第286話 清水家会議
深夜、不穏な話を耳にした亜美。
色々考えてみるのだが思いつくのは……。
☆亜美視点☆
翌日──。
寝起きの私は、朝の支度を済ませながら昨晩のことを考えていた。
お父さんとお母さんが話していた内容……。
「来年の4月……東京へ……この家は手放す……」
私と希望ちゃんは嫌がる……。
「……大体は予想がついたけど、お父さんとお母さんから話を聞くまでは何も知らないフリをしておこう……」
きっと近いうちに話があるはずだし、その時に色々聞こう。
希望ちゃんと一緒に家を出て、夕ちゃんの家へ向かう。
これももはや日常。
「おはよう夕ちゃん」
「おう……おはよう」
「相変わらず眠たそうだね、夕也くん」
「おう……」
朝の夕ちゃんは大体いつもこうである。
私は朝ご飯を用意しながら、夕ちゃんに顔を洗ってくるように促す。
希望ちゃんはお皿を持ってきて並べてくれている。
こんな当たり前の朝が、来年の4月には送れなくなっているんだろうか?
「……」
そんなのは絶対に嫌だ。
「亜美ちゃん? どうしたの? また難しい顔して」
「う、ううん。 何でもないよ」
今は深く考えないようにしよう。
まだ何も話をされていないんだし、私の考え過ぎかもしれない。
近い内に何がわかる筈である。
◆◇◆◇◆◇
数日後の夜。
いつものように夕ちゃんの家から戻り、希望ちゃんのあとでお風呂に入る。
「そろそろ定期テストかぁ。 小説書くのは一旦休んで、試験勉強しないとねぇ。 明日は土曜日だし、今晩から始めよう」
と、このあとの予定を早々と決めた。
お風呂から上がって飲み物を飲み、さて勉強だと意気込んだ時であった。
「亜美、このあと話があるからリビングへ来なさい」
お父さんにそう言われた。
「話? わかった」
来たか……。
内容は十中八九、この前聞こえた内容の中身だ。
さてさて、どんな話だろうか。
飲み物を飲み終えて、足早にリビングへ向かう。
リビングへ入ると、希望ちゃんは既にソファーに座って待っていた。
「お待たせ」
「来たか」
希望ちゃんの隣に座って、家族4人が揃った。
一呼吸置いて、お父さんが話を始める。
「実はな、先日転勤の話があったんだ」
やっぱり転勤……サラリーマンの辛いところだ。 大方の予想通りだ。
「はぅ?」
「何時なの?」
「来年度……4月からだ」
これもこの間聞こえてきた通り。
じゃあ、転勤先は東京か。
「えと、何処なの?」
希望ちゃんがそう訊くと、やはり「東京だ」と返ってきた。
希望ちゃんは「そうなんだ」と、比較的軽く返す。
「どれくらい向こうでの勤務が続くかわからないんだ。 単身赴任も考えたが、お母さんもついてくると言ってな」
「え……?」
ここで希望ちゃんが、ようやく事の重大さに気付いた。
お母さんがついていく、となれば必然的に私達もついて行かざるを得ない。
「もちろん、2人もだ」
「い、家は?」
「この家は売るつもりだ」
希望ちゃんは「そ、そんな……」と、下を向いてしまう。
突然言われて、頭の中が混乱しているだろう。
私はある程度予想出来ていたので、まだ冷静に話を聞けている。
「学校は?」
「さすがに毎日登校するには無理があるから、東京の高校に転校する事になる」
「……皆とお別れ?」
希望ちゃんがようやく絞り出した言葉。
それは、大事な友人達との別れである。
それを聞いたお父さんとお母さんは、黙ってしまう。
そんな静寂を、私が破る。
「お父さん、お母さん。 悪いけど、私はついていかないよ」
「亜美……」
「……」
おそらく、私がそう言うだろうということは予想していたのだろう。
特に驚く様子も無い。
「わ、私もっ!」
便乗して、希望ちゃんもここに残ると言い出した。
私も希望ちゃんも、皆と一緒にいたいのだ。
「……住む場所はどうする?」
