第115話 悩める夕也
夕也とのショッピングを続ける亜美。
☆亜美視点☆
スポーツ用品店を後にして、私達は次は洋服屋さんを見に来た。
と、言っても私も福袋でお金を使っちゃったし、冷やかしになるけど。
「ふーふーんー」
私は鼻歌交じりに、服を物色する。
夕ちゃんは少し退屈かもしれないなぁ。
よし、それじゃあ。
「夕ちゃん! 私、試着するから評価よろしく」
「ん? おう」
これで少しは、夕ちゃんの退屈も凌げるかな?
私は近くにある気に入った服を手に取って、試着室へ向かう。
試着室へ入り着替える。
私が選んだ服は白いふわふわのジャケットに、黒いロングフレアスカート。
それを着て、カーテンを開ける。
「じゃーん! どう?」
「お、大人っぽくていいじゃないか」
「でしょぉー。 って、普段が子供っぽいみたいじゃない」
「そんな事ねぇよ? 普段もどっちかって言うと大人っぽい服のセンスしてるしな。 今日着て来てるのだって、落ち着いた色合いで大人っぽいしな」
「そ、そぉ?」
ちゃんと、普段から見てくれてるんだ。 ちょっと嬉しいな。
「買ってやりたいけど、さっきも言ったように金欠でな」
「え、いいよいいよ! 別に買ってもらいたいわけじゃなくて」
「わかってるよ。 お前の考えぐらい」
「へっ?」
「退屈そうな俺の為だろ?」
「うっ……」
こういうのバレるのって恥ずかしいよねぇ。
私は黙って試着室のカーテンを閉めて、赤くなった顔を隠した。
◆◇◆◇◆◇
洋服屋を出て、次は喫茶店。
私は小腹も空いていたので、ホットケーキを注文して食べる。
夕ちゃんはいつも通りホットコーヒーだ。
「んねー、希望ちゃんとのデートっていつもこんな感じなの?」
気になって聞いてみる。 普段2人はどんなデートを楽しんでいるのだろうか?
「まあ、そうだな。 だいたいこんな感じだぞ? たまに水族館やら動物園なんかに連れてって欲しいって言われて行くけどな」
「そうなんだ」
やっぱり、こういう感じのが「普通のデート」なんだろうか?
「私のデートはちょっとやり過ぎ?」
「お前とのデートは刺激的で楽しいぞ? 何が起きるかわからんからな」
「そ、そうでしょ? 頑張って考えたんだよ」
特に結婚式の体験デートは、会心の出来だったと自負している。
あの時の私が、今みたいに希望ちゃんの枷から抜け出せていたら、もっと良かったんだけどねぇ。
そしたらあの日、私と夕ちゃんは恋人になれてて。
「しょぼーん……」
「ど、どうした?」
「何でもぉ……」
勝手に落ち込んでしまう私であった。
「そうか?」
「うん」
ホットケーキをむしゃむしゃと食べながら、過去の事は忘れる。
大事なのは今だよ今。 今、どうやって夕ちゃんを物にするかだよね。
「ね、次はどこ行く?」
「そだなぁ。 帰る前に公園行くか。 前に希望と来た時にボートに乗ったんだ」
「ボート? あー、そういえば湖のある公園あったね」
「そうそう。 お前とも乗っておこうと思ってな」
「あらら、嬉しいねぇ」
ありがたく、その申し出を受けることにした。
◆◇◆◇◆◇
夕ちゃんの誘いを受けて、湖のある公園へやってきた。
早速ボートを借りて湖畔へと漕ぎ出す。
この時期だとやっぱり少し冷える。
「悪い、ちょっと寒いか?」
「ううん。 大丈夫」
「寒かったら言えよ?」
「うんわかった」
こうやって、いつも私の様子を見て心配もしてくれる。
細かいところでも常に優しい。
本来ならこの優しさは、希望ちゃんだけに向けられるもの。
それが私にも向けられることに、喜びを感じる。
私達は途中でボートを止めて、少し話をする。
「暖かくなった頃に来たら、いい感じだろうね」
「そうだよな。 悪いなこんな真冬に」
「いやいや。 これはこれで良いよ」
私はボートに寝転がってみる。
んーひんやり。
「なんちゅう格好してんだ」
「えへへー。 いいじゃーん。 襲ってきてもいいよぉ」
「こんなとこで襲えるか」
「こんなとこじゃなきゃ襲う?」
私は体を起こして、ニヤっとしながら意地悪を言う。
ヘタレな夕ちゃんは、どう出るかなぁ?
