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第七話「最初の戦い」


「今なんて……?」

「翔くん……?」


 立ち上がった網走翔に、二人は目を白黒させている。


「湯浅さん、勝負しないか。タイピング勝負だ。俺は、SKY配列で戦う」

「どうしたんだい? 急に。暗黒タイピング大会出場は断ったはずじゃ」

「気が変わった。いや、気付いたんだ。俺はタイパーだ。タイピングができるところならどこでもやる」

「いや君はニートでしょう。こんな大会出ていたら本当に就職できなくなるぞ。社会でやっていけないぜ」


 ニート煽りやめろ。傷つくだろ。


「関係ない」


 翔は自分のバッグからキーボードを取り出した。

 いつも持ち歩いているRealforceのテンキーレスアイボリーだ。


「QWERTY配列だ。あんたはこれで打てばいい」

「ちょっと待ってくれ。なんで僕が昼休みにタイピング対決なんてしないといけないんだ」

「あんたがタイパーだからだ」

 言われて、湯浅の視線が翔と鋭く交差した。

 タイパーなら、タイピング対決を挑まれたら戦うものだ。

 と、網走翔の瞳は言っていた。

 湯浅はそれを受けて不敵に笑った。

「……なるほど。確かに君は生粋のタイパーらしいね」

「俺はSKY配列でやる。対決はタイピングクエストの十問先取を5セットだ」

「僕に何のメリットがあるんだい? そんなに対戦したら昼休みの時間を過ぎてしまうよ」

「俺が負けたら、俺はSKY配列では出場しない。昼休みはフレックスとかでどうにでもなるだろ」


 フレックスのことはよく知らないが。


「ふふふ。悪いけど、そんなことでは戦う気がしないね。僕は忙しいんだ」

「じゃあもう一つ言っておく」

「なんだい?」

「俺はSKY配列で必ずあんたに勝つ」


 言った瞬間、湯浅の目の色が変わった。

 見下すような気配がなくなり、空気を締め上がるように鋭くなる。


「網走くんだっけ? 君はいつSKY配列を覚えたんだい?」

「……ついさっきだ」

「ふっ。ふふふ。舐められたものだねぇ」

 