「2人で暮らせそうな家を借りるよ」
「生活費はどうする? 仕送りだけで高校生2人、暮らしていけるのか?」
「……そ、それは」
希望ちゃんが言葉に詰まる。
アルバイトと部活の両立はかなり厳しい。
生活費を稼ぐ事が優先になるから、必然的にバレーボールを辞める事になってしまう。
やはり最大のネックは金銭面。
この課題をクリアしない限りは、ここに残る事を許してもらえないだろう。
仕方ない……今まで隠してきた私の秘密を話すしかなさそうだ。
私は、実のところかなりの貯金をしている。
もちろんそれは、以前書いた本が大ヒットして得たお金だ。
自分で自由に使う分とは他に、将来の為に貯めたお金である。
しばらくはその蓄えで生活費を賄える。
「ふぅ……」
一つ深呼吸をする。
よしっ。
「お父さん、お母さん。 実は黙ってた事があるの」
「何?」
「実は私ね、かなりの額の貯金があるの」
「貯金?」
「うん。 将来の為にと思って使わずに置いてあるお金だよ。 それを使えば、しばらくは生活も出来る」
「亜美、そんなお金いつの間に貯めたの?」
お母さんが、そう訊いてきた。 当然である。
お小遣いは多少貰ってはいるものの、そんな大金を貯め込めるわけはない。
「……本の印税」
「印税?」
「私、一冊だけ小説を書いた事があってね……それが賞を獲って、凄くヒットして……その時に入ったお金なの」
「ほ、本って……」
「亜美ちゃん? 本当?」
「うん」
訊いてきたのは希望ちゃんだった。
「今、新しいのを書いてるよ。 途中までだけど」
「え……もしかして、最近皆に隠してる事ってそれ?」
「うん。 近いうちに話すつもりだったし、ちょうど良かったよ」
リビングが静まり返った。
果たして、これでお父さんとお母さんは何と言うだろうか? 納得して許してくれるかな?
しばらく黙って様子を伺っていると、不意にお父さんが笑い出した。
「はははは! そうきたか!」
「え? あ? え?」
「亜美。 お父さんもお母さんも、あんた達がここに残るって言い出すのはわかっていたのよ。 もちろん、2人だけで生活するとなると色々大変だし、あまり賛成はしてないんだけど……あなた達がどうしてもっていうならなんとかしてあげるつもりよ」
「安心しなさい2人とも。 実はもう話はついているんだ。 お前達の住む家ももう決まっているし、お金の心配もいらん。 仕送りはできるだけ何とかしよう。 お前達の意思と覚悟だけ知りたかったんだ」
「……へっ」
「はぅ?」
な、何それ? 私、自分の秘密暴露しただけじゃん。
うわわ、恥ずかしい……。
「あ、あの、住む家決まってるって?」
「あぁ。 夕也君に先日に話をしてな。 もしお前達が残りたいと言ったら、その時はよろしく頼むと言ってある」
「?!」
「そ、それって?!」
「「えーっ!?」」
私と希望ちゃんは、揃って大きな声を上げた。
それって、夕ちゃんと希望ちゃんと私、3人でしばらく一緒に暮らすって事?
いやいや、私も大概だけど、この両親もかなりおかしいよ。
娘2人を、いくら信頼のおける人にとはいえ、男の子の家に一緒に住まわせるなんて……。
理解があるとかそういうレベルを超えてるよ……。
明日、夕ちゃんも交えて最度話をすることとなった。
何だかわからないけど、話は思わぬ方向へと進んでいた。
急に決まった父の転勤。
亜美と希望はここに残ると言い放つも、先を読んでいた両親にあっさり許可される。
そして降って湧いたような裕也との共同生活の話が……。
「奈央よ。 何々? 今井君と共同生活? っていうかご両親もよく許すわねぇ。 どんだけ今井君は信用されてるのよ。 信じられないわね……。 それにしても共同生活って、今までも似たようなもんじゃない?」
「そう言われればそんな気もするねぇ」