第132話 家庭教師の亜美ちゃん
留年のピンチにある宏太の家庭教師を引き受ける亜美。
宏太を救えるか?
☆亜美視点☆
1月25日の土曜日──
「じゃあ行ってきまーす」
私は夕ちゃんの家には行かず、宏ちゃんの家に向かう。
というのも、昨日の夜に宏ちゃんの勉強を見てあげてたわけだけど、とても危ない状態であると判断したからである。
時間が惜しいので、夕ちゃんのお世話は希望ちゃんに任せて、今日は朝一から宏ちゃんの家庭教師をやる事にしたのだ。
ピーンポーン……
インターホンを鳴らすと、しばらく後に声が聞こえてくる。
「はい、どちら様でしょうか?」
おばさんの声だ。
今日はお休みなのね。
「清水亜美です」
「あら、亜美ちゃん? ちょっと待ってね」
言われた通り、少し待つ。
すぐに玄関のドアが開いて、おばさんが出てくる。
歳より若く見える、出来る女と言った感じの女性だ。
憧れるなぁ。
「宏太ならまだ寝てるけど……」
ピキッ……
「寝てる……?」
グゴゴゴゴォ!
「上がって良いですか?」
「い、良いけど……?」
私は「おじゃまします」と、頭を下げて家の中に入っていく。
そのまま一直線に宏ちゃんの部屋へ向かい。
ノックもせずに突入する。
「ぐがー……」
プツン……
「うおーい! 宏ぉぉぉちゃぁぁぁんっ!! 何寝てんの、このバカァァァ!」
布団を引っぺがして、胸ぐらを掴み、ぐわんぐわんと、前後に体を振る。
「ぐぉぁっ?! ぐぇー! じぬぅ」
宏ちゃんが目を覚ました。
全く! 今日は朝一に来るって伝えてあったのに、まだ寝てるなんてやる気あるのかなぁ?
と思って、宏ちゃんの勉強机に目をやると……。
「ん? 昨日教えたとこの問題? インターネットから印刷でもしたかな?」
宏ちゃんが涙目になりながら、咳き込んでいるのを無視して、そのプリントを見にいく。
「……あの後、復習したの?」
「ぉぅ……ゴホッゲホッ」
これをやって寝るのが遅くなったから、寝坊したのか。
うん、偉い! 偉いけど、根の詰め過ぎは良くない。
「あんまり無理してもダメだよ、宏ちゃん」
「わかっちゃいるけど、留年だけは阻止しないとな」
「うん。 だから、私が来てるんだよ。 私に任せて」
プリントに目をやると、昨日教えた甲斐もあってか全問正解している。
宏ちゃん、頭は悪くないのにどうして……。
やる気の問題なのか、要領が悪いのか?
「とりあえず、顔洗って朝ご飯食べてきなよ」
「すまん……」
宏ちゃんは起き上がると、そそくさと部屋を出て行った。
宏ちゃんの部屋は、男の子部屋って感じの部屋だね。
バスケットボール選手のポスターや、ボール、シューズなんかが飾ってある。
パソコンもあるし、ブルーレイプレーヤーなんかもある。
そしてベッドの下には……。
「おー、無い。 さすがにわかりにくいとこに隠してるよね」
絶対に持ってはいる、と確信している。
えっちな本とか円盤をだ。
「まあ、探さないけど」
私は、自分で持って来た教科書を開いて、自分の勉強を始める。
しばらくすると、おばさんが部屋に入ってきた。
「亜美ちゃん、ごめんなさいね。 うちのバカの家庭教師してくれてるんだって?」
「あ、はい。 進級出来るかどうかの瀬戸際みたいだから……」
「はぁ、あの子は本当に……」
もう一度、大きな溜息をつくと、話題を変えてきた。
「奈々美ちゃんは最近良く来てるけど、亜美ちゃんは久し振りね?」
そういえば、おばさんに会うのはかなり久し振りだ。
同じ町内に住んではいるけど、おばさんもおじさんも仕事が忙しくて、いない事が多いんだよね。
「大人っぽくなっちゃって」
「えへへ……ありがとうございます」
照れる。
そんなやりとりをしていると、おばさんの後ろから宏ちゃんがやってくる。
「おし、やるぞ」
「頑張りなさいよ、バカ息子。 亜美ちゃん、お願いね」
「任せて下さい!」
私も気合いを入れ直すのであった。
昨日、宏ちゃんに二学期末の成績を見せてもらったところ、暗記科目は得意らしい。 得意と言っても赤点ギリギリとかだけど……。
でも、生物はクラス中6位の成績だ。
興味のある教科にはやる気を出すらしい。
暗記科目は教える事は特に無い。