「襲わねぇよ……」
まあ、そう言うだろうと思った。
別に、今は本気でそういう事しようとは思わないけど。
希望ちゃんも、夕ちゃんとの初えっち済ませちゃったし、呑気な事言ってる場合じゃないのだけど。
私だって、したい時したくない時はある。
夕ちゃんが「したい」って言うなら、それは拒む気も無いけれど。
「じゃ、キスは?」
さらに意地悪を言ってみる。
「……それぐらいは別に良いけどよ」
「え、良いんだ?」
これはこれは意外。
ちょっとは私のアタックが効いているという事だろうか?
「はぁ、そろそろ戻るか? 俺も冷えてきた」
「うん。 実は私も」
再びボートを漕ぎ出した夕ちゃんが、少し悩んだ様子で、ゆっくりと話し始めた。
「なあ……このままで良いんだろうか?」
「ん? 漕ぐの替わる?」
私は、ずっと夕ちゃんに漕がせている事を言っているのかと思った。
けど、そうではないらしい。
「希望の事でな」
「希望ちゃん?」
どういうことかわからないので、夕ちゃんの次の言葉を待つ。
「今の中途半端な気持ちのまま、希望と一緒にいるのは良くないんじゃないかと、思ってるんだ」
夕ちゃんの真剣な悩みだった。
◆◇◆◇◆◇
私は、夕ちゃんに何も言ってあげられないまま、気が付けば夕ちゃんの家の前まで帰ってきていた。
夕ちゃんが私に相談してくれたのに、私は何も答えてあげられない。
「春人、まだ帰って来てないみたいだな」
家のドアに鍵がかかっているのを確認して、夕ちゃんが言った。
奈央ちゃんと遠出でもしているのだろうか?
鍵を開けて中に入る夕ちゃんに、私もついていく。
先にリビングに入って、コートをソファーの背もたれに掛け、夕ちゃんが部屋から下りて来るのを待った。
夕ちゃんが、リビングに入って来て座るのを見計らい、私は謝罪とともに私の意見を述べる。
「ごめんなさい夕ちゃん。 きっと、全部私が悪いんだよね」
「ん? あ、さっきの話か? いや、そんなことはないぞ? 恋人がいるのに、お前を突っぱねる事が出来ない俺が悪いんだ」
「夕ちゃん……。 最終的にどうするかを決めるのは夕ちゃん次第だけどさ、私は別に今のままでも良いと思うよ」
「え?」
2人が別れてくれれば、私としてはやり易くなるのは間違いないけど──。
「希望ちゃんと別れるのは、夕ちゃんが私を選ぶ時で良いじゃない?」
「……」
「決めるのは夕ちゃんだよ。 これは私の意見」
「はぁ……わかったよ。 この件については、少し考える事にする」
「うん。 よし、この話はお終い!」
「お、おう」
別に私は、引き下がるつもりはない。
夕ちゃんや希望ちゃんには、ちょっと迷惑かけるけど、私はこの恋が実るか終わるまでは前に突き進むと決めたのだ。
と、丁度話が終わったタイミングで、夕ちゃんのスマホに着信が入る。
おそらくは希望ちゃんからだろう。
「ん、希望か? どうした?」
「うん、ちょっと声が聞きたくなっちゃって」
私は出来るだけ近付いて、希望ちゃんの声を傍受する。
「声が聞きたくなった? 可愛い奴だな」
「あっ……夕ちゃんダメ……声出ちゃうよぉ」
ちょっといたずらしてやることにした。
「夕也くんっ!! 亜美ちゃんと何してるの!?」
「いや! 何もしてないっ!」
「あっははは、冗談冗談。 ごめんね」
電話の向こうに聞こえるように、そう言ってあげる。
「もう、亜美ちゃんったら」
「で、明日は何時ぐらいに帰ってくるんだ?」
「んー、昼過ぎぐらいになるかなー」
「そうか。 気を付けてな」
「うん。 それじゃあ明日ね」
夕ちゃんは、通話を終えてニヤニヤしている。
ふうむ、やっぱり別れるなんて考えちゃだめだねこれは。
「どうした?」
「何でもないよー」
夕ちゃんと希望ちゃんは、やっぱりお似合いだ。
私は、希望ちゃんには勝てないかもしれない、そう思った。
けれど、不思議とそれでも良いかなと思えるのだった。
夕也には夕也の悩みがある。
「亜美だよ。 夕ちゃん、悩んでるみたいだね。 私が全面的に悪いんだけど、今更私も退けないしね。 夕ちゃんにお任せするしかないよ。 でも別れてくれたら、私すっごく楽だね!?」