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九話 王のスカウト


 王宮に引っ立てられた俺は、けれど手錠も縄も何にもない自由な姿でディスペア王宮は王の執務室へと連れられて行った。


「自分で言うのもなんだけど、不用心じゃないか?」


 俺が憲兵にそう尋ねてみても、彼らは何も答えなかったので、どうとでもなれ、と言う感じでついて言ったのだが。

 取り調べも何もなく直接に王の部屋へと通された時には流石に驚いた。

 王は豪奢な机に座っており、左右にフルフェイスの甲冑姿の兵が護衛に立っていた。


「なかなかの活躍っぷりだったようだな? おい」


 頭に王冠を乗せ、赤いマントを羽織った王様は、そのいかにもな容貌とは乖離して厳めしい口調で言った。

 俺が入室してからこっち、ディスペアの王は口の前で手を組み、こちらを値踏みするように見ている。

 王の御前だというのに、俺は相変わらずの何の枷もつけさせられていない、自由なままだった。

 両脇を憲兵に固められている以外、何の束縛もなく、平伏するようにも命じられない。

 俺は突っ立ったまま答えた。


「向こうから喧嘩を売って来たので」


「訓練所の様子は宮廷魔術師が遠隔監視している。そんなことは疾うに承知だ」

 

 何だか妙な風向きだ。

 俺はてっきり取り調べがあったり何らかの刑罰が申し付けられると思っていたのだが、そんな様子は微塵もなかった。

 王も想像していた存在と随分と雰囲気が違うし。


「率直に言うが、お前、ディスペアの兵になれ」


 王は眼光を鋭くして言った。

 

「近衛兵の募集をしているのはあの凸凹顔の若造の言った通りだ。だが、別に近衛でなくても構わん」


 凸凹顔と言うのはエルトポと呼ばれたあの男の事だろう。

 そんな会話まで筒抜けとは。

 王は一瞬左右のフルフェイスの甲冑の兵士をちらりと見て続けた。


「近衛なんてつまらんだろう。どうせ俺のいる王宮の深くになど、害意あるものなどやってこない。腕は鈍るばかりだ」


 左右の甲冑の揺れる音がかちゃりと響いた。

 王の傍に控える兵士。近衛兵とは彼らの事だろう。

 彼らは今歯噛みしているのだろうか。

 そりゃそうだろう。自分の仕事に誇りがあればこそ彼らはそこに立っているわけで、つまらんと一蹴されては立つ瀬がない。


「俺が害意あるものだとしたら?」


 俺は挑発気味に言って、両手を構えた。

 王と俺の距離はそう離れてはいない。一足で詰め寄れるほどの近さだ。

 左右の甲冑兵はすぐさま剣を抜き構えを取った。

 決して馬鹿にはできない。きちんと訓練されてるじゃないか。

 けれど、王は首を横に振って、左右の甲冑兵を諫めた。


「奴にその気はない。バタバタとするな、見苦しい」


 その視線はまっすぐに俺を穿ったままで、王は左右の兵士には一顧だにもしない。


「なぁおい、エルフのロンソ・アロンソ。俺は決して近衛を軽んじているわけじゃあない。適材適所だ。俺みたいな泰然自若な男の傍には、こいつらみたいにちょっとのことでビクビクするような臆病者がちょうどいい。こいつらは臆病だからこそ、あらゆる害意の可能性の芽を摘まもうとする。今みたいにな。俺はそれが不快で仕方がないんだが、今みたいに憎まれ口を叩くのが精いっぱいの抵抗と言うわけだ。遠ざけることも、ましてや首にすることもない。俺の憎まれ口を聞くことまで全てを含めてこいつらの仕事だ」


 王はそう言って一息軽いため息のようなものをついた。

 組まれた手で口元が見えないので、王がどのような表情で先ほどの言葉を言ったのかは分からなかった。

 けれど、『大人の仕事』の話をガキみたいなエルフの俺に言って聞かせているのだろうということは分かった。


「そういう仕事に、俺は向いてないな」


 王様相手にタメ口と言うのもどうなんだ、と一瞬思ったものの、俺は王に忠誠を誓った兵士ではないし、王様に何かを頼みに来た市民でもないし、ましてや就職活動に来た新卒エルフでもない。


「分かっているとも。だからお前にはディスペア第二騎士団団長グレイズの直属に付けても良いと思っている。元Aランク冒険者で、こいつも俺が直々にスカウトした。お前も学ぶところが多いと思う。そして将来的には第一騎士団に所属してもらいたい」


