十四話 明日のクエスト
ディスペア近くのアルルの拠点へと戻ったのは夕暮れを過ぎた頃だった。
洋裁都市カガリでホワイトファングの毛皮の引き取り手を探したのだが、アイリスのお気に召す代金を支払ってくれる店がなく、そのまんま持ち帰ってきて、この時間になってしまったのだ。
「ヌシら、遅かったのう」
俺たち三人を、不満そうな顔のアルルが出迎えた。
その姿はまるっきり巫女服の童女が拗ねているようなものに見える。
Sランク冒険者と言う威厳には欠けていた。
「なんじゃヌシ、ニヤニヤしおって。まあ座れ、茶でも入れてやろう。成果を聞くのはその後じゃな」
ニヤニヤしている、と言う指摘を受けて、思わず顔に手を当てる。
いや、多分ニヤニヤなんてしてないぞ。めちゃくちゃに疲れてるし、そんな余裕はない。
「師匠、毛皮の卸先を教えてください」
昨日と同じ席にどっかりと座りながら、アイリスは聞いた。
席とか決まってるのだろうか。とりあえず俺も昨日と同じ席に座ることにした。
「ん~? 毛皮? カガリじゃ売れんかったのか?」
多分お茶なのだろうけど、粉末状の何かを素焼きの茶器に入れながら、アルルは聞き返した。
「ホワイトファングの毛皮なんですけど、3000エギルを超えなくて。一人頭1000エギルは欲しいところでしょう?」
「ドロップ品を売った金もワシが上前を撥ねると言っとろうが。まずは物を見せい」
アルルはそう言いつつも茶器に湯をかける作業を止めようとはしない。
ちなみにだが、この世界にも和風の国が存在しているが、どうも中国との垣根が曖昧な、和風と言うよりはアジア風と言った国である。
実際、今アルルがいれているお茶は地球のそれで言ったら、中国茶を入れる作法に則っている。
多分、その和風ないしアジア風の国である、東の国『パイロン』から仕入れたものだと思われる。
そしてそのパイロン出身であると思しき黒髪のアイリスは、三体のホワイトファングから剥ぎ取った毛皮をアルルに見せに行った。
「これなんですけど、どうでしょう?」
上前を撥ねるという言葉には何の反応もせずに、アイリスが尋ねた。
「いいのかな? 上前撥ねるとか言われてるけど」
と、隣に座るミリアルに小声で尋ねた。
何故か値段にこだわっていたアイリスだったが、こっそり売るという選択肢は無かったのだろうか。
「いいんですよ」
ミリアルはにこりと笑いながら答えた。
俺がいまいち腑に落ちない心地で、ドロップ品を見せるアイリスと、その品定めするアルルを眺めていると、やがてアルルは頷いた。
「うむ。これなら、明日お前らがクエストに行った後、ワシが直で売って来よう。一人頭1200エギルくらいにはなると思う」
当初の予定よりも高い金額を提示された。
「ほら、こうなるでしょう?」
ミリアルが悪戯が成功した子どもみたいな笑顔で言った。
「余計なこと言わなくて良かったよ」
俺は肩をすくめて見せて、答えた。
普通に考えて、3000エギルで売れなかった物を3600にして尚、その余剰金を取るなんて、どんなコネクションを持っていたとしても無理だろう。
仮に上前をはねたところで、当初の予定よりも高く、かつアルル自ら売りに行ってくれるというのだから、逆に手間賃を払わねばならないくらいだ。
「ああ、そっか」
手間賃、で気付いた。
Sランク冒険者と言うくらいだから、俺たち冒険者未満が持ち込むものなど、アルルにとっては微々たる金額にしかならないのだ。
だから彼女は上前を撥ねると嘯いてはいても、実際にはそうしてはいないような気がした。
ミリアルもそれを感じているから、アルルに報告するに先んじてホワイトファングの毛皮を売り払おうとするアイリスを止めなかったし、かと言ってこうしてアルルに見せるのも止めなかったのだ。
多分、上前を撥ねるなどと言ってるのは彼女の悪ノリに過ぎないのだろう。
彼女にとってこれは手間賃にすらなっていないのだ。
アルルがそれで私腹を肥やす、と言う地点まで、俺たちはたどり着いてはいないのだ。
「早く冒険者になりたい……」
俺のそれは、アルルを見返してやりたい、と言う気持ちから出たものだったが、
「ええ、そうですね」
柔らかく同意するミリアルの中には、恩返しをしたい、と言う気持ちがきっと含まれていた。
ミリアルがアルルの元へきてどれくらいになるのかは知らないが、そう感じるくらいには、彼女の世話になっているのだろう。
「よぅし、茶が入ったぞ。ある薬師から譲ってもらった魔力回復を促進させる効果がある薬を混ぜてある」
陶磁のような湯呑がそれぞれに配られる。
薬が混ぜてある、と言われて身構えたが、見た目と香りは温かい烏龍茶のようなもので、危険な感じはしなかった。
一度口にしてみると、予想外にミントティーのような薄荷の香りが鼻を突いたが、それ以外はごく普通のお茶だった。
「結局のところ、魔力回復には時間経過と休息が一番早くて安くつく。疲れを取るようなものじゃ。割合回復のマジックポーションはオーダーメイドでどうしても高くなるからの」
俺は固定値回復のマジックポーションではまるで追いつかない魔力量を持っていて、案の定割合回復のマジックポーションが欲しくなるような展開になったが、アルルの言葉は俺だけに向けたものではないのだろう。
冒険者としての経験値を、俺たち三人にそれとなく伝えているような感じがした。
そしてアイリスを中心に、俺たちは今日あったクエストの報告を、アルルに行った。
