第268話 奈々美の不安
月ノ木祭の前日。
楽しみを前に、奈々美には不安な事があった。
☆奈々美視点☆
10月に入り、月ノ木祭も近付いてきた今日この頃。
亜美とのライブの練習も順調なんだけど……。
実は先月から少し気になっている事がある。
今日は、亜美との練習を終えてから、ファストフード店に入り少し話を聞いてもらう事にした。
「はむはむ。 奈々ちゃんの方から相談なんて珍しいねぇ。 どしたの?」
「んー……実はさ、先月無かったのよね」
「……何が?」
「月1のアレよ」
「……え!?」
持っていたフライドポテトを落として、こちらを見る亜美。
そして、口を開く。
「ちゃ、ちゃんとしなきゃダメじゃない?! 何してるのよ……」
「あ、あはは……言い返せないわ……」
「で、心当たりはあるの?」
心当たり……。
「1回だけ、心当たりのある日があるのよね……でも、誤爆はしてないし……大丈夫だと思いたいんだけど……」
「んー……どうするの? 両親と宏ちゃんにはまだ話してないんでしょ?」
「えぇ……まだわかんないし、今月様子を見てもし今月も無かったら、産婦人科に行くつもり……親には、結果次第……かしら」
「そうだねぇ……まだ未確定な今、騒ぎが大きくなったら困るしね。 あっちの方だって、ホルモンのバランスとかでズレたり来なかったりってあるみたいだし」
「そ、そうよね」
そうよ。 先月は世界選手権やらでアメリカ行ったりして、色々とあったからその所為よね。
「……私も気を付けないとねぇ。 いくらちゃんとしてるとはいえ、事故は起きるかもしれないし」
「そ、そうね」
その日の話はそれで終わったのだけど、1つだけ亜美に伝えられなかったことがある。
それは──。
「はぁ……やっぱり言えないわ……心当たりの相手が夕也だなんて……」
亜美の言う通り、体調の所為であることを祈るばかりである。
◆◇◆◇◆◇
それから数日が経ち、翌日の土曜日は月ノ木祭本番となる今日。
学園内はあちこちで、翌日の準備が進められいる。
うちのクラスは、和風茶屋をやる事になっている。
和菓子やお茶を振る舞い、のんびりしてもらえるような店を目指すわ。
服装も和風の着物になる予定よ。
「やほ、奈々ちゃん」
「あら、亜美どうしたの?」
「うん。 体育館行って明日の打ち合わせしよ? 照明とか機材とか」
「そうね。 皆ー、ちょっと抜けるわね! ごめんなさいー!」
「はーい」
クラスの皆に一言謝ってから、亜美と教室を出る。
少しすると、亜美が心配そうに訊いてきた。
「奈々ちゃん、その後はどう?」
「計算だと来週ぐらいかしらね……来るとしたら」
「そか。 不安だよね」
「そうね」
もし万が一妊娠なんてしてたら、高校生で一児の母になるわけだ。
不安でしかない。
それに……大切な親友を裏切ってしまう事にも……。
いや……暴走したとはいえ、親友の彼氏とそういう関係になってしまった事が、すでに裏切り行為なのかもしれない。
亜美は、このことを知ったら私をどう思うだろう。
言えない……怖くて言えるわけがない。
「奈々ちゃん?」
「っ?! な、何?」
「大丈夫? なんか思い詰めちゃって……不安だろうけど、なるようにしかならないよ。 私なら、奈々ちゃんがどんな不安でも、力になるからね」
「……ありがとう、亜美」
「あはは、親友じゃん。 当たり前だよ」
最低だ……。
こんな風に心配してくれる親友を裏切って、あまつさえ隠してるなんて……。
話そう。 この子には、ちゃんと。
それで私達の関係にヒビが入る事になったとしても……。
「あ、亜美……」
「うん?」
「落ち着いて聞いてほしいの……」
「うん」
亜美はピタリと立ち止まり、私の方を向き直った。
私の顔を見て真剣な話であると悟ったのか、亜美も真剣な表情を見せる。
「ごめんなさい……」
「奈々ちゃん?」
「ごめんなさい亜美……夕也なのよ……」
何とか、震える声を絞り出して伝える。
亜美は何の事かわからないといった感じで、首を傾げながら訊き返してきた。
「夕ちゃんがどうしたの?」
「……心当たりがあるって言ったでしょ?」
「……え? ま、まさか……」
「その相手……夕也なの……」
私は親友の顔を見るのが怖くて、下を向いて強く目を閉じる。
一体どう思うだろう? どんな顔で私を見ているだろう? どんな言葉を浴びせられるのだろう?
