第101話 亀裂
週末、特にデートなどの予定も夕也は暇つぶしにパソコンでネットサーフィン。
☆夕也視点☆
12月1日の日曜日。
今日は希望と出掛ける予定も無いし、家でうだうだしようと決めたわけだが。
「暇だな」
うだうだしようとすると、うだうだ出来ないこの現象に、誰か名前を付けてくれ。
あまりにも退屈なので、普段はあまり使わないパソコンを立ち上げる。
検索サイトを開いておもむろに「今井夕也」と入力した。
エゴサーチというやつである。
「……県大会優勝したぐらいじゃ、大した話題にはならんのか」
特に俺の事が話題になっているわけではなかった。 悲しい。
次に俺は「雪村希望」を検索してみる。
「うおっ?」
なんと、希望の事が話題になっているスレッドがヒットした。
「何々?」
【可愛い】雪村希望ちゃんを愛でるスレ12はぅー目【天使】
「12スレ目とか伸びてるな!」.
俺の可愛い希望をネタに、どんな話をしているのか気になったので、少し覗いてみることにした。
ここは高校生バレーボールプレーヤー雪村希望について語ったり、愛でたり、はぅったりするスレ。
「はぅー」とは──希望ちゃんが、初めて我らの前に姿を現した初インタビューの際に「はぅっ」「はぅー」と連呼した事により、希望ちゃんの代名詞となったものである。
「希望の『はぅー』は全国的に知られてるのか……」
俺はマウスホイールをくるくる回してページをスクロールしていく。
基本的には「可愛すぎ天使か」とか「抱き締めてみたい」的な書き込みが多いが、たまに「今夜のおかず」とか「おっぱい揉みたい」の様なものもある。
「ふん、希望のおっぱい揉めるのは俺だけなんだよなぁ」
とはいえ、事故やら、紗希ちゃん達の悪ノリで揉んだだけで、まともに揉ませてもらった事は無い。
「他には……希望ちゃんのポロリ画像?」
そこには夏の海水浴でポロリした際の画像が貼ってあった。
「おいおい……こんなモノ流出してるのか」
俺は黙って画像を保存した。
「希望の奴、結構人気あるんだなぁ」
全国大会でも活躍してたし、有名人になっちまって。
さらに読み進める。
希望ちゃんに彼氏いるってマジ?
俺、〇〇駅周辺住だけど、最近よく男と歩いてるの見る。
まじかぁ! ショックだわ!
「ははは! 俺なんだよなぁ」
気分が良くなったのでスレッドを閉じて、次のワードを検索する。
次は当然「清水亜美」だ。
「ポチッとな……うおぉっ?!」
亜美の検索結果はとんでもないことになっていた。
雑誌の表紙画像からポスター画像、希望の時みたいなスレッドもさることながら、非公式ファンクラブサイトやwikiまである。
「なんて奴だぁ……」
俺は亜美の人気の高さを甘く見ていたようだった。
そこらの売れないアイドルより人気あるだろこいつ。
俺は亜美の話題のスレッドを開いた。
【月】清水亜美にスパイクされるスレ203発目【姫】
「203?!」
何ちゅう伸び方してやがる。
内容的には希望のスレッドと似たり寄ったりである。
「ん?」
その中で気になる書き込みを見つけた。
「先週の日曜日〇〇駅のホームで亜美たんと男が抱き合ってるのを見たんだがぁ……あれ彼氏か?」
先週の日曜日、俺は希望とデートしてた筈だ。 つまり、この書き込みした奴が見たのが本当に亜美だったとして相手は……?
少しページをスクロールすると、その瞬間を撮影したと思われる画像が貼られていた。
「……春人」
その画像では、亜美と春人が駅のホームで抱き合ってた。
その他にも2人が笑顔で歩いている画像も貼ってあった。
「デートしてたのか……俺が知らないとこで」
俺の事が好きだとか言ってたくせに、こんな満更でもない顔をして春人とデートしてたのかよ。
そう思うと、何故か無性に怒りが込み上げてきた。
このイライラの理由が嫉妬だとわかるのに、時間はかからなかった。
◆◇◆◇◆◇
夕方、夕飯を作りに来た亜美と希望だったが、亜美とは最低限の挨拶をしただけだった。
亜美は少し怪訝そうな顔をしていたが、この時点では特に何も追及してくることは無かった。
夕食時は希望と適当に会話しながら、亜美とはあまり口を聞かないようにした。
正直、何でここまで嫉妬して怒っているのか自分でも良く分かっていないが……。
あまりにも無視過ぎて不審に思ったのか、亜美は寝る前にベランダからやってきた。
俺は部屋の電気を消して、今日はもう寝るという意志を示す。
コンコン……
「……」
亜美が春人とデートをしていたのを知っただけで、どうしてだこんなにイライラしなきゃならないんだ?
