表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/14

十三話 初心者にうってつけの洞窟


 俺はこの洞窟で<レベルドレイン>を三度撃たなければならない。

 そのためには俺の中のおよそ9割の魔力を消費しなければならない。

 そう考えると、使える魔力は限られている。


「<ファイアボルト>」


 俺は洞窟の天井に逆さまに止まるケイブバットに炎の魔術を使った。

 手から炎の渦が巻きあがり、矢となって蝙蝠の魔物を穿った。

 大して威力のない魔術だが、この洞窟レベルの魔物であれば一撃で倒せる。


「おい、魔力の無駄遣いじゃないか? <レベルドレイン>とやらを使う余地はあるんだろうな?」


 ゴブリンのこん棒をラウンドシールドでさばきながらアイリスが言った。

 アイリスは先ほどのジャイアントラットを倒した時と同じやり方、盾の一撃でそのゴブリンの頭を砕き、その後ろに居たもう一匹のゴブリンにショートソードを突き刺した。

 手慣れたような一連の動きで、一瞬で二体のゴブリンが絶命した。


「つってもやることが無いし、<ファイアボルト>くらいなら5発撃っても余裕がある」


 既に<身体強化のルーン>は体に刻んであったが、前に出ることはなく、俺は完全に暇を持て余していた。


 俺たちは洞窟に入るなり、大量の魔物の襲撃と言う洗礼にあっていた。

 細い小道を通っていたかと思えば、いきなり開けた場所に出て、その広い空間には少なくとも6体以上のゴブリンと、同じくらいの数のマッドドック、天井にはケイブバットが3体逆さまに止まっていた。

 俺は<身体強化のルーン>だけを体に刻んで、前に出ようとしたが、ミリアルにそれを止められた。


「数はわたくしが減らします。ウェアウルフが出るまで前衛はアイリスで十分ですよ」


 ミリアルはそう言った後、杖を掲げて呪文を口にした。


「<カラミティストライク>」


 無属性の魔力の矢が、無数に中空に表れたかと思うと、矢のように放たれ、地上の魔物を蹂躙した。

 それは何かを狙って撃ったわけではなく、ただ範囲内に魔力の矢を降り注ぐという魔術だったが、それだけでマッドドックは全滅、ゴブリンは三体にまで減った。

 生き残ったゴブリンは前に立つアイリスに肉薄した。

 飛び道具や毒を使う知能すらない小鬼に、アイリスが負ける道理は無かった。

 あとは天井のケイブバットだが、こちらに攻撃する気配はなかった。

 かと言って無視するわけにもいかず、俺は<ファイアボルト>を撃ったというわけだった。

 

「もう、わたくしが減らすと言ったばかりなのに」


 そう言って杖を天井に向ける。

 何かの呪文を口にしたようだった。

 やはり無属性の矢がケイブバットを襲い、二体とも消滅した。

 その間に、地上のゴブリンはアイリスが残りの一体を倒して、全滅していた。


「二人とも強すぎる」


 俺は率直な感想を漏らした。

 見た目は年若い人間種の女性にしか見えないが、その中身にどれほどの技術と魔力が詰まっているのか。

 

「魔物が弱すぎるんだよ。初心者向けの洞窟だからな。力を持て余してるくらいだ」


 アイリスが当然のように言った。

 

「まあ、言われてみればアイリスはゴブリンを数匹倒しただけか」


「それはそうなんだが。君ね、そんなにすぐに意見を引っ込めるものじゃないよ」


 アイリスは先を歩きながら、ため息をついた。

 その後の洞窟踏破は何の問題もなく進んだ。

 大量の魔物が出現したのは最初だけで、後はゴブリンやマッドドックが数匹単位でちらほらと出るだけだった。

 それらは、何故か意地になってアイリス一人で倒し続けていた。

 俺とミリアルの出番がない。

 俺はせっかく<身体強化のルーン>を体に刻んだのに、効果時間の45分が来てしまい、一度無駄打ちした形になってしまった。

 再度使用するかどうか考えて、止めた。

 ウェアウルフに遭遇するまで使う必要がないと確信するくらい、俺の出る幕がなかった。

 