 具体的な案を出されて、一瞬俺は戸惑う。

 

「何でいきなりそんな大層な話になるんだ?」


 単に訓練所でひと暴れしただけの話だ。

 罰を受けこそすれ、仕事の話を振られるなんて思っても見なかった。


「粗削りだが、お前が強いと見込んでのことだ。何せ、年若いエルフが体術だけで大勢の人間を叩きのめしたなんて、前例のないことだしな」


 王は厳しい口調のまま言う。


「今時の戦争は軍ではなく強い個人で勝敗が決まる。凡人が百人集まったところで一人の英傑には勝てない。それが五人、六人ともなれば、凡人に出る幕などない。そういう世界だ。我がディスペアは第一騎士団と言う絶対的な守護者こそ在れど、エンパイア領の帝都に背中を脅かされ、一個の都市に過ぎない武の都アルストリアに政治の場で一定の発言権を許さざるを得なくなっている。戦争は起こしたくはないが、そうなった時、ディスペアを脅かす英傑を奴らは何人も手の内にしている。こちらも一つでも強い駒を持っておきたいというのはごく当たり前の発想だ」


 かみ砕いて言えば、他の領地であるエンパイアとか言う所とか、ディスペア領内でもアルストリアと言う都が反旗を翻したらヤバいので良い人材を集めておきたい、と言うことだろうか。

 まあ、それだけ聞けば同意できる話ではある。

 王の提案はそれはそれで魅力的ではあった。

 ディスペアの騎士団の中で研鑽を積み、他国のあるいは同じ領内でも敵対する強者と戦う。

 けれど、それでは俺の片方の目的しか達成できない。


「せっかく王様直々に声をかけてもらっておいて何なんですけど、お断りします。やっぱり、王国に兵や騎士として所属するのは、違うと思いますので」


 つい引け目を感じて丁寧語になってしまった。

 王はだいぶ譲歩した提案をしてくれたのだと思う。

 だからこそ、自由じゃないから、などと言う我儘を貫き通す自分が、酷く子供じみていて、せめて口調くらいは、と思ってしまったのだ。

 まあ、その前の口調を引きずってしまって、だいぶ怪しい丁寧語になってしまったけど。


「そう言うと思っていたがな、冒険者志望。第二騎士団じゃ多少の不自由は有れど、第一騎士団に入れば――」


「そっこまでじゃーい!」


 どばーんと王の執務室の扉、すなわち俺が今入室してきた扉が開け放たれる。

 蹴り足を上げた銀髪の童女がそこには居た。白衣に赤の袴の巫女服を着て、足には草履を履いていた。

 多分、扉を蹴って開けたのだろう。不敬罪とかに問われないのか? と、王様の方を見ると、今間の態度は何だったのかと言わんばかりに、口をあんぐり開けて、目は驚愕に見開かれている。

 今まで組んだ手で見えなかったが、口ひげが生えていた。


「姉ちゃん! まだ話し中だぞ!」


 王は急に威厳の無くなった口調で巫女服の童女に抗議の声を上げた。

 と言うか、姉ちゃんて。王は立派な中年なので、童女を姉呼ばわりするのはちょっと違和感と言うか、不思議な可笑しさがあった。

 

「うっさいわ、もうこのエルフが断ったのは聞いておったぞ。なーにが『俺みたいな泰然自若な男』じゃ。誰よりも臆病者のくせに。だったらお前は家庭教師のお姉さん離れせいよ! いつまでも姉ちゃんと呼ぶな! アルル様と呼べい!」


 急に現れた、王より遥かに偉そうな態度の童女に、王はたじたじの様子で、口ごもりながら言う。


「でもさ、姉ちゃん、そうやっていっつも良い人材を横から掻っ攫っていくのは……」


「横からではない! 今回はうちの若いのがすでに唾つけておった。それをワシがサウリ神並みの深く温かい情けで待ってやったんじゃ。感謝せいよ感謝」


 童女は王に人差し指を突きつけ、ピシャリと言った。

 

「そしてこのエルフは断った。あったりまえじゃよ。冒険者を夢見た者は鳥のようなもの。グレイスのように羽の折れた者にしか、長い王宮勤めなんぞどだい無理な話じゃ。だからこの話はこれでお終い。もうワシが貰っていくぞい」