俺には希望がいるんだから、亜美が誰とどこで何してようが構わないじゃないか。
コンコン……
「……」
しばらくすると、窓を叩く音は止んだ。 どうやら諦めたようだ。
俺はそのまま眠りについた。
夜中に一度目が覚めた。 喉が渇いたのでそのまま起きて飲み物でも飲もうとして立ち上がった時だった。
「くしゅんっ」
ベランダからくしゃみをするような音が聞こえた。
ちらっと時計を見ると時間は1時過ぎ。
俺が電気を消して眠ろうとしたのは23時……。
「まさか……」
俺はそう思いながらも、気になったのでベランダの窓を開けてみる。
そこには、パーカーと俺が上げたマフラーを首に巻き、膝を抱えて座り込んでいる亜美がいた。
「あ、夕ちゃん……」
「何……やってんだよ……?」
「何って、夕ちゃんが開けてくれるの待って──くしゅん……うぅ寒い」
当たり前だ。 こんな時間に、ベランダで身動きもせずじっとしていれば、いくら防寒していても体は冷えるに決まってる。
「バカかよ! 部屋に戻ればいいだろう!? 2時間もこんなとこでじっと待ってる奴がいるか!」
「……どうしても気になったから」
そう言ってゆっくりと立ち上がる亜美。 顔が青ざめているし、唇も紫色に変色している。
おそらく相当体温低下しているのだろう。
とりあえず温めてやらないと。
「入れよ」
「うん……」
亜美を部屋に入れて暖房をガンガンに効かせ、亜美には毛布と布団をかぶせる。
さらにホットミルクも作って飲ませて、とりあえず体温を持ち上げてやる。
「……私、夕ちゃんを怒らせるようなこと何かしたかな?」
少しは落ち着いたのか、ホットミルクをゆっくりと飲みながら話を切り出してきた。
目はうるうると潤んでいて、不安そうにこちらを見つめている。
「別に何でもねぇよ」
目を背けて嘘を吐く。 だが、亜美はすぐにそれを見抜いてくる。
「嘘……夕ちゃん、私に冷たかったもん」
「……」
「私、何かしたんなら謝るから……」
しばらく、お互い無言の時間が続く。
このまま黙っていても、多分亜美は帰ってはくれないだろう。
仕方ないか……。
俺は黙ってパソコンを立ち上げながら、亜美に訊ねる。
「お前、先週の日曜日何してた?」
「何って……お店に預けてあったギターを取りに行って……」
ギター……そういえばあの日、亜美はギターを持っていた。 これは本当のことを言っているんだろう。
「1人でか?」
「うん……」
亜美は迷わずに頷いた。
これは嘘だという事を俺は昼に得た情報から、既に知っている。
つまり俺に、春人と一緒にいたことを知られたくないという事だ。
俺は、昼に保存しておいた画像ファイルを開いて亜美に見せる。
「この画像見ても1人だったって言い張れるのか?」
「……え?」
亜美は目を丸くして画像を凝視している。 どうしてその画像をというような顔だ。
「なぁ?」
「それ……希望ちゃんのおっぱい見えてる?」
「……」
俺はモニターの方を振り返り、開いた画像を凝視する。
そこには、希望が水着からポロリした決定的瞬間をとらえた画像が映し出されていた。
どうやら開く画像を間違えたらしい。
俺は咳払いで誤魔化しつつ、もう1つの画像ファイルを開く。
「こっちだ……」
「──っ!?」
亜美の顔が明らかに動揺している。
「それはどこで?」
「今日ネットサーフィンしてたら、たまたま見つけたんだ。 お前有名人だからな」
「そ、そう……」
亜美と春人が駅のホームで抱き合っている画像。 亜美も身に覚えがあるのだろう、下を俯いてしまった。
「何でデートしてたことを隠した?」
「デ、デートじゃないよ! ただ春くんと暇つぶしに出掛けただけで……」
「それをデートって言うんじゃないのか?」
「違うよ! 友達と遊びに行くこととデートは違う!」
亜美は必死に否定をするが、これがデートであろうがそうじゃなかろうがどっちでもいい。
ただ、隠れてそういう事をして、それを隠されていたことが気に入らなかった。
「別にお前と春人がデートしてようが何してようが構わないぜ? 俺には希望って彼女がいるんだし関係ないからな」
「だからっ──」
「だから、もう俺の事を好きだとか言うのはやめてくれないか? 俺の心を惑わすのはやめてくれないか?」
「へっ……?」
亜美の表情が固まる。
「夕……ちゃん?」
「春人でも誰でも好きな奴と、デートでもお出掛けでもしてればいいだろ……」
俺は、亜美を傷付ける最悪の一言を放った。 何故止まれなかったのか自分でもわからない。
気付いた時には口から言葉が出ていて、目の前では大粒の涙を流す亜美が俺を見つめていた。
たまたま見つけてしまった亜美と春人の画像に苛立った夕也は亜美を突き放してしまう。
「奈央ですわ。 なんとういうか次から次へと問題の起こる方達ですわねぇ。 え? でもこれって亜美ちゃんと春人君が接近する可能性あるんじゃない?! どうしよ! どうしよぉ!」