第2105話 騒がしいバレンタイン
バレンタイン前日に騒がしくなる「皆の家」の台所。
☆夕也視点☆
2月13日の火曜日。 宏太の誕生日から一週間が経過した。 『皆の家』の台所では、平日でも家にいる女性陣達が騒がしい声を上げながら明日のバレンタインの為のチョコレート菓子を作っている。
「またパーティーやるのか」
「本当に騒ぐのが好きな奴らだよな」
「ま、人の事は言えんがな」
火曜日は定休日な宏太と二人、リビングでだらけながら暇を潰す。
「ところで廣瀬はチョコレートとか作らないのか? 上げたい相手とか」
「いないですね。 あ、ですが皆さんにはちゃんと渡しますよ。 市販のチョコレートですが」
「何か昔の亜美を思い出すな……」
「そうなんですか?」
マリアちゃんが首を傾げる。 しかしこの子、凄い美人だなぁ。 これなら言い寄る男が多い筈だが、これまでそう言う浮いた話は聞いた事が無いな。
「亜美ちゃんも数年前までは市販のチョコレートをポンッと渡してきてたからなぁ」
「だな」
「意外ですね」
「あいつはそういうとこあるんだ」
「たしかに人よりちょっと変わったとこはあるな」
「なるほど」
マリアちゃんは亜美の事となると興味津々だな。 さすが憧れの先輩と慕うだけはある。
「廣瀬ってモテないわけないよな?」
「さあ?」
自分の事なのに首を傾げるマリアちゃん。 今まで男子から告られたりとかの経験は無いのだろうか? そんな俺達の会話を黙って聞いていた冴木さんが、不意に口を開く。
「マリアはモテますよ。 月ノ木学園ではモテモテでした」
「モテモテだったのか」
「それはもう! ただ、あまりに高嶺の花過ぎて誰も挑戦しなかっただけです」
「……そうだったんですね」
マリアちゃんは、さして興味無さそうな顔で冴木さんの言葉を聞いていた。
しかしなるほど……これだけ綺麗だと逆にそうなるのか。 まるでフランス人形だからなぁ。
「清水先輩も相当だったと伺っていますが?」
「あ? あー、あれはまあ外部の学校からも告白しに来ては撃沈していく男子がいたぐらいだからな」
「年間撃墜数も未だに塗り替えられてないんじゃないか?」
「かもな」
亜美は人当たりも良く誰とでも仲良くなるタイプだった為、男子からも割りかし手頃な花に映ったのかもしれないな。 その所為で被害者が凄い数になったわけだが。
「俺も亜美ちゃんに振られたしな」
「僕もですね」
「春人、お前いたのか……」
「ずっといましたが」
影薄いな。
「先輩方まで撃墜されたんですか?」
「もうちょっとだったがなあ」
「僕もですね」
「こいつの所為だこいつの」
「僕もですね」
と、二人して俺の方を向く。 俺の所為ではないと思うのだが。 いやまあ、亜美がずっと俺に惚れてたらしいってのはあるが。
「まあ良いじゃないですか。 お二人とも素敵な奥様が居るんですし」
冴木さんがニコニコしながらそう言うと、春人は「そうですね」と頷いたのに対して、宏太は「素敵かあ?」と首を傾げる。 ま、まあわからんでもないが。
「佐々木先輩、後ろに……」
「後ろ?」
ゴォォォ……
「素敵じゃなくて悪かったわね」
「ひぃっ?!」
いつの間にやら、宏太の背後には奈々美が立っていた。 しかも鬼の形相だ。 これはかなりお怒りの様子だな。 俺は関わらないようにしよう。
「宏太、後で覚悟しときなさいよ。 私の素敵な所を一杯教えてあげるわ」
「は、はひ」
可哀想に……。
◆◇◆◇◆◇
んで、翌日の夜。
「ではでは! バレンタインパーティー開始ー!」