アルルにクエスト目標である日蔭草を渡すと、これまたアルルが明日冒険者ギルドなるところに行って成功報酬と取り換えてきてくれるらしい。
どうやら一人頭150エギル程度の報酬が支払われるらしい。その多寡は俺には知りようもなかったが、アイリスの、
「Fランククエストはやはりしょっぱい」
と言う言葉からそれが安いものであるということは察せられた。
ホワイトファングの毛皮を売る代金も含めて、ドロップ品だけでその十倍はあるのだから、やはりフリーランククエストと言うのは、目的を達成するだけではそれ相応の報酬しかもらえないらしい。
そしてアルルの極秘クエストの報酬は特にない。単純にクエストでの方針を定めるためだけに設定したようだ。
「では、明日のクエストじゃが」
アルルは今日のクエスト報告が一通り終わるなり、話を始めた。
「ロンソにはいきなりで悪いが、明日のクエストはかなりの危険を伴う。ホワイトファングを三体<レベルドレイン>出来たのは僥倖であった。<獣化>スキルが使えんのは勿体無かったが、いずれ役に立つ日が来んとも限らん。必要な時だけ吸血鬼化、とかな」
俺の中の吸血鬼の素養を見抜いてか、アルルはそんなことを言った。
「いや、吸血鬼だけは、ちょっとな」
俺は曖昧に否定的なニュアンスで視線を落とした。
俺の中には何となく吸血鬼化と言うものに忌避感があるのだ。
深く突っ込まれても答えようのないものなので、曖昧にならざるを得ない。
「うむ……そっかぁ……」
アルルもまた、何故か残念そうに視線を落とした。
けれど、アルルのそれは一瞬だけで、すぐさま視線を戻して話を再開する。
「ならばそれも良し、じゃ。ともあれ、アイリスとミリアルには、明日のクエストに焦点を合わせて行動させてきた。基本的には護衛クエストになる。そういう名目で脅威度Dランクダンジョン『アドネイの迷宮』に潜ってもらう。行って帰ってきて、で約三日の行程になる予定じゃ」
「三日間?」
俺は内心慌てた。急に言われても、旅の準備なんて全然できていない。
「ロンソの旅支度は一通りワシが今日手配した。携帯食糧やらなんやら、後で渡すので忘れんように」
「そりゃ、助かる。ありがとう」
「で、護衛クエストってことは護衛対象がいるということですね? 脅威度Dランクダンジョンで、冒険者でもない私たち三人が護衛するわけですか」
俺の礼にかぶさるような勢いで、アイリスが言った。
ランク付き、ということはそれ相応の危険のあるダンジョンなのだろう。
自信がないわけではないが、送り出す方としては気が進まない案件ではないだろうか。
「護衛と言えば護衛じゃが」
アルルはそこでいったん考えるように鼻先をかいた。
「ヌシ、冒険者証には種族に定められたステータスの限界値が大きく上がる護符のような効果があるというのは知っておるな?」
アルルは俺に確かめるように聞いてきた。
「ああ、今日ミリアルから聞いたばっかりだけど」
「なんじゃ、やはりネイアはそんなことも言わんかったのか。それが目的で冒険者になる奴も結構おるんじゃがの」
「ネイアからは殆ど何にも聞いてないんだよ」
アロンソ村近くの森で出会った、あの冒険者のダークエルフからは、冒険者の具体的な話など一切聞いてはいなかった。
彼女のランクがアルルと同じ最高峰のSランクであるということも、ディスペアに来てアイリスから聞いて初めて分かったくらいだ。
冒険者に纏わることを、彼女は殆ど教えてはくれなかった。
自由で在れる、と言うこと以外は。けれど、ずっと不自由だった俺にとって、これが一番大事なことだった。
「ともあれ、じゃ。種族の限界値というのは実際には決まった数字ではない。稀に冒険者証を持たぬのに規格外に強い者もおる。ディスペアの第一騎士団の連中や、武の都アルストリアで達人、と呼ばれる連中がそうじゃ。先天的に強いのか、はたまた後天的に強いのか、それすら様々。ひるがえって、冒険者証をもって劇的に強くなる奴もいれば、さほど伸びん奴もおる。冒険者証は破格の効力を持つが、適切に自分を鍛えねばならん。では適切に自分を鍛え上げた人間種がどういったものであるか――」
そこでアルルは一度言葉を切って、
「明日からのクエストの護衛対象者は、確かに筋力ではアイリスの方が上だろう。魔術ではミリアルの足元にも及ばん。頑丈さにおいてもホワイトファング三匹分と言う下駄をはいたエルフのロンソに劣る。けれど、強さで言うのであれば、誰一人として冒険者ではない四人の中で、奴が一番強い」
一番強い、と言う言葉に俺の眉がピクリと動く。
そして同時に単純に興味が湧いた。
「どういう奴なんだ? そいつ。何でそんな奴が護衛なんて募るんだ?」
俺は好奇心のまま聞いた。
「本来であれば奴一人でも十分なんじゃが、家業と元職場の面目を立てるためだけに奴はクエストとしてこの件を発注した。ワシはそこに冒険者志望二人――今はエルフが一人増えたが問題なかろう。そこにねじ込めるように交渉した。結果、奴は快諾した。脅威度Dランクのダンジョンに、冒険者志望だけを伴って潜ることを、面白そうだと笑ったぞ」
アルルは机を囲む俺たちの顔をぐるりと見て、続けた。
「奴がどんな人物かは実際に会って、それぞれに感じると良い。奴は名門貴族イルミナル家の放蕩息子にして元ディスペア第一騎士団準騎士。冒険者証を持たない人類種の中では最高峰に近い強さを持つ者じゃ」




