第264話 勝負のセット
優勝決定戦3セット目終盤。
亜美も希望ももうギリギリ。
このセットで一気に勝負に出ることにした日本チーム。
☆亜美視点☆
希望ちゃんが復活して、一気に勝負に出ることになった。
同時高速連携も、奈々ちゃんの切り札も、私の全力ジャンプも総動員して決めにいく。
4セット目の事は考えていない。
このセットで決められなければ、多分もう勝てないだろう。
「サーブ来るよ。 希望ちゃん大丈夫?」
「うん」
本人が言うなら心配は無いだろう。
このセット間なら、普段通りのポテンシャルを発揮してくれるはず。
アメリカのサーブが飛んでくる。
奈央ちゃんを狙ったサーブだが、希望ちゃんがしっかりフォローに入る。
「はいっ」
ゾーンじゃなくてもこの安定したレシーブ。
完全に覚醒している。
「いきますわよ!」
私達は、同時に走り出して同時に跳び上がる。
同時高速連携だ。
先程これに対応されたが、まだまだ頼れる連携。
やはり1人ずつブロックにつき、オリヴィアさんは私をマーク。
ここからどう動くのか……。
「はいっ!」
ピッ!
「へっ?」
奈央ちゃんの思考は更にその上を行った。
ツーアタックで、アメリカの読みを更に超えて見せるのだった。
なんて強かな……。
「ふふん。 そう何度も止められますかってのよ」
「奈央、ナイス判断」
奈央ちゃんのサーブ。
ここで私達は絶好のフォーメーションに回ってくる。
奈央ちゃんのサーブということはスターティングポジションだ。
攻撃、守備バランスの良い形。
ここが勝負どころだ。
一気に追いついてしまいたい。
奈央ちゃんが強力なサーブでセッターを狙い撃つ。
「ナイサー!」
正セッターを封じてしまえば攻撃力を幾分下げられる。
オリヴィアさんが助走に入って跳んできた。
ツーでお返しするつもりだ。
そうはさせないよ。
私は反応してブロックに跳び、オリヴィアさんを止めにかかる。
「止めるぅ!」
「っ!!」
パンッ!
綺麗に上げられたトスでは無かったので、威力は半減。
おかげで、私でもなんとか止める事が出来た。
「ナイスブロック!」
「よしっ!」
アメリカチームの背中を捉えたよ。
もう1ブレイクしたい。
いや、このまま一気に逆転だよ。
「奈央ちゃん。 いいサーブお願いね」
「任せなさい!」
実に頼もしい返事をして、サーブを開始する奈央ちゃん。
この小さな体の何処にそんなパワーがあるのかは知らないけど、強烈なサーブをアメリカチームに放つ。
「ナイスー!」
今回はリベロに拾われてしまったものの、サーブとして見れば今日1番のもの。
相手が相手なら、十分に乱せていたはずだ。
しかしそこは世界選手権決勝にまで上がってきたチームのリベロ。
簡単にはいかない。
「ここも止めるよ!」
倉橋先輩さんの指示で私はオリヴィアさんを止めに行く。
隣に倉橋先輩もついて2枚ブロック。
レフトは奈々ちゃんが1枚でブロックについている。
「せーの!」
タイミングを合わせてのジャンプ。
トスは2枚ブロックを避けてライトへ送られている。
1枚ブロックの奈々ちゃんとの勝負を選んだようだ。
さらにスパイクもその奈々ちゃんを避けてクロスへと打ち込んできた。
だけどそこは……。
「残念。 そこは希望の領域よ」
その動きを読んでいた希望ちゃんの守備範囲に入っていた。
やっぱりこの安定感。 頼れるリベロに成長したものだよ。
「はい!」
スパイクを拾ってセンター前衛付近にボールを上げる希望ちゃん。
完璧なレシーブだ。
そこに奈々ちゃんがセットに入り、ジャンピングバックトス。
私に合わせてくる。
ここは決めなきゃいけない。 なら……。
「全力で跳ぶ!」
もうそれ程余裕があるわけじゃないけど、ここは無理を押してでも跳ぶしかない。
前に立つオリヴィアさんよりもっと高く。
「高くっ!」
力を振り絞って踏み切り、大きなジャンプをする。
「What's?!」
「ぁっ!!!」
スパァン!
