第143話 最後の夜
春人がアメリカへ帰る前日。
奈央が亜美の家に泊まりたいと言い出して?
☆夕也視点☆
今日は2月28日の金曜日。
春人がアメリカへ帰るのは明日の29日。
春人は今日学校を休み、アメリカへ発つ準備を進めている。
俺達は俺達で、変わらず学校へ行って授業を受ける。
ついこの間、実力試験が終わったばかりだというのに、もう期末試験が近付いてきている。
宏太はまた、亜美に家庭教師を頼み勉強を見てもらっているようだ。
やれば出来る奴なんだがなぁ。
昼休み──
「今日、亜美ちゃんの家に泊まりに行っても良い?」
ランチスペースで弁当を食べていると、奈央ちゃんが突然そう言った。
亜美は、キョトンとして希望と目を合わせた後、笑顔になり返事をした。
「もちろんだよ!」
「ありがとう」
春人とは今晩が、とりあえずは最後という事になる。
少しでも、一緒の時間を過ごしたいのだろう。
バレンタインの後で、2人はデートしたらしいが、その後どうなったのかは聞いていない。
部活が終わった後、俺達は一度奈央ちゃんの家へ寄り、泊まりの準備を終えた奈央ちゃんと共に俺の家に向かう。
「まさか、奈央ちゃんが家に泊まりに来るなんてね」
「急に言い出してごめんね」
「ううん。 理由はどうあれ嬉しいよ」
「り、理由? 何の事かしらー?」
視線を空に向けて、白々しくそんなことを言う。
わかりやすい子だな。
それを見た亜美と希望は、二ヤーっとほくそ笑む。
「またまたまたまたー」
「最後の夜だし、春人くんと一緒に過ごしたいんでしょー?」
「な、なな何を言ってっ?! たまたま、泊まりたいなーって思った日が、春人くんの帰る前の日だっただけだしぃ」
亜美と希望は、そんな奈央ちゃんをイジり倒して遊んでいる。
「でも、家は狭いよー?」
「一般的な家庭よりは広いんじゃない? それに、紗希の家にも泊まりに行ったりするし、むしろ適度な広さの方が落ち着くの」
「そうなんだ?」
奈央ちゃんは「ええ」と頷く。
お金持ちのお嬢様っぽい、嫌味なところや高飛車なところが感じさせない、至って普通の女子高生。
その辺りの感性も、一般人と大差ないのかもしれない。
ただ、金銭感覚はズレているらしいと、亜美から聞いたが。
今井家に着いたが、亜美と希望は一度自宅に帰り、着替えた後で夕飯を作りに来るらしい。
先に奈央ちゃんだけを家に上げる。
「おじゃまします」
何かある毎に来て、パーティーやらで騒ぐので、奈央ちゃん的にも今井家は慣れたものなのかもしれない。
何も言わずとも、スーッとリビングの方へ歩いていく。
俺は部屋に戻り、制服から部屋着に着替えて、一度春人の部屋を確認する。
コンコン……
「開いてますよ」
「いや、いるか確認しただけだ。 奈央ちゃんが来てるんだ、顔を出してやってくれ」
「奈央さんが? わかりました、すぐ降ります」
「リビングな」
「はい」
それだけ伝えて、俺は1階に降りキッチンへ向かう。
飲み物を入れてリビングへ向かう途中、降りてきた春人と鉢合わせる。
「おう、奈央ちゃん待ってんぞ」
「今日はどうしたんでしょう?」
「いや、察しろよ」
「……ですよね」
どうやら、春人もわかっていたようではあるが、あえて聞いていたらしい。
春人にジュースの乗った盆を預けて、先にリビングへ行かせる。
俺は気の利く男だぜ。
「ふーん、夕ちゃんにしては上出来だね」
「のわっち?!」
いつの間にか、亜美と希望が背後に立っていて、急に声を掛けてきた。
「心臓止まるわ!?」
全然気付かなかったぞ。
こいつ暗殺術もお手の物だったりするんじゃないのか?
希望も何食わぬ顔で背後にいたし、ヤバ過ぎだぞ。
「夕也くん、戦場にならもう死んでるよ」
「怖い事言うな!?」
何なんだよ!
