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六話 タリスマンとルーン


 8万エギルと言う大金を手にした俺はとりあえず服屋で布の服を三着ほどまとめて買った。

 動きやすそうなものを適当に見繕って、ついでに道具の収納袋も売っていたので数枚購入し、合計3千エギルだった。

 

「ありがとうございましたー」


 と言う亜人種の店員の声を背に受けながら、外へと出た。

 ボロボロの布の服は処分してもらい、新品の者に着替えたので気分がいい。


「さて、次はスクロールか……」


 あたりをざっと見渡すと、魔法屋の看板が目に入った。

 

「肉は肉屋、服は服屋、魔法は魔法屋と分かりやすくていいね」


 俺がぼやきながらそちらに向かおうとすると、ふと、魔法屋の前に立つ露店が目に入った。

 威勢よく呼び込みの声をかける風でもなく、ローブを被った女が売り物を台に乗せて座っているだけの露店。

 多分、魔法屋に用がある人間の目に入るような位置にあるので、呼び込みなど必要ないということなのだろう。


「見てく?」


 俺の視線に気づいた女が、小さな声で聞いてきた。


「その緑の石って何?」


 俺は売り物を指して聞き返した。

 他にも儀式用のナイフや薬草の類が並んでいたが、俺の目を引いたのはエメラルドのようなその石だった。


「これは『力の護石』。身に着けているだけで筋力が上がるタリスマン」


 やはり小さな声で商品の説明だけをする女。

 今の俺にうってつけのアクセサリだった。


「それ買った。いくら?」


 勢い込んで言う俺に、女は薄く笑った。


「3千エギル。ただしタリスマンをネックレスにするのにもう2千エギルで合計5千エギル」


 女は右手にチャラチャラと鎖をもてあそびながら、左の手のひらをすっと上げて5を示した。


「5千か……」


 高いような気もするし、ちょうどいいような気もする。

 適正価格が分からないのが露店の悩ましいところだ。

 ただ、勢いとは言え買った、と言ってしまった手前、おとなしく5千エギルを支払った。

 すると女は少し驚いたような風に目を丸くした。


「加工賃、嫌がる人が多いのに」


 ぼそりと呟くように言って、エギル銀貨を一枚俺に返してきた。


「少しおまけしとく。すぐに済ませるから」


 女は両手に鎖とタリスマンを持ち、それらを合わせるように手を合わせて包み込む。

 手のひらの中で光がぽうと一瞬灯る。


「出来た」


 そう言って手を開き、両手を俺に差し出すように向けてきたその上には、ネックレスに加工された緑のタリスマンがあった。


「なんかよく分からないけど、おまけまでしてもらってありがとう」


 礼を言ってそれを受け取って身に着けると、タリスマンがちょうど胸の高さになるよう鎖の長さが調整されていて、なるほどこれが加工かと思わされた。

 次いで効果はと言うと、現在の筋力に対して数パーセント分、筋力にボーナス、と言うものだった。

 効果はかなり高い部類に入るが、現在の俺の筋力が低いのであまり恩恵がないとも言えたが、それでも持っておくに越したことは無い。少なくとも値段分以上の価値はあるし。

 俺は満足げに頷く女に会釈をして、魔法屋へ入った。

 

「いらっしゃいませー」


 と、声をかけてきたのは恐らくはこの店の店主であろう女性で、さっきの女の頭頂部に犬の耳を生やしたような瓜二つの顔をしていた。


「え?」


 俺はその異様さに思わず面食らう。あるべき場所に耳がない、と言うのは多分この女店主が獣人族であるということで、この街では散々亜人種を見てきているので驚くに値しない。

 先ほど別れた顔と扉を抜けて再度会うというのはひどく奇妙な体験だった。


「ああ、表の露店、妹がやってるんですよ。不愛想な子でしょ? でも売り物は良いもの揃えてるから帰りにちょっと覗いていって下さい」


 女店主はカラカラ笑いながら言った。

 

「もうタリスマンを買った」


 俺が胸の緑の石を女店主に見せると、彼女は感心したように頷き、


「お客さん、良い買い物しましたね。それは掘り出し物ですよ。最近じゃエルフの剣士も珍しくないし。ただ、お客さんはもっと食べて肉付けた方がいいと思うけど」


「それは俺自身痛いほど分かってるよ」


 前々世の地球で格闘家をしていた頃はいくら食べても太れない体質で苦労したが、今生はどうだろうか。

 少なくともしばらくの間は金に困ることは無さそうだし、食べて太って筋肉をつけたい。

 あと、俺がなりたいのは剣を使う前衛ではなく、拳で戦う前衛なんだけど、その違いを一々確かめていてはきりがないのでスルーした。


「とりあえず<ストレンジアップ>のスクロールが欲しいんだけど」


「へえ、また珍しい物を。在庫あったかなー。お客さん多分田舎から出たてのエルフでしょ? <ファイアボルト>か<ライトニングボルト>くらい覚えておいて損ないですよ。これらは専門魔導士の適正がなくても魔力があれば覚えられますし」