しばらくの沈黙が続き、不意に声を掛けられた。
「いつ?」
「夏休みに、台風で学校に泊まった日よ……」
「2人して隠してたんだ?」
「面倒事にしたくなかったの……許してほしいとは言わないわ……私はあんたを裏切ったんだから……」
「……奈々ちゃんのバカ」
「……そうね。 どんな報いでも受けるわ……絶交したいならそれでも……」
「バカだよっ!」
亜美は大きな声でそう言って、私の手を掴んだ。
私は目を開けて、親友の顔を見る。
怒っているのは見ればすぐに分かった。
当たり前だ。
彼氏と寝た上に、妊娠してしまった可能性もあるのだから。
「バカだよ……」
「ごめん……怒ったわよね……」
「当たり前だよ!」
「っ……」
「あのね? 私が怒ってるのは、奈々ちゃんと夕ちゃんがそんな関係になった事に対してじゃないよ?」
「……え?」
じゃあ一体何に……。
「絶交したいならしてくれ? するわけないじゃない! 何年親友やってると思ってるのよ……」
亜美は「ぷんぷん」と言いながら腕を組み、頬を膨らませる。
「ど、どうしてよ? 私、あんたを裏切って……」
「奈々ちゃんが、夕ちゃんに対して一定以上の好意を抱いてる事は知ってる。 私だってそうだよ。宏ちゃんの事も、異性として好きだもん。 私達……特に4人の中ではこういう事が起きても、何の不思議も無いんだよ。 だって、皆が皆、それぞれを好きなんだから」
「亜美……」
「だからね、裏切ったとか、そういう風に思わなくて良いんだよ? 私だって、宏ちゃんとそうならないとは言い切れないしね」
「……亜美ぃ」
私は、涙を流しながら亜美に抱きついていた。
怖かった……。 この子に突き放されるのが凄く怖かった。
「まだ、出来ちゃったって決まったわけじゃないし……夕ちゃんには黙ってよ?」
「……うんっ」
「結果が出て、もし出来ちゃってたら、その時4人で話し合おうよ。 ね?」
「ぐすっ……うんっ」
亜美は、優しく微笑みながら私の頭を撫でるのだった。
◆◇◆◇◆◇
少しして落ち着きを取り戻したところで、改めて体育館へ向かい、ライブの打ち合わせを済ませた。
亜美は、普段通りに私と接している。
「あのさ……やっぱ、怒ってるわよね?」
「ん? そうだね。 さっきはあー言ったけど、やっぱり夕ちゃんとそういうことしたって聞くとね」
「ご、ごめんなさい」
「もう……過ぎたことは仕方ないよ。 出来ちゃってない事を願うしかないね。 私だって、夕ちゃんを手放したくないし」
「……そうよね」
「はい! 暗い話はお終い! あんまりウジウジしてたら、皆から質問攻めされちゃうよ?」
「そうね。 いつも通りいつも通り」
「そうそう」
亜美は満面の笑みを浮かべて、私の手を握った。
嫌われなくて良かった。
心からそう思った。
案外私も、亜美に依存してるところがあったのね。
そして翌日……月ノ木祭の日がやってきた。
絶交される覚悟で悩みを亜美に打ちあけたが、亜美はそれでも突き放さなかった。
2人の仲を再確認し、月ノ木祭当日。
「紗希よん。 何々? 奈々美デキちゃった疑惑? しかも相手が今井君とかどうなってんの? って、他人事じゃないわよね……私も気を付けないと」
「紗希は3日も我慢できないでしょ」