やる気さえ出してくれれば、そこは乗り切ってくれるはずだ。
なので私は、数学と英語、苦手な物理化学を重点的に教えていく事にした。
「じゃあ、午前中は昨日の数学のおさらいと、要チェックポイントを教えていくよ!」
「お願いします!」
私は、問題集を取り出して、昨日教えた場所を開く。
昨日の夜に自習もしていたらしいので、この問題はちゃんと解けるようになっていた。
「うんうん。 素晴らしいよ宏太クン」
「何キャラだよ……」
「じゃあ次いってみよ。 実力試験は、今までやってきたところが全部範囲なんだよ」
「うげ……」
嫌そうな声を上げる宏ちゃん。
「でもね、ある程度は絞れるんだよ。 例えばこれだけど、重要な公式はこれとこれ、この2つが出題されやすい傾向にあるの」
「ふむ……」
「つまりね、範囲が無茶苦茶広いからって全部勉強するんじゃなくて、その項目で重要そうな場所を勉強する方が楽だし、意外と山が当たるんだよ」
「なるほどな」
「で、私が今から、数学の重要な公式やポイントを教えるから、ちゃんと覚えてね」
「頑張る」
私は、参考書を鞄から出して広げる。
私は、1つ1つ丁寧に、それぞれの重要なポイントや、アドバイスをわかりやすく説明し、いくつかの問題を出しては解かせる。
一通り教えたところで、確認問題を出してテストをしてあげる。
「……」
カリカリカリカリ……
宏ちゃんが、シャーペンを走らせる音だけが聞こえてくる。
ちゃんと、集中してるじゃん。
普段から真面目にやってれば、夕ちゃんや奈々ちゃんと同じぐらいは出来るはずなのに……勿体無いなぁ。
「……出来たぜ」
「ん? どれどれ?」
宏ちゃんから用紙を受け取り、確認する。
各章毎の重要な問題を3つずつ出してみたけど……。
「うん、基礎はちゃんと身に着いたね。 こことかここの応用問題がまだダメかー」
「う……それ教えてくれなかっただろー?」
「基礎が出来れば、ちょっと頭捻れば出来ますぅ!」
私はシャーペンを取り、応用のしかたを教えてあげる。
「って感じ。 わかった?」
「なるほど。 これを一旦こうしてから、この形にするんだな」
「そそ。 こういう捻った問題は、必ず出てくるから覚えておいてね」
「わかった」
数学はこんなものかな? 後はひたすら問題集を解かせて、出来てないところをもう一度教えてあげれば……。
チラッと時計を見る。 時間は昼前。
ちょっと詰め込みすぎたかな?
「よし、30分休憩!」
「ふぃー……」
宏ちゃんは、集中力を切って後ろへ倒れ込む。
さすがに疲れるだろう。
「しかし、亜美ちゃんは教えるの上手いな……バカな俺でも、昨日今日教えてもらっただけで、割と出来るようになるんだから」
「宏ちゃんはバカじゃないよ? ただ、普段やる気が無いのと、やらないだけだと思う」
私も同じように、仰向けに倒れる。
男の子の部屋でこんなことして、また無防備だとか言われそうだよ。
んーっ、と伸びをして体をほぐす。
すると、手に何かが当たる。
ピッ……
「ん?」
何やら電子音が鳴ったようだけど……。
「あはーん♡」
「ぬおっ?!」
「……」
どうやらプレーヤーの再生を押してしまったようである。
しかし……。
「琴美ちゃん18歳……」
「うおおっ! ストップ!」
宏ちゃんが慌ててプレーヤーを止める。
「ぜぇ……ぜぇ……」
「じーっ」
「男なんだし別に良いだろ?!」
「まあ、そうだけど……私に似てない? 琴美ちゃん18歳」
「気のせいだろー?」
「むぅ……まあ、いっか……」
宏ちゃんの趣味に、とやかく口を出す権利は私には無い。
見なかった事にしてあげよう。
私は、なんで優しい幼馴染なんだろう。
「良く視るの? こういうの」
「それなりに」
「ふぅん……」
そういえば夕ちゃんも、この女の人のやつ持ってたね。
「宏ちゃんさ、今は私の事どう思ってるの?」
少しだけ気になったので、意地悪気味に訊いてみた。
宏太に勉強を教えて手応えを感じる。
一旦休憩を挟みちょっと雑談タイム。
「亜美だよ。 宏ちゃんの成績表は見るも無残だったよ。 眩暈を起こしそうになった。 でも、宏ちゃんだってやればできるし、私も頑張って教えるよ」