 童女は俺の服の裾を引き、歯を見せながら笑って、親指で後ろの扉の外をクイクイと指した。

 出るぞ、と言うサインだろうか。

 外見に似合わないやたらハードボイルドな仕草だった。

 

「いいのかな?」


 俺は憲兵に連れてこられた身で、勝手に出て行ったりして大丈夫か少し心配になった。


「よいよい。ワシが許す。な?」


 王に向けて、童女が語気を強めた。

 王は返答こそないものの、諦め切った様子で、小さく頷いた。


「なら、まあ、お邪魔しました」


 何となく気まずい感じで、がっくりとうなだれた様子な王を尻目に退室することにした。

 童女だけが元気いっぱいな様子で、俺に先んじて、王に軽く手を振り出て行った。


「ああ、クソ。俺は駄目だったが、息子の嫁にしてえなぁ……」


「王、乱心召されるな。ご息女は居られましても、男子は居りますまい」


 童女の後に続いて扉を出る際、何やら怨念めいた王の声と、それをたしなめるような、くぐもった声が聞こえてきた。

 くぐもっているのは甲冑越しだからだろうか。だとしたら近衛兵の声で、案外仲いいじゃないかあいつら、と思った。


 やって来る時は憲兵付きだったが、憲兵は王の執務室に残ったままで、今は先を歩く童女の後に続く形になる。


「ところで」


 くるりと童女がこちらを向き、にっこりと笑った。


「ワシは猫耳族のアルル。アイリスから聞いておるか? 今、奴らの指導をしとるSランク冒険者じゃ。とりあえずヌシを儂の拠点に連れて行こうと思うが、異存ないな?」


 ああ、さっき若いのが唾とか言ってたから、そうだとは思ったが。

 やっぱりこの童女――アルルがアイリスの師だったのか。

 猫耳族、と言う割には人間の耳が生えているし、頭頂部には動物の耳は付いていない。

 俺がちらりと頭頂部を見たのが目についたのか、童女は仕方がない、と言う感じで目を細めた。

 そしてぼんやりと人間の耳が消え、やがて頭頂部に猫の耳が生えた。


「簡単な人化の術なんじゃがな―。猫耳をこうやって頭に露出してるの、弱点晒してるようでワシ好きくないんじゃよ」


 そう言って動物の耳を引っ込め、再度人間の耳が現れた。


「いや、別に疑ってたわけじゃないんだけど、それよりもよくここが分かったな」


 アイリスが言うには訓練所に居ればってことだったけど。


「あの有様を見たらディスペア王がスカウトに走ると分かっておったからの。まあ、奴が直接やり取りするってので顔を立てて、ヌシが断るまで待ってやっていたと、そういうわけじゃ」


「王の家庭教師をしてたって話だけど、それも冒険者の仕事として?」


 王の家庭教師は重大な役目だ。一国の王――その頃は王子だろうか――に教育を施すなんて、国の進退に直接影響を及ぼす事だ。それを冒険者が、しかも童女の姿の彼女がしていたというのはかなり驚かされた事実ではあった。

 いや、けれど、今更外見年齢の事や実年齢のことは問うまい。

 多分事情があってこの姿なのだろう。


「おう、奴が幼少のみぎりにちょいと面倒を見てたというだけの話よ。冒険者として名が売れるとこういう話が回って来るのも珍しくない。ま、やるも断るも自由じゃがの」


 それよりも、とアルルは言う。


「最初の返事をもらっておらんのじゃが」


 ああ、異存ないかって聞かれたもんな。

 異存無さ過ぎて忘れてた。


「もちろん異存ない。冒険者志望って言っても、正直何のとっかかりもなかったから助かる」


「あと名前、聞いておらんぞ。お小言は拠点に戻ってからしようと思っとたんじゃがのー」


 お小言があるのかよ。

 でも名前を名乗っていなかったのは確かに俺が不作法だった。

 話を聞いている素振りがあったから、今更と思いスルーしてしまったが、やはり礼儀は大事だ。


「ロンソ・アロンソ。アロンソ村の孤児エルフ。年齢は青年期に入ったばかり」


 俺が名乗ると、アルルは満足げに頷いた。


「うむ。ロンソ・アロンソ。よい名じゃ。大事にせいよ」


 なぜか俺の腰のあたりを、嬉しそうにバシリと叩いて、アルルは言った。

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