第1792話 領域に入ってくる者
フランス代表を圧倒する亜美達。
☆亜美視点☆
フランス代表との練習試合。 第3セット目は私や宮下さんなど、トップ選手がコートに入り試合を進めている。
「どりゃあ!」
「てやや!」
「ほいっ!」
ランキング上位のフランス相手を圧倒し、現在7-14と大量リードの展開。 麻美ちゃんも希望ちゃんと入れ替わりでコートに入り、今度は10割の全開プレーでアリスさんを止めたりしている。
「なは! なはは!」
「やるわね! さっすが麻美っち!」
「ほんまよう止めるで……」
「麻美ちゃん、アリスさんの事は完全に攻略してるよねぇ?」
「素直な選手でわかりやすいー」
との事。 たしか、オリンピックの時にも前田さんが「バカ正直な選手」と評していたっけ? 私にはよくわからないけど。
◆◇◆◇◆◇
8-16でテクニカルタイムアウトに入る。 汗を拭い水分補給しながら、前田さんと監督の話に耳を傾ける。
「皆さん、上々ですね」
「まあ、上手くいってはいますわね」
「でも、フランスってもっと強かったような?」
「そりゃあ、あちらさんだって10割は出しとらんだろう」
「練習試合ですからね。 調整の意味合いも強いでしょうし」
「切り札とかいたりして」
「はぅ。 ミアさんみたいな?」
「データにはそういった選手はいないですが」
「ま、ミアかて大会本番まで上手いこと隠れとったしな」
いきなりアメリカ代表の切り札として試合に姿を現した時はびっくりしたものだよ。
「ま、気にせずどんどん攻めていきますわよ」
「はーい」
テクニカルタイムアウトが明けて試合に戻る。 さっきからチラチラとフランスベンチを見ているけど、ミアさんみたいなのはいなさそうだねぇ。
◆◇◆◇◆◇
勢いそのままに18ー25で3セット目を奪取。 ベンチに戻り少し息を整えていると、フランス側が何やら騒がしくなってきたよ。
「何かしら?」
「監督さんが何か怒鳴ってますわね」
「……あれ、さっきまでいなかった選手が監督さんに怒られてるよ。 聞こえてくる言葉を訳した感じ、あの人が遅刻してきたみたいだねぇ」
「だはは!」
「清水大先輩、フランス語わかるんですか?」
「翻訳出来るしペラペラやで」
「すご……」
にしても、オリンピックでは見なかった選手だねぇ。 オリンピック以降にフランス代表入りした新人さんかな?
「前田さん、あの人は?」
「ノーデータです。 初めて見る選手ですね」
「ふむ」
またミアさんみたいな要注意選手が現れたみたいである。 しかし、見た感じどうも素行に問題がある様子。 遅刻して来て監督に怒られているにも関わらず、話半分に聞き流しながらガムを噛んでいる。
「前田アイで見た感じ、身体能力は高そう?」
「動いているところを見てみないとわかりませんね」
と、話をしていると、フランス監督のお説教が終わったようで、先程やって来た選手が軽くアップを始めた。 どうやらレギュラーメンバーらしい。 4セット目からコートに入るのだろうか?
「どう?」
もう一度前田さんに訊いてみると、前田さんは真剣な顔で一言だけこう言った。
「化け物の類ですね」
あの軽いアップの運動から得られる情報が、一体どれほどの物かはわかりかねるが、前田さんは彼女を化け物だと評する。 心してかからないといけないね。
「ま、やってみたらわかるがな。 化け物やったら日本にもようさんおるしな」
「弥生ちゃんだね」
「あんさんや」
「人間だよ!」
と、漫才しながらコートへ入り、4セット目の開始を待つ。 先程の選手はOHのようだ。 エースがアリスさんというのは変わらないと思うけど、一体どんな選手なんだろうか?
「身長は180後半から190ってとこか。 まあまあだな」
「高いねぇ」
私が低いだけかな。 さて、4セット目開始です。 サーブは奈央ちゃん。 どうやら普通のドライブサーブで出方を窺うようだ。
パァンッ!
先程入った選手のスパイクがどれくらいのものか計る為、あえてLのクロエさんに拾わせる奈央ちゃん。 そこからブリジットさんがトスを上げる。
「亜美ちゃん!」
「わかってるよ」
早速使ってきたよ。 はてさて、前田さんが化け物と評する選手。 どんな選手なのかな?
私と遥ちゃんで330cmクラスのブロックを作り止めにかかる。
「な、何だと?!」
「うわわ?!」
た、高い! 私と遥ちゃんが出した手より高い打点からスパイクを打ってきた!
パァンッ!
パワーはそこまでなようだけど、コースを突くのが上手そうだ。 希望ちゃんが飛びつくも、僅かに届かずであった。
「マ、マジ?」
「は、はぅ」
皆して信じられない物を見たという表情をしている。 私もさすがにちょっとびっくりしたよ。
「亜美ちゃんが上を抜かれたんなんか、初めて見たで……」
「350近く出てましたわね」
「たしかに化け物やな」
いるものだねぇ、高く跳ぶ人。 ちょっと燃えてきたよ。
「奈央ちゃん」
「わかってますわよ。 お返しするんでしょう?」
「うん」
やられたらやり返すだよ。 さっきのは私も遥ちゃんに合わせて本気では跳ばなかったし、まだ負けてないよ。
パァンッ!
「はぅっと!」
希望ちゃんのレシーブから奈央ちゃんのトスに繋がる。 ここは私へのトスだ。 マリエルさんとあの人がブロックにやって来る。
「高さ世界一はまだ譲らないよっ!」
全力でジャンプしてスパイクへ。
「やっぱり高い……」
全力ジャンプした私の目の前に、はっきり手のひらが見えている光景は中々に無いよ。 だけど!
パァンッ!
その手の指先に当てるようにしてスパイクを打ち、そのままブロックアウトにする。 まだまだ高さでは私の方が上だよ。
「ヒュー……」
こちらを見て、短く口笛を吹いてみせるお相手さん。 多分私と同じで、自分の領域に踏み込んで来た選手は初めて見たのだろう。 少し嬉しそうな表情にも見える。
「にしても、あれはほんまもんやな」
「体感350は超えてないかなぁ。 紗希ちゃん並って感じだね」
「340後半ってとこか。 化け物に違いないな」
ちなみに私は直近で355をマークしている。 頑張れば360いけるんじゃないかな?
「さて、どんな選手かわかったところだし、後はさっきのセットみたいにガンガンいきますわよー」
「そやな。 様子見はしまいや」
「サクッと勝っちゃおう」
あれー? 皆さん思いの外余裕なようだ。 私並みに高さを出せる選手がいてもあまり関係無いようである。
「高さあったって、私の華麗なる美技の前では無駄よ」
「同時高速連携に対しては無力ですわよー」
「亜美ちゃんと何回も試合やっとんねん。 高いだけの選手なら怖くあらへん」
とか言いながら、バシバシとスパイクを決めて行く皆さん。 いやいや、頼もしいねぇ。 にしてもあの人、なんて名前なんだろう? 試合終わったら話しかけてみよ。 高さ勝負で初めてライバルっぽい人が現れたよ。
フランスの隠し玉? 亜美を脅かす存在となるか?
「奈々美よ。 亜美の方がまだ高いとは言え、中々凄い高さだったわね」
「私も負けてられないよ」