「おー」
夕飯を食べ終えた俺達は、更にその後でバレンタインパーティーを始める。 東京組はまたオンラインパーティーで参加。 巨大モニターに顔が映し出されている。 東京組もチョコレートを食べているようだな。
「夕也兄ぃ! 私の手作りジャンボチョコレートを食えー!」
パーティーが始まって早々に、麻美ちゃんがやたらにデカいチョコレートを手に持ちながら俺の口に突っ込んでくる。 最近は減っていたが無くなったわけではないらしい。
「ふごっ!」
「うわわ。 避けずに受け止めたよ」
「絶対痛いやつじゃんー」
「んぐんぐ……ふむ。 中々美味いな」
「なはは! さすがは夕也兄ぃ! 苦も無く咀嚼してしまったー」
「いくらなんでも慣れ過ぎじゃないですの?」
「まあ、大学ではほぼ毎回やられてたからな」
「焼きたてのメロンパンとか、揚げたてのコロッケを突っ込まれてはりましたもんね」
「だな」
あれは中々大変だったが、気付いたら普通に咀嚼出来るスキルを身に付けていたな。 もはや避けるまでもないぜ。
「次は何を突っ込もうかなー」
「突っ込むのをやめる気は無いのか……」
「なはは!」
「夕ちゃん君も大変ねー」
「やな。 麻美っちに好かれたらやられたい放題やな。 渚はどないなん?」
「私は口に物突っ込まれたりはせぇへんな」
「あれは夕也兄ぃ限定の遊びだぞー」
「遊びだったのか?!」
「そうだぞー」
初めて知る事実であった。 まさか麻美ちゃんにとっては遊びだったなんてな。 餅とか突っ込まれた時は死ぬかと思ったんだが……。
「麻美はもうちょっと落ち着けないわけ?」
「出来るぞー。 ビシッ」
麻美ちゃんはそう言うと急に大人しくチョコレートを食べ始めた。 なるほど。 大人しくしようと思えば出来るんだな。
「……のわー! もうダメだー!」
僅か数秒で限界を迎えた。 やはり無理なのか。 何て事は無く、麻美ちゃんに近しい者ならこれが麻美ちゃんの素ではない事ぐらい知っている。 昔からムードメーカー的な役割を買ってくれていたりするのだ。 本当の麻美ちゃんは、思慮深く落ち着いた頭の良い人間なのだ。 芸術的なセンスは壊滅的だが。
「だはは! 麻美っちはその方がええやん」
「なはは! 私は騒がしい方が私らしいー!」
「ま、そうよね。 麻美はうるさくないと物足りないわ」
「なはは」
ちなみに、亜美や奈々美が言うには一人でいる時の麻美ちゃんは別人のようなんだそうだ。 俺は見た事無いんだよなあ。
「そだ。 それよりそれより! 私、アレが予定日を過ぎても来ないんだよ。 これはもしやだよ」
「そういえば私もよ」
「お、二人揃ておめでたかいな? 2割とか3割や言うてたのに?」
何か急にそっち方向の話が始まった。 調べるのは月末ぐらいになるらしい。 もし二人が同時に妊娠したとなれば、年内には俺と宏太も親になるのか。
「奈央ちゃんと遥ちゃんはどう?」
「まだね」
「私もだな」
うーむ。 これはもしかしたらもしかするのか? 一斉におめでたの展開。
「何やおもろなってきたな」
「弥生っちも作っちゃえば?」
「まだ結婚もしとらんがな」
「私は結婚前にデキたわよ?」
「……そやったな」
月島さんはその辺は常識的な考えを持っているようで、そういうのはちゃんと籍を入れてからだという事らしい。 ちなみに武下君とはそういう話は出ていないようだ。 一体どうなるのだろうな?
話題はやはり子供の事。
「希望です。 私には幼稚園の子供達がいるよぅ」
「どんな子がいるのか今度聞かせてね」




