七話 ディスペアに到着早々、変な女に絡まれる
翌朝、俺はいてもたってもいられずに朝一でテレポート屋へと向かった。
「他にお客さんもいないし、もう飛んでも良いよ」
と、中年女性エルフの魔術師が言った。
けれど、転移の際には俺以外にもう一人のエルフが鎧を身に着け帯剣した旅姿で一緒にディスペアへ飛んでいくとのことで不思議に思っていたら、
「私は魔術師殿がまたここへ戻ってくるまでの護衛です」
鎧を付けたエルフがそう言った。
何もないこの場所に魔法陣を描き、ディスペアの転移石に飛ぶ、と言う術式を行うようだが、戻ってくるときは同じようにはいかない。
あいにくエルフの国には転移石がないのだ。
そのため、ディスペアに一方的に飛ぶことはできるが戻ることはできない。
魔術師と鎧姿のエルフは一度ディスペアに飛んだあと、転移石を使い人間国とエルフの国の境界まで飛び、そこから船に乗り、この街まで戻るらしい。
「まあ、だいたい三日程の旅です。私の足代もテレポート代に含まれてますので悪しからず」
爽やかにほほ笑むエルフと共に魔法陣に乗り、魔術師が魔術を行使した。
瞬きをする間に、俺は雑踏の中に居た。
背後には巨大なクリスタル構造をした転移石があり、目の前には先ほどの街とは異なるエルフ、亜人種の雑踏ではなく人間の雑踏があった。
「ほいじゃ、我らはここで」
魔術師が転移石に触れると、鎧姿のエルフと共に光の粒子となって消えた。
「ここが王都ディスペアか……!」
800年前は小国に過ぎなかったが、今では人間国最大国家と呼ばれているようだ。
俺の前世、ヴァンパイアロードはこの国が輩出した勇者に滅ぼされたようだが、800年前の恨みつらみを言っても仕方がない。
そんなことよりも、俺は立ち並ぶ建造物のでかさに圧倒されていた。
「すっげえ、何階建てだ? あの建物……ビル街かよ……」
前々世地球に居た頃、生まれ育った田舎から初めて都心に出て行ったような、そんな気分で辺りを見回していると、案の定くつくつと忍び笑いが聞こえてきた。
「田舎エルフか。珍しい」
その方向を見ると、長い黒髪をした齢18ほどに見える女性が手で口元を抑えていた。
軽装だが、ショートソードと青銅のラウンドシールドを一纏めにして背にしており、一見して剣士と分かるいでたち。
それが顔を赤くして笑いをこらえている様子でこちらを見ていた。
「いや、すまない。私も田舎から出てきた時はそんな感じだったのだろうな、と思うとおかしくてつい」
そう言いながら自分の黒髪に触った。
確かに、往来の人たちは金髪ばかりで、黒髪の人と言うのは彼女おいて他にはいない。
彼女にとっての田舎の象徴と言うのがそれなのだろう。
「別にいいけど……」
自分の身を顧みて、はたから見てればそりゃ笑うだろうなと思っていた所ではあった。
むしろ他の人のスルースキルが凄い。きっと他は都会人ばかりで俺みたいなお上りさんは見慣れてるんだろうな。
「私はアイリス・リー。師の元で修業中の身だ。他に約束がなければ朝食でも奢ろうか?」
アイリスと名乗った彼女は握手を求める様に右手を差し出してきた。
こうして並んでみると、身長はだいたい俺と同じくらいで、人間の女性にしては高い方だ。
「俺はロンソ・アロンソ。ただの田舎エルフだ。奢ってもらえるなら喜んで」
俺はその手を握り返して――彼女がある悪戯を仕掛けてきていることに気が付いた。
アイリスが握ったその手のひらから魔力を放出し、俺に攻撃をしている。
握力勝負の魔力バージョンのようなものだ。
「おい」
最小限の魔力で応戦しながら目で抗議したが、彼女は全く意に介していないようで、
「ふふん」
笑われてさらに彼女の魔力が強くなる。
困ったことになったと思った。全力を出したら彼女の手を壊してしまう。
この往来でいきなり女性の手が爆発したとなったら問題も大問題だろう。
かと言って、彼女の魔力は手加減しているとこちらが痛みでギプアップしそうなくらいは強い。
「ちょっと本気出すぞ」
最悪手がなくなる恐れがある、とまでは言えなかったが、俺は予めそう宣言しておくことにした。
それでもアイリスは余裕そうな表情だった。