 湯浅は差し出されたキーボードを返した。


「やらないのか?」

「いや……」


 湯浅は手提げのかばんを漁る。

 ぬっと取り出したのはキーボードだった。


「それは……! FLICOのマジェストタッチ……!」


 優秀な高級メカニカルキーボードである。


「湯浅さん……もしかして最初から……?」

「君をSKY配列で出させるわけにはいかないからね。聞き分けがないようなら、白鳥博士が見つけたタイパーを倒しておけばわかると思ったのさ」


 湯浅の目に、タイパーの炎が宿っていた。


「後悔させて上げるよ。僕がその辺にいるタイピング自慢だと思ったのかい?」

「思ったね」


 翔の答えに、湯浅はくつくつと笑った。

 つばさが慌てて翔の肩を掴んで後ろを向かせると小声で話した。


「ちょっと! 翔くん! どうしちゃったの!? 嬉しいけど!」

「いやなんか、勢いというか」

「湯浅さんはかなりガチのタイパーだよ! 私全然歯が立たなかったもん!」

「何とかなる。俺もタイパーだ」

「根拠になってないよ! 相手もタイパーだって! 一日十万打鍵で半年かかっても無理ってのはどうなったの!」

「あれは本気で世界のトップタイパーと戦うときの場合だ。会社の腕自慢相手の話じゃない」

「だとしても! なんで!? 嬉しいけど!」

「やっぱりタイピングっていいよな」

「え?」

「無意味じゃないぜ。俺のタイピングの日々も、あんたがSKY配列に費やした日々も。それをあいつに教えてやる」


 網走翔は振り返った。

 つばさのノートパソコンに網走翔のSKY配列キーボードと、湯浅朝城のQWERTY配列キーボードを繋いだ。

 ソフトが立ち上げる。

 タイピングクエストだ。

 何度も起動した画面。

 体と心を機械の一部にする。

 誰よりも速く、ただ疾く、精密に――。

 網走翔はタイパーだ。

 それでいい。

 自然と笑みがこぼれた。


   ---


「これでいいの?」


 つばさが言うと、翔も湯浅もうなずいた。

 ソフトが立ち上がった。

 タイピングクエストのマスコットキャラであるロボットのタイパー君が高速タイピングしているタイトル画面が表示される。

 タイピングクエストはつばさもよくプレイしている。ネット対戦はほとんど勝てないのだが、コンピュータとローカル対戦をしてタイピング練習と配列研究に使っていた。

 モードを選ぶ。

 今回はローカル対戦モードだ。タイピングクエストはネット対戦が主で、ローカル対戦モードはコンピュータと戦いながらステージをクリアしていくモードである。

 今回は乱入ありの設定にする。これでコンピュータとの対戦中に別の人がキーを叩くと乱入できる。対戦格闘ゲームのようなシステムだった。

 ルール画面で網走翔はつばさに設定を伝える。

 十問先取を5セット。単語セットはランダム。

 タイピングクエストは多くの単語セットを積んでおり、単語の合計は数十万以上になる。単語セットは「文学」「歴史」「漫画・アニメ」「タイピングワード」「ゲーム」「スポーツ」「時事」「芸能」「科学」「音楽」など多岐に及ぶ。

 三秒以内に入力できないと単語が流れて取得失敗で次の単語に飛ぶ。

 更に正確性の値を設定する。

 95%以上の正確性がないと、問答無用で負ける設定にした。

 単語をいくら取ったとしても、正確性が95%未満だったら95%を維持している側の勝ちだ。

 両者正確性95%未満だった場合、取得単語数で勝敗が決まる。

 網走翔も湯浅朝城も名前を入れてルールを確認した。

 ノートパソコンに向かい、二人は並んで座った。


「これでいいか」

「僕は問題ないよ」


 カウントが入る。

 3,2、1でゲームが始まった。

 最初の対戦画面は、網走翔とコンピュータだけだ。

 湯浅は乱入してこない。

 単語が出る。


『harehareyukai(ハレ晴レユカイ)』


 翔はキーを叩く。

 単語が流れた。

 失敗だった。

 

『hikouzikanngatasituryoubunnsekihou(飛行時間型質量分析法)』

 

 キーを叩く。

 また単語が流れる。

 網走翔は、二問連続で単語を流した。

 打ち切れない。

 そこで画面にカットインが入った。


『New Challennger!!』


 画面が切り替わる。


網走翔(SKY配列 ローマ字入力)

VS

湯浅朝城(QWERTY配列 ローマ字入力)


 湯浅が乱入してきた。

 湯浅は楽しそうに笑っていた。

 網走翔のタイピングは、探るように打つ初心者のそれに近かった。


「おいおい。2つとも流しているじゃないか。大丈夫かい? もうちょっと練習するかい? うまくなるには練習しないといけない」


 翔は応えなかった。

 ふぅと静かに息を吐いた。

 白鳥つばさは画面を見つめて言った。


「勝負はこれからでしょ」

「そりゃあそうだが、勝負になるといいな」


 対戦画面になった。

 色違いのタイパー君が二人、キーボードの前に座ってタイピングする姿勢になった。カウントが始まる。

 勝てるの?……翔くん。

 言葉とは裏腹に、つばさは不安げに網走翔を見つめる。

 翔は涼やかに画面を睨んでいた。

 

 3,2,1……スタート!!


『barubarossasakusenn(バルバロッサ作戦)』


 定食屋にタイピング音がこだまする。

 最初の単語を取ったのは湯浅だった。

 湯浅はにやりと笑う。

 対する翔の表情は変わらない。

 そのまま五問連取で湯浅は単語を取った。

 やはり、湯浅朝城は速い。白鳥つばさは改めて思った。

 つばさ自身はネット対戦でほとんど勝てないのだが、SKY配列で戦えば並のパソコン好きには負けないくらいのタイピングスキルはある。

 湯浅はネット対戦に出てくる強豪と同じかそれに近い力を持っている。

 一方の翔は、まだSKY配列に慣れていないのか打ち間違いも多い。

 タイピングクエストは打ち間違えをすると、自分のタイパーくんがダメージを受けているような演出が入る。

 リアルタイムでKPM(Keystrokes par minite)と正確性も表示される。

 この段階で網走翔のKPMは400、正確性は85%だった。

 一方の湯浅朝城はKPM600、正確性96%だ。

 KPM200は絶望的な差である。

 正確性も負けていた。正確性で勝つ戦略も出来ない。

 まだ1問も取れてない。というより、最初にコンピュータとやったときからだ。

 さっき覚えたばかりの配列でタイピング対決するなんて無茶なんだ。

 いくら網走翔がタイピングの天才でも!