「暇だな」


「暇ですね」


 俺とミリアルが、マッドドックに剣を突き刺すアイリスを見ながら頷きあった。

 剣に付いた血を払いながら、アイリスは憤慨する。


「だいたい私たちレベルの人間が来るダンジョンじゃないんだよ。師匠が明日に間に合わせるため、急遽受注したクエストだからしょうがないんだけど」


「明日に間に合わせるため?」


 俺が聞くと、ミリアルが補足した。


「前々から明日に手強いクエストをわたくしとアイリスで受注することになっていたのですが、ここに来てロンソさんの加入、とのことで、一度ロンソさんの力を見ておきたいと申し上げたところ、アルル様がこうして場所を用意してくださったんです」


「それで魔力の節約と言う縛りを設けるんだから、本末転倒と言うか。しかし、師匠の意図としては、ロンソが適当に雑魚を散らすところを我々が確認するよりも、明日のクエストにはそっちの、<レベルドレイン>の方がよほど重要なんだろう。内容は我々も知らされてはいないが」


 アイリスがどことなくやるせない感じで言いつつ、先を歩き始めた。

 

「内容は知らされていないのか?」


「ああ。だが、冒険者試験を受ける前に、受けておくべきクエストだということだけは聞いている。師匠は君にも受けさせたがっているようだった」


 アイリスは先の方を見たまま答えた。


「俺にも?」


「頭数は多い方がいいという事かな。内容を知らないから如何とも言い難いが。と、そろそろ最奥だが、ウェアウルフは出なかったな。この場合どうするんだろうか」


 アイリスは頭を傾げた。

 しばらく小道が続いていたが、やがて開けた空間に出た。

 そこには都合よく狼の顔をした二足歩行のの魔物が三体、血走った目で小道から現れた俺たちをねめつけていた。

 けれど、想定していた魔物は茶色の体毛のウェアウルフだったが、そこにいたのは白い毛皮の、ウェアウルフの上位個体だった。


「ホワイトファングだな。白い毛皮は斬耐性が高い。誂えたみたいに三体いる。ウェアウルフは任せると言ったが、どうする?」


 アイリスが俺を試すような口調で言った。

 辺りを見ると、もう一つの目標である薄紫をした日蔭草がまばらに生えていた。


「同系統の魔物であることは変わりないし、上位個体なら文句ないだろう。予定通りやろう。日蔭草だけ、必要数分、頼む」


 俺が頷いて答えると、アイリスはにやりと笑った。


「そう来なくちゃな。では私とミリアルは日蔭草の採取にかかろう」


 アイリスとミリアルが壁に沿って進み始めるのと、ホワイトファングの三匹がこちらに突進してくるのはほとんど同時だった。

 牙を剥き出しにして、鋭い爪で空中をかくように振るいながら、俺に向かってきていた。

 向こうから来てくれるなら手間は省ける。アイリスたちの方に向かわれたらそっちの方が面倒だ。


「さて、どうするかな」


 とりあえず<身体強化のルーン>は二角素早く体に刻んだ。後は<ストレンジアップ>を使うかどうかだが、効力も効果時間もルーンに比して半分ほどしかないそれを使うべきか否か。

 考えている間に、まず一匹が俺に肉薄する。

 右手の爪を振るってきたので、こちらに届く前に、先んじて一歩踏み込んで、左腕で相手の右腕を受け止めた。

 その腕に力が十分に乗る前に止めてしまえば、<身体強化のルーン>だけで十分のようだった。


「<レベルドレイン>」


 そして白い体毛は物理耐性が高いが、魔力耐性は殆どない。

 俺は右手を相手に突き付けて、ステータスを吸った。

 そしてそのまま、右手で無呼吸の五連パンチを繰り出した。魔力は込めていない。必要がないからだ。

 本来防御力の高いホワイトファングと言う個体には通らないであろうその攻撃は、ステータスを吸うことによって、相手の防御力が下がったことも相まって、必殺の攻撃になっていた。