2人はけらけら笑いながら「冗談だよー。 ちょっと嗜んでるだけだからー」と、何か意味深な事を言いながらキッチンへ消えていった。
「嗜んでるって何をだ……」
大丈夫だよな? 俺の幼馴染だよな?
不安になりながらも、キッチンへ戻る。
ここでリビングへ向かう程、俺も野暮な人間ではない。
「おー、夕ちゃんわかってるねぇ」
「のわっ?!」
先にキッチンに入ったはずの亜美と希望が、何故か背後に立っていた。
包丁持ってて軽くホラーである。
「あははは、やだなー、食器棚の影に隠れてただけだよ」
「夕也くん、ごめんねびっくりさせちゃって」
「頼むからやめてください」
2人は頷き、夕飯の支度に取り掛かる。
すると、リビングの方から奈央ちゃんがやって来た。
春人と話したりしないのか?
「私も夕飯の支度を手伝うわ」
「奈央ちゃん? 春人くんと一緒じゃなくて良いの?」
「そうだよ。 一緒にいられる時間は限られてるんだよ?」
「べ、別に今日が今生最後というわけじゃないし」
「奈央ちゃんっ!」
珍しく、亜美が大声を出して怒っている。
奈央ちゃんは「うっ……」と言葉に詰まり、下を俯く。
「そりゃ、奈央ちゃんの言う通り、今生の別れってわけじゃないけど、今度いつ会えるかはわからないんだよ?」
「それは……」
「今の内に、一杯話しておかないとダメだよ」
「わ、わかった……」
奈央ちゃんは、くるりと踵を返してリビングの方へと戻って行った。
「亜美も中々やるな」
「後悔する事の辛さは、身に染みてわかってるからね」
そう言って、野菜を手早く刻み始める。
そうか、亜美は亜美で、希望に俺を譲った事を後悔してたんだな。
希望は、それを聞いても何も言わずに、鍋で何かを炒めている。
「なぁ、結局あの2人って今どうなってるんだ?」
「ん? あー、春くんからの返事待ちみたい。 アメリカに戻るまでには返事もらえるみたいだし、今夜じゃない?」
話をしながらも、器用に野菜を切る亜美。
そうか、まだ付き合ってるわけじゃなかったんだな。
「亜美ちゃんとしては複雑だよね?」
「何で?」
「だって、好きだって言ってくれた男子が他の女子と付き合うかもしれないんだよ?」
「あー、そゆことか」
と、亜美は野菜を切る手を止めて「うーん」と考え出した。
「そうでも無いかなー」
そう結論を出して、再び野菜を切り出す。
亜美の中で春人の事は、完全に切り離されているようだ。
やはり、俺や宏太とは別にらしい。
「そっかぁ。 でも、上手くいくといいよね」
「うんうん」
2人は、仲良く夕飯を作りながら、春人と奈央ちゃんの恋の行方について話が弾むのだった。
◆◇◆◇◆◇
夕飯を5人で食べる。
リビングで2人がどんな話をしたのか、気になりはするものの、誰もその話題には触れない。
亜美と希望はウズウズして堪らない様子ではあるが、この場で訊くほど空気の読めない2人ではない。
「明日は、朝一で出るんだよな?」
「はい」
「電車で東京まで?」
「はい」
「私は空港までついて行く事にしたわ」
「えーっ?!」
亜美は箸を落とすぐらい驚いた。
別にそこまで驚く事ではないだろ。
アメリカについて行くとかなら、まだ驚くが。
「時間は限られているって、亜美ちゃんが言ったんじゃない」
「そ、そだけど……」
「奈央ちゃん、そのままアメリカに行ったりとか……」
「しないわよ?! 何言ってるの?!」
希望の質問を、全力で否定する奈央ちゃん。
当たり前だろ……。
まあ、リビングで何かを話したんだろう。
内容までは知らないが。
その後は、ゴールデンウィークにはアメリカに旅行にでも行こうか等と、嘘が本気かわからないようなことを言う奈央ちゃんに、苦笑いする俺達だった。
奈央と春人は、リビングで何を話したのか。
「紗希ちゃんでっす。 北上君ともお別れかー。 早いねー時の流れって。 奈央の気持ちはちゃんと届いたのかしら?」