第2072話 馬主になる準備
何故か北海道に来ている亜美、奈央、春人。
☆亜美視点☆
「さて、では行きますわよ」
「らじゃだよ」
「北海道ですか。 久しぶりですね」
さて。 実は今から北海道へ行く予定です。 一泊二日の旅行! ではなく、奈央ちゃんの用事で行くのである。 仕事ではなく用事である。
「でも気が早いんじゃない?」
「そんな事ないですわよ。 良い仔は早く唾をつけておいた方が良いんですわよ」
「まあそうですね」
さて一体何の話かと言いますと……。 皆さん覚えているだろうか? ラスベガスでミアさんの実家の牧場を見た奈央ちゃんが馬主に興味を持った事を。 来年4月に馬主登録をする予定の奈央ちゃんは先んじて北海道へ飛び、西條牧場にいる仔馬を早めに確保しておくつもりなのである。 はぁ……まさかこんな事で北海道へ行く事になるとはだよ。
「それでは出発ー」
奈央ちゃんはノリノリだねぇ……。
◆◇◆◇◆◇
はい、北海道に到着だよ。 真冬の北海道にねぇ。
「寒いよ」
「ですわねー」
「……」
春人くんなんか寒すぎて喋らなくなったよ。 まあ、いつも静かだけど。
「さて、牧場へ行きますわよー」
「らじゃだよ」
「……」
レンタカーを借りて移動を開始した私達。 北海道の地理には明るくない為、ナビを駆使して牧場へ向かう。
ブロロロ……
「ちょっと街を外れると解放的で気持ちいいねぇ」
「そうですわねー」
「あちこちに牧場や畑がありますからねー」
「人生3回目の北海道だよ」
「旅行で2回来てますものねー」
「そだね。 なのにまだ全然制覇出来てないんだよね。 凄い広さだよ」
また皆で旅行に来たいものである。 出来れば、こんな無茶苦茶に雪が積もっていない時期に。
ブロロロ……
◆◇◆◇◆◇
牧場に到着した私達は、早速今年および昨年産まれた仔馬達を見せてもらう事に。 本当なら専門の知識を持つ人を連れて来て、馬の良し悪し見てもらいたいのだけど、生憎そのような人脈が無いので私達と牧場長さんの評価だけが頼りだ。
「馬を見る目の事を『相馬眼』と言うらしいよ」
「なるほど。 知り合いにはそんな眼を持った人なんて……」
「いないですよね」
と、そう思ったのだが何か引っかかる。 競走馬の良し悪しを見抜く眼を持つ知り合い……。
「いるじゃないですの!」
「だねぇ!」
そう一人だけ心当たりがある。 競馬の知識は無いのに、そういうのを見抜いてしまう知り合いが。 その人物とは麻美ちゃんである。 今日は残念ながらついて来ていないのだが、以前のお遍路旅行の際に立ち寄った高知競馬場で、麻美ちゃんは馬券を的中させまくっていたのである。 麻美ちゃんなら、強い馬を見抜けるかもしれないという事で、早速ビデオ通話を繋ぐ。
「もしもーし、亜美でーす」
「もしもしー? 亜美姉どうしたー? 北海道楽しいー?」
「うーん。 楽しいかどうかと言われると、まあそれなりに楽しいかな。 北海道は良いとこだしね」
「なはは、そっかー。 私も行きたかったー」
「あはは。 それでね、今は西條牧場に来てるんだけどね、ちょっと麻美ちゃんに頼みがあるんだよ」
「頼みー?」
「うん」
麻美ちゃんに詳細を説明すると、麻美ちゃんは「任せろー」と引き受けてくれた。
私達は幼駒と呼ばれる仔馬達の元へ向かう。 この西條牧場にはこれから競走馬になろうという幼駒、母馬である繁殖牝馬父馬である種牡馬、更には競走生活や繁殖生活を終えて余生をゆっくり過ごす功労馬等を繋養されている。 規模としてはかなりの大きさの牧場である。 更に、競走馬になる為の幼駒を徐々に競走馬として慣れさせる訓練「馴致」を行うエリアや、デビュー前の競走馬を鍛える為の育成牧場も併設されているのである。 この規模の牧場はかなり珍しいのだが、西條グループならば当然という感じだ。
