第1990話 執念の1点
ゾーンが切れてスタミナ切れになった紗希だが。
☆紗希視点☆
決勝戦は2セット目の中盤……に、入っちゃってるみたいね。 実はここ10分ちょいの記憶が無いのよね……何か気付いたら7-14になってて、身体が鉛みたいに重い。 亜美ちゃん曰く、さっきまで私はゾーンに入っていたみたい。
「紗希。 得点王の単独首位まではあと1点よ。やれるの?」
奈央に確認された私は、電光掲示板に目をやる。 おりょ……本当だわ。 ミアに並んで首位タイ。
「無理ならベンチに下がりなさいな。 動けないプレーヤーはコート内に必要無いわ」
と、奈央には厳しい事を言われてしまうが、実際のところまともに動くのは無理かもしれない。 何せ立ってるのがやっとだし。
「あ、あと1点っしょ……ヨユーヨユー……」
と、とりあえず強がってみる。 奈央には当然お見通しなんだろうけど、それでも「そう。 それなら頑張って動きなさい」と、言ってポジションに戻る。
さて、サーブはフランス代表のジャンヌさんみたいね。 当然のように私が狙われるわ。
「紗希ちゃん!」
希望ちゃんがそれを察して私の前へ飛び出してくる。 ありがたいわね。
パァンッ!
私の代わりレシーブを受けてくれた希望ちゃん。 結構無理矢理コースに入って来たのに、しっかり奈央のセットポジションに返しているわ。
さて、私も助走を……。
「っ……」
おっとっと……フラついて助走出来ないんですけど!? いや、わかってたけどさ……でも、あと1点取るまではベンチに下がるわけにはいかないわ。
「宮下さん!」
「あいよ!」
ここは奈央も宮下さんを使っていくみたいね。 そりゃ、私は走れてないしね。
パァンッ!
「よーし! 私もあともうちょいー」
宮下さんはベストアタッカー部門まであと6点かしら……たしかにもうちょいね。
「紗希。 自分がヨユーって言ったんだからちゃんと走りなさい」
「わ、わかってるわよ……ちょっと躓いただけだし……」
「頼むわよ。 あと1点は絶対に取ってもらうんだから」
奈央はそう言ってローテーションする。 私もフラフラしながら一歩前へ移動。 にしても、前田さんもどうしてまだ私を替えないのかしら? いつもの前田さんなら、奈央に言われなくても動けない選手なんてすぐ替えそうなものだけど。
「さてさて、いくよー! てやや!」
やっぱり気の抜ける掛け声を出しながらサーブを打つ亜美ちゃん。 ここはサービスエースも狙えるコースを狙ったみたいだけど、クロエさんがそれを許さない。 あっさり拾われてフランス代表の攻撃に変わる。
「むぅ、あわよくばサービスエースでテクニカルタイムアウト狙いだったのに」
「なはは。 美智香姉、アリスさんにブロックー! 神崎先輩はマリエルさんにコミットブロックー!」
「オッケー!」
「り、りょ……」
コミットブロックね。 と、跳べるかしら?
「っ!」
跳び上がろうと足に力を入れてみるも、残念ながら十数センチ浮くのが精一杯。 まさかここまで体力を消耗してしまうなんて……ゾーンって諸刃の剣ね。 フランスの攻撃は麻美の読み通りアリスさんだった為、私がマリエルさんのブロックに跳べなかった事は問題は無いけど。
「うわはは! さすがアリスさん! 上手い!」
宮下さんがブロックアウトに取られて笑っている。 8-15となる。 その後のプレーで亜美ちゃんがバックアタックをきっちりと決めて8-16とし、大きなリードのままテクニカルタイムアウトに入る。 希望ちゃんに肩を借りながら何とかベンチへ戻り、水分を摂りながらベンチに座る。
「はぁ……」
「紗希、いつでも替わるわよ?」
と、アップをしながら奈々美が声を掛けてくる。
「バカ言わないでよ。 あと1点以上は意地でも取るわよ」
「あっそ」
とにかくあと1回。 あと1回だけ全力でジャンプして全力でスパイクを打てるだけのスタミナを……何とかこの90秒で。
「神崎さん。 私は神崎さんが得点王の単独首位に立つまで替える気はありません。 まあ、ここまでのリードを作れたのは神崎さんのおかげですしね」
「前田さん……」
前田さんなりに気を遣ってくれてるのね。 本当ならすぐに奈々美に替えたいと思ってるんだろうけど、私の個人タイトル獲得を優先してくれている。
「紗希。 いったれや。 世界にあんさんの名前轟かせてき」
ベンチに座っている弥生もゾーン明けでかなり参っているみたいだけど、それでも私の背中を押してくれる。 皆、ありがたいわね。 あとワンプレー、全力で動く為の力が湧いてきたわ。
「やったるわよ……」
「その意気や。 美智香も、ベストアタッカー部門獲りや」
「もち!」
「さあ、2セット目終盤です! いってらっしゃい!」
「おー!」
気合い入れてコートに戻る。 亜美ちゃんが肩を貸してくれたので、ここは有り難く借りておくわ。 この残ったスタミナは、あと1点取る為に温存よ。
コートに戻った私達。 サーブは麻美から再開。
「ちょいっさー!」
パァンッ!
元気にサーブを打ってはいるけど、マリエルさんにあっさりレシーブされてるのよね。 まあ、仕方ないんだろうけど。 さて、私もブロックに跳ばなきゃ行けないけど……。
「紗希は跳ばなくていいぜ!」
「蒼井先輩、ジャンヌさんのバックだぞー!」
「おう! 宮下さん!」
「おけ!」
遥に言われてスタミナ温存をする事にした私。 ブロックには跳ばずレシーブに構える。
「せーの!」
「うわはは!」
パァンッ!
力押しの強引なスパイクだけど、宮下さんのブロックを抜くには十分な威力。
「てやーっ!」
パァンッ!
ジャンヌさんのスパイクコースを読んでいたのが、真っ正面でレシーブを受ける亜美ちゃん。 真っ正面からならあのスパイクも拾えるみたいだわ。
「よし……動いてよ、私の足」
レシーブが上がったので、皆と同時に助走を開始する。 少し重いけど、執念で身体を動かす。
「っ! おおおっ!」
声を出して力を振り絞り踏み切る。 身体に残っている全ての力を絞り出して跳ぶ。
「奈央ーっ! こーい!」
「紗希ーっ! いけー!」
奈央から私へトスが送られてくる。 腕を力一杯振り切り、飛んでくるボールにジャストインパクトする。
パァンッ!
最後の真下打ちを決め切った私は、着地と共に床に大の字に倒れ込んだ。
「はぁ……はぁ……ダメ。 もう動けんわ……」
「紗希、お疲れ様」
「あとはベンチでのんびり見ててねぇ」
「カッコイイぞ紗希っち!」
「なはは! さすが神崎先輩ー!」
「とりあえず得点王おめでとうだな」
奈央に引っ張り起こしてもらい、亜美ちゃんの肩を借りてベンチへ下がる。 代わりにコートへ入るのは……。
「佐伯和香さん。 出番です」
「ちょっ、私じゃないの?!」
「奈々美さんには言ったはずですよ? 3セット目のハナからだと」
「ええ……」
「はっはっは! まあ、もう少しそこで見てなさいな」
まさかの佐伯和香さんがコートへ。 実力的には私と大差無いとは思うけど、大丈夫かしら?
何とか得点王ランキング首位に立ちコートを出る紗希であった。
「亜美だよ。 凄いよ紗希ちゃん! もう立派に世界一だよ!」




