第184話 憧れの人
ゴールデンウイークも明けた週の日曜日。
遥は週課のスポーツジムへ来ていた。
☆遥視点☆
ゴールデンウイーク前、奈央に魔改造された私だけど……。
ゴールデンウイークは終わり、学校が再開。
まあ、学校では別に良いのだ。 慣れてしまえば周りの人間も何も言わなくなった。
まるで元から私がこうだったかのように接してくる。
「蒼井さんおはよう」
「おはよー」
こんな感じである。
最初の頃は色々弄ってきた奈々美も、連休明けには飽きてしまったのかあまり弄ってこなくなった。
他の皆はというと、亜美ちゃんと希望ちゃんは「綺麗だからそのままでお願い」といい、紗希は「早く良い男捕まえなさいよー」と、急かしてくる。
良い男ねぇ……。
そんなこんなで5月10日の日曜日……。
私はイメチェンしてから初めて、普段通っているスポーツジムへとやってきた。
ここの常連さんとは、良きトレーニング仲間だ。
そして──。
「こんにちは蒼井さん」
「こ、こんにちは」
常連の中でも、この人は私の憧れの人だ。
いつもストイックにトレーニングには励んでいて、休憩の合間でもスポーツ学の本なんかを読んでいる。
きっと将来はそう言う道に進みたいのだろう。
高3だから1こ上の先輩ということになる。
残念ながら月学生ではないのだけど。
イメチェンさせられた私を見た、その彼の反応は……。
「随分とイメージ変わったね。 彼氏でも出来たかな?」
がーん……。
そういう誤解が生まれるのか。
「で、出来てませんよそんな」
「ははは、そうかい。 今日は何やっていくんだい?」
「トレッドミル走ったあとはレッグプレスでもしようかと」
「うんうん。 いいね。 それじゃあ頑張って」
「は、はい」
ううーっ、私みたいなのは眼中に無いか。
恋人だっていてもおかしくないもんなー。
「あ、そうだ蒼井さん」
「はい?」
「今度の土曜日って空いてるかい?
「はぁ、空いてますけど」
確か予定は無かったはず。
「それがどうかしたんですか?」
「いやー、今度のWBAフライ級タイトルマッチのチケットが手に入ってね。 どうだい一緒に」
「行きます!」
ボクシングの試合観戦! 久し振りだなぁ。
しかもタイトルマッチとは。 楽しみだな。
「……あれ? これってデートでは?」
トレッドミルをやりながらそんな事に気付いた。
「いやいや……ただのスポーツ観戦でしょ。 私がボクシングとか観るの好きだって知ってるからだよな」
とりあえずそう思うことにした。
◆◇◆◇◆◇
「それはデートでしょー」
翌日の昼休み、学校で友人達に訊いてみる。
すると紗希はそう言った。
「そ、そうなの?」
「ていうか、遥に憧れの人がいたなんてね。 相談に来るんならちゃんと教えておきなさいよ」
と、奈々美には説教されるわ、亜美ちゃんと希望ちゃんにはどんな人か聞かれるわで大変だった。
でも、皆の意見は「デートだと思う」とのことらしい。
ちなみに男子の意見を聞いてみると「少し冷静に考えたほうが良いぞ」というアドバイスが貰えた。
うーん、男子と女子で意見が違うんだなぁ。
私は、あの人に他意は無いような気がするんだけど。
「でもさ、フリーの可能性はあるよね?」
「フリー?」
「彼女はいないかもって事」
「なんで?」
「彼女がいたら彼女誘うでしょ」
奈央が呆れたような顔でそう言った。
それもそうか……。 という事は彼女はいないと思っても差し支えないわけだ。
いやいやいやいや。 そもそもそれならどうだって言うんだい。
私にチャンスがあるって? 無い無い。
「とにかく、当日はもっとおしゃれして女の子アピールだよ! 遥ちゃん!」
お、おしゃれって言われても……。
「当日の予定は?」
「夕方ぐらいに出て、会場近くで夕飯を食べて……」
「なら、昼のうちに私の家に来なさい。 色々と用意しといてあげるわ」
奈央は腕が鳴るわーと、何故か私より気合いが入っている。
皆、楽しんでない?
