第2007話 夕也プロデビュー
明日は夕也のBリーグデビュー。
☆夕也視点☆
「夕ちゃんと春くんのデビュー戦、明日だよね?」
「おう」
「はい」
何の話かっていうと、バスケの試合の話である。 明日は俺が所属する千葉の西條グランツの初試合が予定されている。 一応チーム練習には顔を出してはいたが、オーストラリアに行ったりしている間は参加出来ていない。 まあ、オーナーの奈央ちゃん命令だったので仕方ないのだが。
「当然オーナーである私も見に行きますわよ」
「そうなのか?」
「オーナーですもの」
「オーナーが見に行くという事は、秘書である私も同行するよ」
「そうなのか……」
「だはは! ウチも見に行きたいわ」
「ワハハ!」
「良いわね。 私も見たいかも」
「可憐ちゃんはどうするの?」
「たしかに……」
何か知らんが観客がめちゃくちゃ増えそうだぞ? まあ別に良いんだが。 あまり俺個人の応援とかで盛り上がったりしなきゃなぁ。
「それで、相手チームは?」
「広島のチームだな」
「強いんか?」
「まあ、真ん中ぐらいだなぁ」
「ほんなら楽勝やな」
「いやいや。 まだ対戦したこともない相手だぞ? わからん」
「わかるよ。 夕ちゃんと春くんがいるんだよ? 余裕だよ」
こいつらは簡単に言ってくれるなぁ……。 世界一のお前らとは違うんだっつの。
「明日が楽しみだねぇ」
「アルテミスドームの動員数がどうなるか今から楽しみですわ」
バスケの試合じゃあ、そこまで期待出来ないとは思うのだが……。
「ところで、明日は2人ともスタメンなん?」
「いや、まだ聞いてないが」
「そうですね。 明日発表かと」
「さよか」
「2人なら余裕だよ」
「いや、まだわからないんだが……」
何故こいつらはそう前向きなんだか。 期待されてるのはわかるしありがたいいをだが、あまりプレッシャーをかけないでほしいもんだ。
◆◇◆◇◆◇
翌日。 アルテミスドーム西條グランツ控え室。
「スタメンはSF今井、PG広澤、C蓮沼、SG北上、PF鹿島」
「おっす!」
「チーム発足初戦。 勝って弾みをつけるぞ!」
「おう!」
何とかスタメンだな。 春人もスタメンスタートだし、広澤が司令塔をやってくれるならスムーズな試合運びが出来そうだ。 Cが宏太なら言う事無しなんだが……。
◆◇◆◇◆◇
試合開始前。 コートに出て軽くアップをしていると、広澤が小声で話しかけてきた。
「今井……どうやら、わざわざ遠い所から偵察に来たみたいだぞ……」
と、視線の動きだけで俺の視線を誘導してくる。 その視線の先には……。
「佐田さん……」
「あの人、まだ今井をライバル視してんだな」
「どうだろうな……」
「実際、あの頃の兵庫青柳高校に勝った事があんのは、今井がいた月ノ木学園だけだったろ……」
「だったな……」
「しかし、相変わらず厳つい目してら……あれ、何人か血祭りにしててもおかしくない目だぜ」
「違いねぇ」
佐田さんは昔からああいうギラついた目をする人だった。 本当におっかねぇやな。
「夕也、試合開始しますよ。 整列です」
「おう」
いよいよ俺のプロデビューだな。 佐田さんがわざわざ見に来てんだ。 情けない試合は出来ない。
整列して挨拶を交わし、ジャンプボールの準備に入る。 俺達のチームで飛ぶのは長身の蓮沼だ。
ピーッ!