「ここが幼駒牧場です。 昨年と今年に産まれた仔馬達を繋養しています」
「おお……皆可愛いねぇ」
「ですわね」
麻美ちゃんもタブレットの中から「可愛いなー」と言っている。 さて、そんな仔馬達の姿を私達と一緒に麻美ちゃんにも見てもらう。 しばらく色々な仔馬を見た麻美ちゃん。
「匂うー! 未来の名馬の匂いがするー!」
「ほ、本当ですの?」
「うむー! あの、群れの先頭を走ってる馬ー! あれはプンプン匂うー!」
タブレットから匂いを感じ取れるのかはこの際無視するとして、牧場長さんに訊ねてみる。
「あれはハナビですね」
「ハ、ハナビ?」
「幼名というやつですよ」
幼名とは、競走馬として登録する名前ではなく牧場の人達が仔馬を区別する為に名付ける名前の事のようだ。 麻美ちゃんが匂うと言った仔馬はハナビと呼ばれる牝馬らしい。 牝馬とはメス馬の事であり反対のオス馬は牡馬と呼ぶ。
「ハナビは良血馬ですよ」
「良血馬?」
「両親共に良い血統の馬から産まれた馬です。 我々も期待を寄せる一頭なんですよ」
「予約しますわ」
「え?」
「あのハナビという仔、予約すると言っているんですのよ」
「よ、予約ですか? しかし、お嬢様は馬主登録されては……」
「4月に申請を出します。 来年早速馬主デビューしますわよ」
「は、はあ。 そ、そういう事でしたら……」
「ハナビちゃんについて詳しく教えて下さい」
私は牧場長さんからハナビちゃんについての情報を聞き出す事に。
「母馬は3年前に引退したGIレース4勝の名牝、ミステリアスレディ。 父馬は5年連続リーディングトップの名種牡馬、チャンプエンブレムです」
「ふむふむ」
よく分からないけど、何か凄い良血なんだなという事はわかったよ。
「ご覧のように、牝馬ではありますが群れのリーダーになるほど利発で根性も素晴らしい仔です。 また体のバネも素晴らしく、凄い瞬発力と軽いフットワークも兼ね備えています。 間違いなく活躍すると思います」
「ありがとうございます。 奈央ちゃん、将来有望そうな仔馬だね」
「ですわね」
奈央ちゃんはハナビちゃんの購入を決めたようで、牧場長さんに話を通した。 更に麻美ちゃんは数頭程良さげな仔馬を選択。 麻美ちゃんの嗅覚は信用できるので、その全てを奈央ちゃんは売約。 また来年の4月には、知り合いの馬主さんから現役競走馬を譲って貰えるように話もつけていた。
「ふう。 初年度の仔馬についてはこれで大丈夫だね」
「ですわね」
「楽しみですね」
最初は奈央ちゃんが馬主になると言い出した時は、また面倒な事を……と思っていたが、実際に仔馬を手に入れて、この先の事を考えると楽しみになってきた。 ちなみに私はあれから中央競馬のレースについても色々調べてみた。 まず競走馬は2歳の夏頃からデビュー出来る。 デビューしたての2歳馬達は、暮れの12月に行われる大きなレースを目標に頑張るのだ。 男の子は12月の中山競馬場で行われる朝日杯フューチュリティーステークス、女の子は阪神競馬場で行われる阪神ジュべナイルステークスを目指すのが一般的らしい。 ハナビちゃんの最初の目標は阪神になりそうだねぇ。
この仔馬達が活躍する日が待ち遠しいね。
来年が楽しみになってきた。
「紗希よ。 いきなり北海道て」
「本当だよ」