力一杯腕を振り抜いて、狙いも何も考えずにスパイクを叩きつける。
目の前のオリヴィアさんが、信じられないというような顔を見せた後で後ろを振り向く。
ボールはオリヴィアさんのすぐ後ろでバウンドし、高々と浮いている。
その位置でバウンドするという事は、ブロックの相当上から鋭角に叩きつけたという事になる。
自分でも信じられない。 何m跳んでたんだろう?
「Angel wing……」(天使の羽……)
「え?」
オリヴィアさんが小さくそう呟いたのが聞こえた。
次の瞬間、後ろから頭をぽかっっと叩かれる。
「あ痛っ」
「あんたなんなのよ! この土壇場でどんだけ跳ぶのよバカ」
「えぇ……」
「オリヴィアさんが3m15ぐらいだとして、亜美ちゃんは3m40超えてたんじゃない?」
「そ、そんな跳んでた?」
自分でも信じられない。
おそらく女子歴代最高指高じゃないだろうか……。
アメリカチームの方を見てみると、やれやれと言ったように肩をすくめてポーズを取る選手達。
これにはお手上げといった感じである。
何はともあれ、これで追いついた。
流れは完全に私達に向いている。 このまま逆転するよ。
とは中々いかず、その後はまた点の取り合いが始まる。
高さの私とパワーの奈々ちゃん。 さらに同時高速連携も交えて食らいつくも、アメリカもパワーとテクニックで踏ん張る。
特に希望ちゃんが前衛になり抜けるタイミングは、かなり辛い。
それでもなんとか離されずに食らいつき、試合は3セット目もクライマックス。
私も希望ちゃんも、そろそろ体力的にギリギリである。
本当に決めてしまわないと、4セット目までいけば敗色濃厚である。
その頃の日本では……
☆紗希視点☆
今日は日本ユースの決勝戦。
明日は学校も休みなので、今日は遥の家に泊まりに来ている。
理由は勿論、日本ユースをテレビで応援する為である。
皆の活躍のおかげで、決勝戦は生中継されている。
日本時間ではすでに深夜だが、私と遥は試合開始からずっとテレビにかじりついている。
そんな世界選手権決勝も3セット目の最終盤。
日本が2セット先行して迎えた、3セット目は現在25-25のデュースにまでもつれ込んだ。
ここで2点先行すれば優勝だ。
「皆頑張れ……もうちょっとよ」
「ここ正念場だね。 亜美ちゃんと希望ちゃん、かなりギリギリでやってる」
「うん」
希望ちゃんは2セット目の中盤で、一度限界を迎えてセカンドリベロと交替していた。
3セット目の終盤、無理を押してコートに戻ってきたけどそう長くは戦えないだろう。
亜美ちゃんも、だいぶ足に来ているようだ。
さっきとんでもないジャンプを見せていたけど、もうあんなジャンプは出来ないだろう。
画面の中では、亜美ちゃんがサーブを撃とうとしている。
一体、どんなことを考えてプレーしてるのかしらね。
「私もあそこに立ちたかったわねぇ……」
「だよねぇ」
合宿に呼ばれすらしなかった私と遥は、溜め息をつくしかなかった。
◆◇◆◇◆◇
「亜美ちゃんナイサー!」
「絶対拾うから、ミスしないで落ち着いてねー!」
と、希望ちゃん。
失礼だねぇ。 私はサーブミスはした事ないよ。
「さて、どうしようかな」
一通りの選手のレセプションを見てみたところ、大きな穴は無さそうである。
なら、セッターを狙って封じるのが得策だけど……。
ここのところ、リベロがセッターの近くで待機してフォローしているので、セッターに拾わせるのも難しい。
「それなら……ここだ!」
ジャンプフローターサーブで狙ったのは、オリヴィアさん。
上手くいけば、オリヴィアさんが体勢を崩してくれる。
ただしそれは運次第。
いくら私でも、フローターサーブの動きまでは制御できない。
そしてその賭けには勝った。
オリヴィアさんの手前で、ボールが急激に落ちる。
結果的にオリヴィアさんは前のめりに倒れ込みながらボールを拾うことになった。
「よし、封じた!」
上がったボールもそこまで高くはなく、オーバーハンドトスはまず無理だ。
あれをオーバーハンドで上げとようするのは、奈央ちゃんがぐらいだ。
当然、アメリカチームのセッターはアンダーハンドでボールを上げ直す。
オリヴィアさんも立ち上がっているけど、助走が間に合っていない。
「ここで止めるよ!」
「おー!」
ボールの位置から考えて攻撃はライトから。
ブロック3枚で対応する。
「せーの!!」
「はい!」
パンッ!