「いいとも。けれど、そう言って私に勝てた者は……そうだなあ、16人くらいしかいないぞ」
「割と多いな!」
「強い人ばかりで時々嫌になるよ。全く」
俺の突っ込みにシニカルに笑うアイリスだったが、目が笑っていなかった。
「そうか……」
少しだけ同意できてしまって一瞬場が湿っぽくはなったが、それはさておいて。
本気を出す、と宣言したからにはアイリスには多少痛い思いをしてもらうことにする。
徐々に出力を上げていく。暴発したら即監獄、と言うことを抜きにすれば良いトレーニングにはなる。
「んん?」
違和感を覚えたようで、アイリスが不思議そうに眉をしかめた。
彼女には悪いが、俺の勝ちは確定していて、これは相手を壊さないように、けれどぎりぎりを攻めるというトレーニングになってしまっている。
田舎から出てきたばかりの年若いエルフでは持ちえない莫大な魔力が俺にはあるのだ。
「これは参ったな。まんまと負けそうじゃないか」
アイリスは冷静なままの口調で言った。
「降参してもいいぞ」
出力はだいたい三割くらい。拳に乗せられる最大魔力量に対して三割と言う意味で、俺の中にある魔力量のそれとは異なりややこしいのだけど。
そしてこの三割と言うのは、感覚的にこれだけ魔力を乗せればリザードマンが一撃で倒せる、と言うくらい。
試していないだけでもう少し強い魔物も倒せるかもしれないが、サンプルがないからな。
今の感覚を維持して魔物と戦ってみるという方針も出来た。
もう終わりで良いだろう。若干出力を落としたその時、
「いいや、ロンソ。私も本気を出すぞ」
一瞬緩んだ隙間に差し込むような、濁流のような魔力がアイリスの右手から迸っていた。
ジーンと痺れたような感覚を一瞬覚えたが、反射的にこちらも魔力の出力を3割に戻して対応し、また徐々に上げていく。
バチバチと火花すら散りそうな魔力の押し合いが始まった。
「天下の往来で一体俺たちは何をやっているんだろう?」
ディスペアに来て早々のこの珍事に、俺は思ったことをそのまま口に出していた。
「意地の張り合い――じゃないな、私が一方的に意地を張っているだけか」
アイリスの口調は冷静さを保っていたが、額からは一筋の汗が流れていた。
「ふむん、きみ、まだ上があるんだろう?」
「まあ、もうちょっとくらいは」
俺はそうは言ったが、実際には今の三倍くらいの魔力放出が出来る。
「分かったよ。むう、エルフに勝ったとミリアルに自慢したかったんだがな。私の負けだ」
瞬間、アイリスが魔力放出を0にしたので俺の魔力停止が間に合わず、俺の右手の魔力放出を彼女はもろに受けてしまうことになった。
「んぎっ!」
アイリスは変な声を上げて右手をぶんぶんと振った。
だけど良かった。爆発していなかった。
「大丈夫か?」
俺はそう声をかけたが、しばらくの間アイリスは左手で俺を制止しながら右手を震わせていた。
長い黒髪に隠れてその表情は分からなかったが、右手の痛みは自分の仕掛けた悪戯が発端なのだから黙って受け入れようとしているのだろう。
そうする義理も考えてみればなかったのだが、俺はアイリスが顔を上げるまで待った。
しばらくして、アイリスが左腕で髪をかき上げてこちらを見た。
「きみ、やるなぁ。約束通り朝食を奢ろう。近くに良い店があるんだ。迷惑料代わりにたらふく食ってくれ」
「いや、朝食奢りはありがたいけど」
俺はちらりとアイリスの未だに痙攣を続けるちらりと右手を見た。
「右手かい? 気にするなよ。私は両利きだから、朝食食べるのには何の支障もないからな」
平気そうな顔でそう言って、アイリスは近くの朝からやっているという料理屋へと俺を連れて行った。
地名、人名など過去に書いた作品から持ってきていることもありますが、あくまでも別作品です。
この作品は、その作品の書き直しと言う面もありますので。
それで言うと、書き直しという面から、一人か二人そのまんまの役割で出てくる人物もいますが、別作品ですので、あくまでも彼らは神喰エルフの登場人物です。
上記のこと、よろしくお願いします。
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