かに、ただ静かに朽ちるのを待つビルの中に気配があった。


 全身を黒と見まがう濃緑の衣装に身を包み、上半身には分厚い防弾ベスト。着衣と同色の金属製のマスクとゴーグルで顔を隠し、足音は重く、しかし動きに無駄がない。


 特殊部隊のようないで立ちのその男、いや男たちは、そのいで立ちに合わせたかのように銃火器を抱え、窓の外や階段にゴーグルの赤いレンズを向けている。


 ふと、階下から小石が転がるような音が聞こえた。


 階段を監視していた男が階下に目を向け、しばらく再び音がしないか待った後、ゆっくりと階段を下る。


 中央まで下りたろうか。男の背後に、音もなく黒い影が落ちた。影は男の背後で翼のように手を広げる。すると、男は影の存在に気付く間もなく、支えを失った人形のようにその場に倒れた。


 影は、まるで猫のように音もなく階段を駆け上がると、看板が傾いた金属製のドアに張り付いた。


 ドアの曇りガラスのわずかに欠けた穴からフロアを覗くと、濃緑に身を包んだ男が一人、暗闇の中で影が張り付くドアを見つめている。


 影は、ただじっとその穴からその男を見つめ続けた。


 その男はしばらくドアに顔を向けていたが、ふいと体を右に向け、窓に向かって歩き始める。影はそれを見ると、ゆっくりとドアを開け、フロアの中に滑り込んだ。


 ガチャン


 金属製のドアが閉まる音がフロアの闇に吸い込まれ、フロアの中の濃緑の男は反射的にドアにライフルを向けた。


 しかし、その方向には、先ほどまでと変わらないドアとロッカーの残骸が静寂に包まれているだけであった。


 男は、擦るように右足を前に進める、とその場に倒れこんだ。


 男の背後には、あの影があった。


 影は、倒れた男に一瞥もくれず、窓に向かって歩き出す。街路灯の明かりに照らされ、ゆっくりと影の姿が浮かび上がる。黒いブーツ。黒いスーツ。黒いベルトには左右に、いや後ろにも黒いホルダーが付いている。黒いスーツは襟を立て、首を覆い隠す。黒い短めの髪。濃緑の男と同じようなゴーグルを装着している。あらわになっている口元から20代と推測される。


 その影――いや、影の男は、窓を開け、遠くに聞こえるサイレンの音を聞きながら、窓から外に身を乗り出した。




 ビルの最上階。


 ここは、複数の部屋に分かれているほかのフロアとは異なり、全体がガラス張りで、フロアが一つの部屋となっていた。

 だが異とする点は、これだけではない。

 広いフロアには、用途の分からない無数の機械装置が無造作に置かれ、互いにコードで接続されている。もちろん機械は作動しており、それらから、部屋の奥にそびえる大きな機械装置に向かって無数のコードが収束していた。

 巨大な機械装置はモニュメントのように無数の機械装置に仰がれ、徐々に光を増す。

 そのモニュメントの前に立つ白衣の男は、神の託宣を待つ預言者のようであった。


 白衣の男は、モニュメントに設置されたモニターを見つめ、時折パネルを操作する。白髪の混じった頭で、わずかに浮かぶ皺。40代と思われる男は、顔に微笑みを浮かべながら、パネルに向き合っていた。


 ガシャン!


 フロアの片隅のガラスが割れ、外から黒い影がフロア内に転がり込む。それは、階下から登ってきた影の男。影の男は、立ち上がりながらゴーグルを上げ、明るいフロアの奥、モニュメントの輝きに向かう白衣の男に鋭い視線を向けた。


「やっと、会えたな」


 影の男がそう言うと、ようやく白衣の男はわずかに振り向き影の男を見た。


「誰、だったかな。あまり人の顔を覚えるのは得意ではないんだ。ちょっと待ってくれ今思い出す。あ、あー、ああ、だめだ。どこで会ったかな。いや、そもそも前に会ったことがあったかな」

「貴様が俺の顔を覚えていないのは仕方あるまい。だが、エージェンツ・ブラックまで忘れたとは言わせない」

「エージェンツ・ブラック。エージェンツ・ブラックと言ったかい。それは聞き覚えがある。何だったかな。ええと、ちょっと待ってくれ、もう直ぐ思い出せそうだ」


 そう言いながら白衣の男は頭の横で指を動かし、「あっ」と手の平を開いた。そして、影の男を見る。


「ダメですねぇ、思い出せない」


 白衣の男は堪えるように笑い始めた。


「ふざけるな!・・・いや、もはや貴様が忘れていようがいまいがどうでもいい。ドクター・カミムラ。貴様によって死んでいった仲間に代わって、今、ここで、俺が討つ」


 影の男は、眼に激しい怒りを浮かべながら腰のホルダーから拳銃を取り出し、白衣の男――カミムラに銃口を向け、引き金を引いた。が、放たれた銃弾は、カミムラに到達しなかった。白い装束の男が2人の間に割って入り弾丸を叩き落したのだった。


 その男は、ブロンドの髪をなびかせ、階下の男たちと同じ服装、ただし、ベルトとベストを除き純白であった。そして、両手にはダガーナイフが逆手に握られていた。


「カミムラさま。この男は、私が。カミムラさまは続けてください」

「そうかい。ジャックくん、よろしく頼むよ。ああ、余計な時間を使ってしまった。さあ、どこまで進んだかな」


 カミムラは何事もなかったように、再びモニュメントのパネルを見つめる。


「どけ」


 影の男は、ジャックに向かって2度引き金を引く。

 ジャックが腕を振ると金属音が鳴り響き、銃弾が床に叩きつけられた。


「マシンガンでも持って来いよ」


 ジャックはそう呟きながら距離を詰め、影の男を切りつける。

 影の男は、身をひるがえして一太刀目をかわすと、二太刀目を拳銃で受け、ジャックに向かって蹴りを入れた。ジャックは影の男の脚を両手で受け止めると、膝を破壊しようと脚をひねる動きをした。影の男は直ぐに脚を引いて、拳銃を打ちながら距離を取る。が、またもや銃弾はジャックのダガーナイフに阻まれた。


 影の男の脚から血が滴る。脚を掴まれたときにダガーナイフで切られていた。咄嗟に脚を引いていなければ、致命傷になっていたであろう。


「お前、クロキだろ。エージェンツ・ブラックのことは聞いているぜ。仲間のように死にたくなけりゃ、早くここから、じゃねえな、この街から出ていけよ」


 影の男――クロキは、ジャックの言葉に顔をゆがめた。それは、ジャックの挑発にではない、カミムラを殺すためにジャックが邪魔だったからだ。


 クロキは、自身の目的を阻むジャックに対する手段に頭を巡らせる。


 ナイフで銃弾を防ぐなど尋常ではない。超人的な反射神経と動体視力を持つこの男に対するには――

 

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