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五話 初めて見る街


 その後、森から出て街にたどり着くまで、計3回の戦闘があったが、<レベルドレイン>の使用は控えた。

 相手がリザードマンよりなお弱いゴブリンやマッドドッグだったせいもあるが、それよりも最小の魔力消費で相手を倒す方法を試すのに注力した。

 そもそも、魔力の乗っていない俺の拳打はゴブリン相手にすらダメージが与えられないほどだ。

 かと言って必要だろうと思った分魔力を乗せると、ハイリザードマンを倒した時のようにオーバーキルもいいところな結果になってしまう。

 <レベルドレイン>ほどではないにしろ、その魔力消費も馬鹿にならない。莫大な魔力があっても、使い切ってしまえば俺は弱いエルフなのだ。効率よく長く戦うためにも、ここぞという時に強い一撃を放つためにも、匙加減は覚えておいて損は無い。

 けれど、魔力消費とダメージの兼ね合いがしっくりと来たのは、三回殴って一回くらいの割合だった。


「これはもう実践を重ねるしかないかぁ……」


 街の門が見えてくるころには、すっかり日が昇っていた。気が付いたら夜通し歩いてたのか。

 あまり疲れを感じていないのは、神の肉を喰って多少強くなったせいだろうか。

 ただ、魔力回復のためにも少し休みたいところではあった。

 俺が街の門へと近づくと、鎖帷子のチュニックを着たエルフの番兵がこちらをちらりと見た。

 

「やあ、イルミナの街へようこそ。何の用かな?」


 語尾に子供を和ませるような、そんな調子を含みながら番兵は言った。

 背丈は標準な筈だが、やせっぽっちだからか、顔つきが幼いのか、俺はやたらと子ども扱いされてるような気がするな。


「売りたいものがある。それに服とスクロールを買いたい。ディスペアへの転移石があったらそれも使いたい」


 この世界には転移石と言う一瞬で数百里以上の距離を移動できるポータルが存在する。

 世界地図でこの場所がどのあたりにあるかは分からないが、転移石さえあれば一瞬でディスペアまで行けるというわけだ。

 服もボロボロの布の服ではあんまりみっともないし、新しいものを買ってしまおうという魂胆だ。

 それらを合わせると多分、肉を売ったお金は尽きるだろう。

 正直に言えば宿を取りたいところだが、まあ、馬小屋の軒先で寝るのは慣れている。


「売りたいもの?」


 と、番兵は首を傾げた。


「美味い肉」


 と、俺は短く答えた。


「ふむ。エルフの里から出てきたばかりと言った感じか? それなら中央通りのオーレンさんの精肉店に行くと良い。卸売市場は遠いし、時間的にもう閉まってるから、店に直接行った方が早い。中央通りなら服もスクロールの店も一通りあるから。ただ、ここエルフの国『イズ―』には人間国に通じる転移石は無いんだ。どうしてもって言うなら、一方通行になるけど、テレポート屋を使うと良い。西の通りにあるから」


 子ども扱い染みてはいたものの、番兵は親切に教えてくれた。

 俺は礼を言って門から街の中へと入った。

 