 女店主は在庫をごそごそと調べながら販促を仕掛けてくる。

 と言うか田舎から出たてって一発で分かるんだな。商売やってるとそういうのも分かるんだろう。

 ちなみに、専門術師とは例えば火の高等魔術<フレイムストーム>を覚えられる火炎魔導士であったり、初歩の回復呪文<ヒール>からして適性がなくては覚えられない白魔導士などがある。

 それらは魔導士の師の元で修業を積んでようやくなれるものから、生まれた時から適性があるものなど様々だが、俺は誰かに魔術適性など見てもらったことは無いから、適性があるのかどうかも分からない。

 <ストレンジアップ>は付与魔導士の適性がなくても覚えられる物だったはずだ。800年前、俺がヴァンパイアだった頃と変わっていなければだが、女店主に止められなかったことから、多分適正関係なく覚えられはするのだろう。効果の多寡はあるのだろうけど。


「あった、ありましたよ、お客さん」


 勢い込んでスクロールを抱え持ってくる。

 一本で良いはずなのに、なぜか二本抱えている。


「これが<ストレンジアップ>でこっちが<ファイアボルト>」


「あ、もう<ファイアボルト>買うのは決定なんですか」


 別に覚えておいて損がないというのは確かだし、買ってもいいのだけど。

 初歩魔術なだけあって安いし。と言ってもロングソードを一振り買うよりは高いけれど、剣は必要ないので、お試しで買うのは有りといった感じだった。


「それと、<ストレンジアップ>のスクロールも良いんだけど、最近『ルーンタロット』って言う新しい魔法技術もありましてね。あれとかどうですか、<身体強化のルーン>」


 女店主はガラスケースに入った二角の文字が刻まれたカードを指した。


「<身体強化のルーン>は魔力を込めて体に文字を刻むだけで身体強化が可能な魔術です。適性のない者が使う<ストレンジアップ>よりもはるかに効果も高いし、持続時間も長いんですよ」


「でも高いんだろう?」


 出始めの魔法技術というのは高いと相場が決まっている。

 それに既存の物より効果が高いとなればいくらになるか分かったものではない。

 すると女店主は、表の露店の妹と同じように5本の指を見せた。


「5万エギルです。いや、分かってます。田舎から出たてのお客さんにそんなお金がないってことは。でもあれを目標にして頑張ってほしいって言う激励ですよこれは」


 ニコニコと捲し立てる女店主。

 なるほど、将来的にも客になれと。商魂たくましい獣人もいたものだと感心してしまった。

 けれど俺はこの街を拠点にするつもりはなく、明日にはディスペアへ行くつもりだ。

 俺はエギル金貨を何枚か手の中でもてあそんだ。


「それ買った。もちろん<ストレンジアップ>と<ファイアボルト>のスクロールも買う」


 女店主が虚を突かれるような顔をしたので、俺はしてやったりと言う気分になった。

 ただ、会計を済ませ、街の西側の方の宿を取って、今生で初めてのベッドだと言うのにその感慨はなく、


「肉で得た金なんてあぶく銭だからとっとと使って正解なんだよ」


 と、襲い来る後悔と寝る寸前まで戦う羽目になったのだった。

 残り約1万5千エギル。十分あると言えば有るのだが、一瞬で5万エギルプラス2つのスクロール代が消えたのは金銭感覚的にまずいことなのでは、と思う気持ちを抑えつけた。

 実際スクロールもルーンタロットも夕方に宿の部屋で使用したが、十分代金に見合う効果があった。<ファイアボルト>は流石に試せなかったので、明日にでも訓練所で試すか、ディスペアに訓練所がなければ、適当な魔物相手に撃ってみればいい話だ。

 テレポート屋の代金はもう前払いで支払ってある。明日の朝一にディスペアに行って、訓練所やら冒険者のなり方など、調べることはたくさんある。

 するべきことを考えていたら、いつの間にか後悔は消えていて、いつしか俺はまどろみの中へと落ちて行ったのだった。

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