ブロックアウトだけは狙われ様に注意を払って、ボールを叩き落とす。
ピッ!
「よしよしよし!!」
「マッチポイント!」
「やれるで!」
「ここで決めますわよ!」
「亜美ちゃん、良いやつお願いね」
「うん」
マッチポイント……。
これを最後のサーブにしたいところだ。
ここまで色んなサーブを打ってきたけど、まだ大会中に見せていないものが1つだけある。
強力なサーブではないけど、意識外から放たれるサーブに対応できるだろうか。
試してみよう。
「頼むよ……」
私はボールを腰の高さぐらいに固定して持ち、右手を腰より下に構える。
私がここまで使わなかったサーブ。
「アンダーサーブですの?!」
そう、アンダーサーブ。
初心者や、学校の体育の授業などで教わるサーブである。
強力なサーブではないけど、そんなサーブでもこの会場の天井の高さと、私の力があれば……。
「一発ネタとしては十分武器になるっ!」
下から思いっきりボールを叩き、高々とサーブを打ち上げる。
アンダーサーブ限定で打てるサーブ。
その名も天井サーブだ。
天井の高い会場ではその威力は跳ね上がる。 照明の明かりと相まって落下点が見づらい上に、高さがあればあるほど加速度が増して勢いも出る。
そして私の最大の武器は……。
トォーン……トン……トン……
「……」
「えぇ……」
「うそやろ……」
私の最大の武器……それは──
ライン上に狙って落とせるだけのサーブコントロールだよ。
ピーッ!!!
「やった……」
「やったでぇ! 世界一や!!」
次の瞬間、コートの中の選手はおろか、ベンチの選手までが走ってきて私の事をポカポカと叩きまくる。
「痛い痛いよぉ」
「ほんま、あんさんはなんやねん!!」
「人間だよぉ!」
弥生ちゃんと黛姉妹は特に遠慮が無い。
関西人のノリ恐るべしだよ。
散々叩かれた後でようやく解放された。
「しかし、亜美ちゃん。 あんな隠し玉持っとったんかいな」
「一発ネタだよ。 もう使えないだろうね」
「お前らぁ! よくやったー! 俺の見込んだ通りだぁ! 俺は……俺は嬉しいぞぉ」
監督は涙を流しながら私達に労いの言葉を掛けてくれた。
歴代最強だと信じてくれていた監督の期待に、ちゃんと応えられて良かったよ。
「Hey!」
「ん? オ、オリヴィアさん?」
声を掛けられたので振り返ると、オリヴィアさんが手を差し出して立っていた。
お互いの健闘を称えて握手ということなのだろう。
それにしても、こうやって見てみると大きいなぁ。 本当にこの人に勝ったんだ……。
「Good Game!」(いい試合だったわ!)
「Thank you!」(ありがとうございます!)
そして手を振りながら「See You」と去っていくオリヴィアさん。
「またね……かぁ」
またコートで会えるだろうか……。
「……うん、また会いたいね。 このコートの上で」
こうして私達日本ユースの世界選手権は、終わってみれば全試合ストレート勝ちという快挙を成し遂げて優勝で幕を閉じたのだった。
激戦の末、最後は亜美の隠し玉で勝利を収めた日本チーム。
ついに世界の頂点に登りつめるのだった。
「亜美だよ! やったー! 世界一だよー! 私達、凄いよ! 特に希望ちゃんと奈々ちゃんは凄くレベルアップしたねぇ。 これからは私達、世界からも注目されちゃいそうだねぇ! これから皆と祝勝会行ってきまーす!」