 いや、覚えたばかりの配列で400KPMは十分に速い。

 一般的なオフィスワークには全く困らないレベルのタイピングスキルをすぐに身につけたことになる。信じがたいことだ。1秒間に7文字近く入力しているのだ。十分速い。

 しかし――。

 不安が表情に出ていたのかもしれない。

 問題の合間に、ちらっと網走翔と目が合った。

 翔は小さくうなずた。

 

 大丈夫だ。


 そう言っているようにつばさには見えた。

 しかし、結果はそのまま湯浅はまた四問を連取した。

 これで十問すべて湯浅が取った。

 最初のセットは全問を湯浅朝城が取得した。


 第一戦

 網走翔 取得ワード数 0問。420KPM 正確性88%。

 湯浅朝城 取得ワード数 10問。620KPM 正確性96%。

 勝者・湯浅朝城


「覚えたばかりの配列で大したもんですが、僕に勝てるレベルじゃないですね。侮辱したことを謝れば許してあげてもいいですよ」

「優しいな。あんた結構いいやつだよな。でも、結構だぜ」

「ほう……それはそれは」

「あとちょっとで準備完了だ」

「は……?」


 すぐに第二セットが始まる。


『sekainoowaritoha-doboirudowannda-ranndo(世界の終わりとハードボイルドワンダーランド)』


 長い。三十八文字。

 しかし、一瞬だった。

 素早く翔の指が走ったのを白鳥つばさは見た。

 キーを三回押したことは認識できたが、それで翔はこの問題を取っていた。


「う……え……?」


 湯浅も驚愕に目を見開いていた。

 次の問題が表示される。


『yu-yu-hakusyo(幽遊白書)』


 白鳥つばさには、翔が一回キーを叩いたようにしか見えない。

 しかし、それで終わっていた。

 翔は次々と単語を入力している。


『kirinnmooitehadobaniotoru(麒麟も老いては駑馬に劣る)』


 閃光のような指さばき。


「は、速い!」


 つばさは声を上げた。

 ギアが変わったかのような翔のタイピング。

 しかし湯浅も負けてない。

 速度を上げて単語を取る。

 つばさは画面を見た。


 網走翔 四問取得 KPM 700 正確性77%

 湯浅朝城 二問取得 KPM 670 正確性90%


「KPMが……上がっている?」

 いきなり300近くもKPMを上げてきた。

 信じられない速度だった。

 しかし、それに比して翔の正確性が犠牲になっていた。

 タイピングは早ければいいわけじゃない。正確であることが重要なのだ。

 二人は互いに問題を取り合った。

 速度はもはや互角。いやわずかに網走翔が勝っていた。

 だが正確性では湯浅に分がある。

 途中で湯浅は戦略を切り換えたのがつばさには分かった。

 単語数ではなく、正確性で勝つ。

 その戦略変更は功を奏した。

 湯浅もただのタイパーではない。

 第二セットの勝者は湯浅だった。


 第二戦

 翔 取得ワード数 10個 KPM640 正確性 82%

 湯浅 取得ワード数 7個 KPM600 正確性 95%

 正確性ルールにより、勝者は湯浅朝城。


 二戦やって、網走翔の0勝2敗だ。


「は。ははっはは。なんだこれは。いきなりこんなに速くなるなんて。な、なんだ。こんな馬鹿なことはありえない。ありえないぞ。お前、本当に今日覚えたのか」

「うーん。あとちょっとなんだよなぁ。昨日の感覚は」


 王手をかけた湯浅は、信じられないと言った顔で、結果画面を見つめている。

 一方カド番に追い詰められた翔はぶつぶつと呟きながら、次の戦いの準備を進めていた。

 第二戦を終えて、対照的な二人。


 ――やっぱり翔くんはすごい。信じられないくらい。


 白鳥つばさは思う。 

 ネットで披露したタイピングスキルは、本物だ。本当に、頂点に届く力を持っていた。

 この人と一緒なら、もしかしたらSKY配列が優勝できるかもしれない!


 無意味じゃない。

 

 そう言ってくれた。

 良い配列だって。

 たまらなく嬉しかった。叫び出したいくらい。

 つばさが周囲を見回すと、店内でつばさたちを囲むように人だかりが出来ていた。

 店内の客や店員までもが、興味深げに二人の対戦を見守っていた。

 だが当の本人たちは、そんな周囲の様子など気づきもしないくらい集中していた。

 

 ――これが、タイパーなんだ。


 自分とは遥かに違う高みにいると、つばさは思った。

 自分なりにタイピングはやってきた。

 しかしそれは配列屋の手習いとしてのタイピングだったのだ。

 本物のタイパーは、こんなに違う。

 つばさは願った。


 勝って! 翔くん!

 勝って一緒に! 暗黒タイピング大会に出よう!


次回更新は5月23日を予定しています。

よろしくお願いします。

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