「一匹終わり、と」


 残り二匹。片方がその仰々しい牙でこちらに噛みついてこようとしていて、もう片方が爪を振るわんとしていた。

 噛みつこうとしてくる方の顎を魔力を乗せた右足で蹴り上げ、もう片方の腕を取って、そのまま<レベルドレイン>を行った。こちらも問題なく通った。

 そして腕を取ったまま、壁に投げつけた。とどめを刺すのは後だ。

 俺はもう片方の、蹴り上げて、そのまま仰向けに倒れたホワイトファングにマウントポジションを取るように乗り、<レベルドレイン>を行った。

 

「目標達成だな」


 ステータスを吸い終えて、筋力や頑丈さなどが上がった感覚を、俺はマウントポジションを取ったまま確認した。

 ついでに<獣化>スキルも覚えたので、使ってみようとするも、変化先がないということで何にもならなかった。

 ただの死にスキルが増えただけだった。


「まあ、いいか。<レベルドレイン>でステータスは結構上がったみたいだし」


 9割の魔力を消費して疲れてもいた。

 余裕ぶっていないで、さっさととどめを刺さなければならないが、俺は肩で息をしていて、自分でもどうかしていると思うくらい、体が動かなかった。


「あ、もしかして<獣化>スキル。一応発動はして魔力は消費されてるのか」


 体には何の変化もなく、スキルによるステータスアップも無かったものの、魔力だけはきっちり消費されたらしい。とんでもないクソスキルだな。

 最後の抵抗と言わんばかりに、先ほど壁に投げつけたホワイトファングがこちらに牙と爪を向けてにじり寄って来ていた。

 マウントポジションを取っている方も、隙があれば噛みつかんと未だに目を光らせている。


「め、面倒だな……」


 疲れ切った体に鞭打って、僅かに残った魔力を右手にかき集めて、その手刀でまず仰向けになっているホワイトファングの頭を割り、とどめを刺した。

 そして立ち上がり、寄ってくるホワイトファングにフェイントも何もない、ただの右ハイキックを見舞う。

 相手の左肩に当たり、ダメージはあったようだが、その一撃だけでは仕留められるに至らず、相手はたたらを踏んで後退しただけだった。


「だらだらとやってもしょうがないけど……」


 俺は気怠い手足にどうにかいうことを聞かせて構えを取った。

 もうはっきり言って3回くらい殴ればそれで終わりなのだが、それが果てしなく長い作業のように思えた。


「遅い」


 そこに不意に振るわれるショートソードの一閃。

 横からアイリスがホワイトファングに斬り付けた。

 何の抵抗もなく白い毛皮が切り裂かれ、その場に倒れた。


「おお、ホワイトファングとは思えない柔らかさだ。これは大したものだな」


 横入りでとどめを掻っ攫ったアイリスは<レベルドレイン>の効果に驚いているようだった。


「任せてくれるんじゃなかったか?」


 俺が自分への皮肉交じりで聞くと、アイリスは空とぼけた様子で答える。


「ウェアウルフは任せる手はずだったが、ホワイトファングだったからな。もう目的はお互い達成したようだったし、時間も勿体ないしな」


 アイリスが腰に薄紫の薬草を何束かくくっているのを見て、本来のクエスト目的は達成されたのだと分かった。

 俺は店売りのマジックポーションを飲み、僅かでも魔力を回復しようとしたが、割合回復ではなく固定値回復のマジックポーションでは、俺の魔力の絶対値が高いので本当に雀の涙程度しか回復しない。


「大丈夫ですか? 随分お疲れのようですけど」


 同じく腰に日蔭草を携えたミリアルが聞いてきた。

 

「ちょっとスキル使用でミスってね」


 興味本位で<獣化>を使ってしまったのが余計だった。

 あれがなければもう少し余裕があったはずなのに。

 それを考えると、<ストレンジアップ>を使わなかったのは正解だった。

 下手したら魔力切れで昏倒していたかもしれない。

 初心者向けダンジョンでそんなことになったら恥ずかしいどころの話ではない。


「まあ、こっちの目的も達したよ。日が暮れないうちに帰ろうか」


「待て待て。ホワイトファングの毛皮はなかなか高く売れる。少し剥いで行こうじゃないか」


 そう言って嬉々とした様子でアイリスが魔物を解体するのを、俺とミリアルはやはり手持無沙汰で眺めているしかないのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