特に奈央と紗希と奈々美……。
相談するんじゃなかったかなぁ?
「でも、年上かぁ。 それはそれで素敵だねぇ」
「おい亜美」
「あはは、大丈夫だよ。 私は夕ちゃんだけだよ」
今井と亜美ちゃんは、ゴールデンウイークの旅行中に恋人同士になった初々しいカップル……というわけでもない。
今まで散々一緒にいたんだし、初々しいどころか熟年夫婦の域だ。
◆◇◆◇◆◇
そんなこんなでやってきました5月16日土曜日。
私は予定通り昼の間に奈央の家へ来たのだが。
なーぜーか、バレー部の友人達が勢ぞろいしていた。
「何で皆がいるんだよ……」
「それはあんたが心配だからよ」
「保護者か!」
奈々美が母親みたいなことを言うので、咄嗟にツッコんでしまった。
しかし、見世物じゃないんだよまったく。
「はいはい、化粧して服もオシャレなのにするわよー」
奈央がもうニヤニヤしながら近づいてくる。
「うふふふふ」
「う、うわー!」
「私も手伝うわよー」
ものすごい勢いで揉みくちゃにされた私は、さながら着せ替え人形のようだった。
皆、他人事だと思って。
「だ、大体、ボクシング観に行くのにオシャレなんて必要ないだろぉ? 普通で良いんだよ普通でぇ」
「えーい、だまらっしゃい! 大人しく着せ替え人形になってればいいのよ!」
「今、本音出ただろ!? 着せ替え人形って言ったな!?」
「遥ちゃん落ち着いて。 私達は遥ちゃんの恋を応援してるんだよ。 あ、このリボン着けようねー」
亜美ちゃんは亜美ちゃんで、フォローを入れながらもやはり着せ替えを楽しんでいた。
「こ、恋って……私はただ、憧れているってだけで」
「うんうん。 そうだね恋だね」
希望ちゃんも、服のコーディネートを色々と試して楽しみだした。
もうどうにでもなれ……。
昼過ぎにやってきたというのに、かれこれ1時間半は皆のオモチャにされていた。
出かける前からめちゃくちゃ疲れた。
「よーし、完成!」
「わーい」
「ぱちぱちー」
散々揉みくちゃにされた後で、姿見の前に立たされる。
その自分の姿を見て驚いた。
「こ、これが私?」
以前、奈央にイメチェンされた時も思ったけど、今は本当に自分じゃないみたいに綺麗になっている。
髪はエクステで長くしたものを後ろで束ねてお団子に。
服装は女子っぽい白のワンピースを着せられて、首にはネックレス。
腕には皆と同じブレスレット。 これは外せないね。
ちょっと可愛らしい鞄も持たされた。
「うんうん。 完璧だよ遥ちゃん」
「あ、あの、ボクシング観に行くんだよ? こんな綺麗に着飾らなくても」
「ダメよ。 男と出掛けるならこれぐらいはしないと」
奈々美の謎理論が展開される。
もう時間もないし、せっかく皆がここまでしてくれたのだ。
今日はこれでボクシングを観に行くとしよう。
「皆ありがとう」
「ふふ、良いって事よ。 頑張ってきなさい」
「だから、ボクシングの試合を観に行くだけだって……」
本当にこの子達はわかってるんだろうか。
大体、向こうは私みたいな女は眼中に無いって。
「遥ちゃん遥ちゃん」
「な、何だい今度は……」
亜美ちゃんは、小さな四角い物を手渡してきた。
それをマジマジと見る。
「これって……」
「こんどーさん! 備えあれば憂い無しだよ遥ちゃん」
「ええーい! 使うわけあるかー!!」
と言いつつ、私は鞄の中に入れるのだった。
使う予定はないけど一応だ。
遥、まさかのデート?
「奈々美よ。 何よ遥、好きな男いるんじゃないの。 しかも他校の1つ上の先輩とかやるじゃん。 しっかりアピールして落としてくるのよ」
「いや、だからさ……」