第106話 仲直り
亜美の言葉に夕也が考え込む。
不安そうな顔を見せる亜美に夕也は。
☆夕也視点☆
ホテルの近くにある喫茶店で亜美から話を聞かされている。
どうやら春人の告白を断って、完全に諦めさせたようだ。
そして今、亜美は真剣な表情を俺に向け「邪魔なら言って欲しい」とそう言ってきた。
「私を邪魔だって言うなら……もう2人の邪魔はしないよ。 その時は、夕ちゃんを希望ちゃんから奪うのは諦めるよ。 その代わり、ずっと好きでいさせてほしい。 ただ……夕ちゃんと希望ちゃんの側にいさせてほしい」
考え込んでいると、飲み物が運ばれてきたので、とりあえずそれを一口飲んで冷静に考える。
亜美の事を本気で「邪魔」だと思った事が一度でもあったか……?
あの日の言葉は、亜美の言う通り嫉妬から来た心にも無い言葉だった。
ちらっと亜美の表情を窺ってみると、不安そうな表情で俺の言葉を待っている。
「はぁ……認めるよ」
「……え?」
「お前と春人が仲良くしているのを見て、嫉妬してた。 認める」
「う、うん……」
小さく頷く亜美。 その目はまだ不安そうにこちらを見ている。
「あの日にお前に言ったことは本心じゃない。 それに、一度もお前の事を本気で邪魔だと思った事なんてない」
「あ……」
「だから、そんな顔すんな」
「うん……」
亜美はようやく、安心したような表情に戻り、ジュースを飲み始めた。
目には涙も浮かんでいて、相当不安だったのだという事が窺える。
「えへへ……」
涙を袖で拭って笑顔を見せる亜美。
久し振りに見た気がするが、やっぱりこいつには笑顔が似合う。 本当に可愛い。
そんな風に亜美を見ていると、亜美は鞄の中をガサゴソと漁り出して一つの袋を取り出し、それを「はいっ」と、笑顔でこちらに手渡してきた。
聞くまでもなくクリスマスプレゼントだという事はわかる。
わかるが──俺と亜美は、この数週間まともに会話もほとんどしないほどだった。 それなのに前もってこんなプレゼントを用意していたのか。
更に驚いたのは、袋の中身を見た時だ。 中には手編みのマフラーと一枚の手紙が添えられていた。
「はは……あんな状態だったのに、手編みのマフラーなんか用意してたのかよ」
「うん」
袋の中から手紙を取り出て読んでみる。
「メリークリスマス 色々あったけど、仲直りしてくれてありがとう。 私は夕ちゃんの事が大好き。 それは、何があっても変わりません。 でも、今回は結構辛かったよ? ちょっと諦めようかと思っもん。 だけどね、私には夕ちゃんしかいないから、夕ちゃんを信じてこのマフラーを編んだよ。 良かったらこれを使ってね」
「こんな物……使うしかねーだろ」
「夕ちゃん……ありがと」
その後は、今まで話せなかった分たっぷりと時間を掛けて話した。
途中、ちょこちょこと時間を気にしている素振りを見せていた亜美。
どうしたのか気になって聞いてみる。
「時間気にしてるけど、なんかあるのか? 用事あるならそろそろ切り上げるか?」
「え、ううん、そうじゃなくて……」
何だろうか? そう思って亜美の言葉を待っていると、意を決したかのように口を開いた。
「あのね、夕ちゃんさえよければ、この後デートしてほしいの!」
亜美からデートの誘い。
なるほど、クリスマスデートをしたかったのか。
手回しの良いこいつのことだ、もう希望にも許可を取ってあるんだろう。
何だか、全部亜美の手のひらで踊らされてるみたいだ。
こんなクリスマスプレゼントも貰っちまったし──。
「お返ししないわけにはいかねぇな?」
「じゃあ?」
「あぁ、いいぜ」
「やった!」
亜美は満面の笑みを浮かべて「やった! やった!」と可愛らしくはしゃいでいた。
時間を気にしていたって事は何か時間が決まっているイベントでもあるんだろうか?
ならすぐに出たほうがいいのかもな。
そう思ったので、飲み物を飲み干して──。
「時間決まってんのか? なら行くか?」
「あ、うん!」
亜美もジュースを飲み干して、立ち上がる。
さて、どこに行くつもりなのだろう。
会計を済ませて喫茶店を出、チラッと亜美を振り返る。
すると、何やらスマホを確認して「うんうん」と頷いている。
「何見てるんだ?」
「うわわ」
スマホを奪って内容を見てやる。
何々………「近くに映画館を発見! 14時から映画を観たいなぁ」「映画の後は電車に乗ってマジカルランドへ行きたい」等、多分今日の予定と思われる内容がずらりと並んでいて、最後にはこう書かれていた。
「仲直りできたら良いなぁ」と。
「夕ちゃんっ、返してっ」
「あいよ、まず映画だなぁ?」
「うう……」
これだけの内容、まさか東京に来てから予定を立てたのか?
