私のヒミツ
「師匠、これ見て、これこれ~!」寝っ転がっている師匠の顔面にスマホを近づけます。うりうり。
「ほら、起きてください!そして見る!」師匠は一月に起こされてしまったクマみたいに、のっそり不機嫌そうに起き上がりました。
「・・・ん。何の騒ぎだ」
「朝霞さんの写メです。ほら、この猫くん」
「あ?こいつは・・・」
師匠の頭とまぶたは少しづつ覚醒していくようです。目をぱちくりさせて、首をこきこき鳴らしました。そして唐突にわははっと笑い出します。はて?
「あの野郎。まさかそこに収まるとはな」私が師匠に見せた写メは、私たちを案内したあのぶちねこ君と朝霞さんが一緒に映った写真でした。笑顔の朝霞さんと対照的に猫くんはムスッとしていて可愛いです。
「そーいえば師匠が電話で言っていた友人ってこの猫くんのことですか?」
「ん、まぁな。口は悪いが面白いやつだ」口の悪い猫なんているのでしょーか。やはり師匠は謎多き男なのです。もはやカフカ師匠を理解するということは全宇宙の法則を紐解いたのと同義でわ。でわでわ?
「師匠の闇は深いのです・・・」まるで排水溝みたいに。
「おい。友人の家に行ったとき、七月なのに居間でコタツが設置されていたのを目撃したような目で俺を見るな」
「負けたっ」すげー喩えです。めもめも。
私は師匠に寝起きのコーヒーを差し出して向かいのソファーに座りました。
「ちなみにこの写メはですね、昨日朝霞さんとデザフェスに行った時にもらったのです」ふふん、と得意げに鼻を鳴らして私は言いました。
「まて。何故俺に声をかけん。何故俺をはぶった。何故俺はモテないのだ」最後のやつに関してはノーコメントで。触らぬ神に祟りなし。触った神は激おこなのです。
「師匠は昨日伝太さんとドライブだったではありませんか。いいなー声かけてほしかったですなー」
「俺は実質無免許だぞ。あいつが誘うから行っただけだ。デザフェスのほうがよかった」私は師匠の悲しいボヤキをスルーするのでした。
「それでですね。この猫くん、依頼を解決した後に朝霞さんお家までついてきたそうです。朝霞さんも最初はどうしたものかと迷っていたそうですが、両親と相談して新たな家族として迎えることになったのです。まだ一週間くらいですが、とってもお利口ですぐ仲良しになったみたいですよ」
師匠はふーんと相づちを打ちました。
「名前は?」
「お名前はケンくんといいます」
「ぶはっ!」無遠慮に吹き出しやがりました。
「ばっちいです・・・」
「はっはっは。ケンくんときたか」と言って笑います。「中々似合うじゃないか。『風来坊のケンくん』みたいな漢らしさがある」
何を言っているのでしょうかこのカフカは。
「あっ。そういえば朝霞さんね、師匠の手作りチラシを見てここに来たらしいですよ」
「ほう。お前のツイッター集客は失敗と言うわけか」
「まだまだです。これからどんどん有名にしてやりますとも!」
「・・・ほどほどに頼む」
私はコーヒーのお代わりを注いでから、可愛く梱包された包みをカバンの中から取り出しました。
「報酬のがらくたもきちんといただいてきましたよ」包装された小さな包みを師匠に手渡します。
「さぁて。何が入っているかな」彼はぺりぺりと紙の包装を破きました。その中から出てきたのは・・・。
「・・・砂時計か?」
「砂時計ですね」
「なぜ砂時計?」
「なぜ砂時計なのでしょう」
「何分の砂時計だ?」
「三分の砂時計です」
「砂時計的利便性があるな」
「砂時計は便利なのです」
もはや『砂時計』がゲシュタルト崩壊。しかしゲシュタルトさんがクラッシュしても砂時計は砂時計。三本の木の柱が上下にある三角の台座を支え、中心がXになったガラス管の中で、青砂がさらさらと時を刻んでいます。
「がらくた箱のお仲間入りだ。入れといてくれ」
「使わないのですか?」
「いや結構。現代人はキッチンタイマーを愛するのさ」
「もったいないです・・・」
よく分かりませんが、師匠は受け取った報酬をぜーんぶがらくた箱に入れます。例外はないみたいです。
私は生返事のまま立ち上がりました。そして寝室のドアの横にある、横になったサイくらい大きながらくた箱を開けました。中には私のバットも含めた数少ないがらくたが和洋折衷のフルコースみたいに詰まっています。
(もしかしたら)と私は思いました。
もしかしたら師匠はこんな風に依頼報酬としてがらくたを集めることで、その人とのつながりを得ようと思っているのかもしれません。依頼人さんにとって師匠は『通り過ぎるもの』です。ほとんど誰もこの事務所には戻ってきません。まるで翼を治した小鳥が青空に飛び立つように。だから彼はお金ではなく、小さながらくたをそれぞれの思い出として受け取っているのでしょうか、と私は想いました。本当のことは分かりません。師匠はあまりにも風変わりな人ですもの。ただの趣味なのかもしれないですし、どうせ聞いたってはぐらかすだけです。
それでも私は師匠のそんなヘンなところが結構好きです。言葉にするのはとっても恥ずかしいですが、私は彼の誠実さがとっても好きなのです。
「ん?何をニヤついてるんだ」
「いーえ!なんでもありませーん!」
もちろん私のそんな気持ちはヒミツなのです。女の子はヒミツが多い方が素敵だってキョーコさんも言っていましたもの。乙女は言葉に出さず、心で語るのです。
師匠は小さくあくびをしてもう一度ソファーに寝ころびました。私はそんないつもの光景を、ありきたりで、変わらなくて、大切なものとして眺めていました。
心がどこにあるのか私には分かりませんが、今それが温かくなったような気がしました。『信頼と親愛』。言葉にするときっと、そんな風に言うのでしょう。これももちろんヒミツの一つ。
だから・・・。
だから、私がいつか師匠の名前を見つけてあげたいって思っていることもナイショなのです。