笛と共にボールが空中に放り投げられる。 ジャンプボールは蓮沼がボールに触り、広澤がボールをキャッチ。
「速攻!」
それを確認した俺と春人が、マークを外して両サイドから相手コートを突っ切って行く。
「くそ!? 速ぇっ!」
「マークを置き去りに?!」
「今井!」
完全にフリーになった俺に、広澤からボールが送られる。
「ナイスパスだ!」
ボールを受けてゴールまでのルートを確認する。 相手陣地に残っているのはPFの井上さんとCの花村さんの2人。 逆サイドに春人が走り込んでいるのが見えるのと、遅れて鹿島さんが真ん中を突っ切って来るのが見える。
井上さんは俺が抜いて、すぐに鹿島さんにボールを渡すか。 そこから春人にパスを出してもらい、春人がスリーを決めるのが良さそうだ。
ダンッ!
そこまで考えをまとめ、姿勢を低くくして臨戦体勢を作る。 視線と体重移動でフェイントをかけながら、一気にチェンジオブペース。
ダンッダンッ!
「くっ!? 何つーキレのドライブ?!」
一瞬で井上さんを抜き去り、花村さんの目の前まで切り込む。 花村さんは両手を上げてシュートブロックの構えを取る。 さすがにこの至近距離からシュートをしても叩き落とされそうだ。
「今井!」
鹿島さんから声が飛ぶ。 わかってますよ。 ハナっからそのつもり。
俺は迷わず鹿島さんにパスを出し、その鹿島さんも即座に春人へボールを回す。 春人はしっかりとスリーポイントラインの外側でシュート体勢に入り、ゴールに向かってアーチを描くようにボールを放る。
完璧な軌道。 最後まで見なくても入るとわかる。
ファサッ……
「よし! ナイス北上!」
「さすが春人!」
「きゃー! 春人君かっこいいですわよー!」
何か観客席の方からも黄色い声援が飛んいる。 あ、あの集団、目立って仕方ないな。
◆◇◆◇◆◇
試合を第4Qまで戦い、93-41とダブルスコアをつけて快勝。 西條グランツのBリーグ初勝利を飾った。
「いや、今井と北上はやっぱり抜けてるな。 北上の本場仕込みのトリッキーなプレーと、今井のキレ抜群のドリブル突破は見てて気持ち良いぜ」
司令塔としてコート全体を見ていた広澤から、そんな風に言われる。
「これなら神戸のアレともやれんじゃないか?」
蓮沼も今日の試合で手応えを感じたらしい。 神戸のアレってのは勿論、佐田さんのいるチームの事だ。
「やってみなきゃわからないさ。 何せ、あの人も化け物じみてるからな」
「違いねぇ」
「あの。 その怪物さんが控え室前に来てますよ」
と、呑気な声音で春人が言った。
「おう。 ゴラァ」
「マジか……自由過ぎんだろあの人」
「おっかねぇ」
「ゴラァ今井!」
「俺かぁ……」
「ったりめーだろが。 おめぇ、随分と待たせやがったな、アァ?」
「何なんすか……いつの時代のヤンキーっすか?」
「誰がヤンキーだ」
誰がどう見てもヤンキーだ。
「北上もいやがんのか。 どっちも鈍っちゃいなかったみてぇだなオイ」
「まあ、一応練習は続けていたので」
「ケッ……試合見て疼いたのはオリンピック以来だぜ。 試合で当たるのを楽しみにしてんぜ? 期待を裏切んじゃねぇぞ、西條グランツ。 じゃあな」
言うだけ言って控え室から出て行く佐田さん。 しばらく呆然としていた俺達だが。
「いや。 マジ自由過ぎんだろあの人」
「頭のネジ2、3本抜けてるんじゃないか?」
佐田さんのあまりの自由奔放な振る舞いに、半分呆れ返るのだった。 しかし、佐田さんの目から見て、俺達は戦う価値があると映ったという事には少し喜んでもいたのだった。
佐田との対戦はいつになるか。
「遥だ。 いやー、つえぇライバルが居るってのは良いよな」
「うんうん。 私にもいるからわかるよ」