まったくよぉ。
「えへへ、東京に来た日の夜に、下見を済ませておいたんだぁ」
「希望と奈々美が、亜美は疲れて寝てるって言ってたが?」
「あっはは、1人になる為に芝居をちょっとねぇ」
「お前は……」
どれだけ俺の事信じてたんだよ。
今日、俺と仲直りできなかったら、このマフラーもデートプランも全部無駄になってたかもしれないのに。
「えへへ」
「……で、観たい映画ってなんだよ?」
まさか、昨日希望と見たやつじゃないだろうな? まぁ、それでも良いけど。
それを言ったらこいつ気にしそうだし、初めて観るってことにして──。
「『闇から伸びる手』」
「あ?」
「ホラー映画だよ」
あぁ、昨日希望をいじめるのに俺が観ようって言ったホラー映画か。
こいつは恋愛映画とか観ないのだろうか? 部屋には恋愛小説一杯置いてあるのだが。
「『空を見上げて』は昨日希望ちゃんと観たでしょ? ちゃんと聞いておいたよ」
「気にしなくてもいいのに。 本当にいいのか?」
「うん。 ホラー好きだし」
「お前ホラー観ても全然怖そうにしないし、本当に面白いと思って観てるか?」
「ちゃんと面白いと思って観てるよぉ」
頬を膨らませて言う顔がまた……。
いつかみたいに、その両頬を挟んで押してやると、口から空気が漏れて元に戻る。
可愛い奴め。
しばらく歩くと、昨日も来た映画館に辿り着いた。
入場チケットを買い、席を決める。 意外と客が少ないのか選びたい放題だ。
「じゃあ行くか」
「うん」
隣に並んでぴょこぴょことついてくる。
2番と書かれている劇場へ入り席に着く。
「こうやって、東京で映画観るのって……あの日を思い出すね?」
「あの日……」
あぁ、あの6月の。
確かに映画も観たな……あの日もホラーだった。
「あの日は、私が生きてきた中で一番幸せな日だった」
「そうか」
俺もそうだとは、あえて言わなかった。
劇場が暗くなり、映画の告知が始まる。
亜美は、あの時のように手を握ってきて、顔を赤くしている。
クリスマスの今日ぐらいは、1日恋人として付き合ってやるのも悪くないか。
俺からのクリスマスプレゼントだ。
映画が始まると、ホラー映画だと言うのに相変わらず怖がったりする素振りを見せることなく、真顔でスクリーンを凝視している。
また、本物の心霊映像でも見つけなければいいが。
大体、こんな映画を観ても希望の時みたいに甘い雰囲気にはなれない。
ホラー映画観ながら、イチャイチャはできないだろう。
画面では、謎の手に襲われる女性が必死に逃げ惑っているシーンが映っており、他の女性客は目を覆ったりして怖がっているが、隣の幼馴染は何食わぬ顔でポップコーンを頬張っている。
これはこれで、こいつの可愛いとこでもあるんだが。
◆◇◆◇◆◇
映画を観終わって、ロビーで少し休憩を取る。
「今日は変なもの映ってたりしなかったか?」
「うん、さすがに映ってなかったよ」
「そうか」
そういえば先程から手とかは握ってくるが、それ以上のスキンシップは取ってこない。
まだ遠慮しているとこがあるのだろうか?
それを訊いてみると。
「私は夕ちゃんの恋人じゃないからね」
「そうか。 でも、えっちとかしたじゃねぇか」
「あぅ、確かに」
「はは」
「じゃ、じゃあ、もうちょっとくっついてもいいの?」
「ダメだ」
「ええ! じゃあなんでそんなこと訊くのぉ!?」
ちょっと期待したのだろう。 ダメだと言われてちょっと怒ったようだ。
「ただし!」
「た、ただし?」
「今日はクリスマスだからな。 クリスマスプレゼントと言っちゃあなんだが、今日だけ特別に、お前の1日恋人になってやる」
「1日……恋人っ!!」
「あぁ。どうだ? いいプレゼントだろ?」
「うん!! これは嬉しい誤算だよ。 えへへー、もしかしたら、あんなことやこんなことをしても……」
「おーい」
変な妄想を垂れ流し始めたので、頭にチョップを叩き込んでやる。
「あぅ、痛い……」
「清く正しい交際を心掛けるんだぞ!」
「……今更清く正しくもないと思うけどなぁ」
等と、文句を言うので、もう一発チョップをお見舞いしてやった。
「んにゅ……」
「ははは。 ほら、次はマジカルランドだっけ? お前が計画したデートだし、何かあるんだろ?」
「うん」
亜美は勢いよく立ち上がり、腕を絡めてきた。
せっかくのクリスマスデートだ。 今まで辛い思いもさせたし、目一杯楽しませてやろう。
仲直りした2人はクリスマスデート……。
「やった! 仲直りできたよぉぉ! んー! 夕ちゃん優しくて好きだなぁ。 えへへ、せっかくのクリスマスデートだし楽しむぞ、おー!」