「うわぁ……!」


 イルミナの街の中は全くエルフの里とは異次元と言った感じだった。

 エルフ、獣の耳を付けた亜人種などでごった返し、騒々しいくらいの賑わいを見せていた。

 人々の顔には笑顔があり、活気に満ちている。

 いつも灰色がかったようなエルフの里とは大違いだった。

 前世、前々世で人の街はよく見ていたが、今生で見るのは初めてだったので、その光景にしばし見とれる。


「おや、エルフのあんちゃん、リンゴはいかが? 30エギルだよ」


 門の前で突っ立っていると、露店で果物を売っていたおばあさんに声をかけられた。

 倒した魔物が持っていた小銭が合わせて60エギルあったので、そのまま購入した。

 そしてしゃくしゃくと瑞々しいリンゴを齧りながら中央通りを目指した。

 多分まっすぐ歩けば着くだろう。何と言っても中央通りとか言うくらいだし。


「ゴブリンのお守り、掘り出し物だよ!」


「サウリ教の聖水をお求めください……!」


「さあさあ見てくれこのナイフの切れ味!」


 道行に、様々な商売熱心な声が聞こえてきたが、それらは辞去するほかなかった。

 何せ残り30エギルしかない。というかそもそもあんまり欲しくないものばかりだったけど。

 ちなみにサウリ教は世界宗教ではあるものの、何十人といる指導者によって宗派が異なっており、場合によってはひどくぼったくられる羽目になるらしい。

 聖水を配布するエルフの女性は美人だったが、ほいほい着いていくと痛い目を見るに違いない。

 そんな中歩いていると、エルフ特有の長い耳に似合わない、豪快な髭を生やした中年と言った感じの男性に声をかけられる。


「おう、エルフの兄ちゃん、菜食主義じゃなかったら見てってくれよ!」


 そう俺に声をかけたのはオーレン精肉店の看板を掲げた店の店主で、目的地にたどり着いたのだと気が付いた。

 里では動物を狩っていたくらいだから、周りを含めて菜食主義とは無縁なんだけど、どこかにはそんなエルフが未だに居るのかもしれない。

 けれど、まあ、そんなことはどうでもよくて、俺は肉を売りに来たのだ。

 俺は店内へと入った。


「すいません。これを売りたいんだけど」


 肉を包んだ布を店主の前で広げて見せる。

 鮮やかに艶々と光るピンクの肉の塊。一晩経ったのに鮮度はまるで落ちていないように見える。

 ただし、ネイアが言っていたように、この肉にはもう神性は宿っておらず、前々世体験はもうできないだろう。ただただ美味しいだけのお肉だ。


「うん? なんの肉だろうな」


 一見するとピンクのゼラチン質の塊のようにも見えたかもしれない――ちなみにこの世界にもある川魚を煮込んでゼリー状の煮凝りにする料理があるのだ――ので、動物の肉とはとっさには分からなかったかもしれない。


「麒麟の肉です」


 俺が正直に答えると、店主は目を丸くした。


「へえ、あんたがネイアちゃんの言ってたエルフの青年か。子どものおつかいかと思った」


「もう俺は青年期のエルフだよ。なんでみんな子ども扱いするかな……それで、ネイアがここに来たのか?」


 俺が不満を漏らしながら聞くと、店主は宥めもせずに言う。


「ネイアちゃんが昨日遅くにやって来て、麒麟の肉を売りに来る奴がいるから買い取ってくれって言われててな。お前、神様の肉なんて他所で言ったら問題になるぞ。俺だってネイアちゃんに予め言って貰ってなかったら憲兵に通報してたかもしれねえ」


 確かに、麒麟殺しはエルフの里に凶作をもたらす行為だ。

 それを憲兵に咎められたら、俺自身がなにがしかの罰を喰らう可能性だって十分にあったのだ。

 そう考えると俺は軽率だったし、ネイアが予め店主に説明してくれていたのは助かった。


「……気を付けるよ」


 俺は短く言った。


「なんだなんだ、拗ねるなよ。代金は弾むからさ」


 店主は数枚のエギル金貨を肉と引き換えに俺に渡してきた。


「8万エギルだ。悪く思わないでもらいたいんだが、一般の客にゃ売れないから好事家に引き取ってもらうからな。その手間賃も引いてある」


「え……」


「不満か?」


「いやいやいや、十分すぎるくらいなんだけど、貰えるんならもらう」


 はっきり言って銀貨数枚くらいかと思っていた。

 手間賃まで引いたうえでなお、想像の20倍くらい高かった。

 めちゃくちゃ美味い肉だったけれど、これほどの価値があるとは。


「そんなら良かった。ネイアちゃんに会ったら宜しく伝えておいてくれ」


「俺も会えるか分からないけど。……ネイアって冒険者なんですよね?」


「何してるかは知らんが、時々珍しい物卸しに来るな。あ、お前もそれ関係か? だったら売り先に困った肉があったらうちに持って来いよ。何とかしてやるから」


 店主は胸をどんと叩いて笑った。

 しかし肉とは何だか幅が狭いような広いような。


「うん。機会があったらお願いします」


 俺は少し笑いそうになりながら答えて、店を出た。

 厳しいことも言われたが、なかなか気のよさそうな店主ではあった。

 冒険者になったらまたここで肉を売りに来るのも悪くない、と思った。

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