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十一話 サウリ教と酔っ払い


 神獣種と言う神様が存在している以上、この世界には神は実在している。

 けれど、サウリ教徒の信仰するサウリと言う存在はあくまでも概念的なもので、誰も見たことがない。

 伝説において語られるだけの存在である。

 語られるだけの、そこには物語があった。その筈だった。


「つまりは艱難に満ちた生涯を送ったサウリは、最後は地平線以外何もない世界の果てで、文字通り十字架を背負いながら歩き続け、やがて力尽きたと」


 サウリ教徒であるミリアルの話を要約するとそんな感じだった。

 すっかりシードルで酔っぱらったミリアルは、聞いているんだか聞いていないんだか、焦点の定まらない目つきで頷く。


「そうですそうです……。それを曲解したセント派というのがまた厄介えして……」


「曲解?」


「サウリ教『セント派』は『生きてることは苦痛に満ちているから、死によって解放されなければならない』と考えている殺人集団だな。指導者のセント・ヴァージルは国家間を超えて指名手配されているらしい」


 本に目を落としながら、アイリスが補足した。

 その隣ではアルルがすっかり机に突っ伏して眠り込んでいた。

 どうしてこんな事になっているのか。


 アイリスをリーダーとした話し合いは殆どすぐに終わった。

 明日行くカガリの洞窟と言うのは本当に大したことのないダンジョンのようだった。

、出没するのはゴブリンやマッドドック、洞窟によくいる大型蝙蝠型の魔物、ケイブバットくらいなもので、たまに現れるウェアウルフが多少厄介なくらい。

 ただ、一つ厄介なのは目的の日蔭草が奥まった場所にしか自生しない事。それを5つ採ってこなければならない。

 どうしても魔物との戦いは避けられないが、前述のとおり大した魔物は出現しない。

 

「一応私が前に出て、ロンソは数が多かったら迎撃、ウェアウルフが出たら任せる。ミリアルは後ろから魔術で攻撃か回復。そんなところか」


 魔力の節約を命じられているので、アイリスがまとめたそれに異存はなかった。

 ミリアルもそれに頷き、不備があれば指摘する、と意気込んでいたアルルも特に口をはさむことは無かった。


「何はともあれ、飯じゃな」


 話がひと段落したころに、アルルは言った。


「ロンソを見ていると、何故か飯を食わさねばならんような気がしてくる。豚を一匹焼くぞ」


「何故かはわかりませんが、同意ですね」


 アルルの謎の発言に、アイリスが何故か追従し、夕餉が始まった。

 酒は飲めるのか、と聞かれたが、飲んだことは無いし、明日に差支えがあったら困るので断ったら、アルルとミリアルだけで酒杯シードルを重ね始めた。

 香草を詰めた豚の丸焼きは、どことなくオリエンタルな味でとても美味しかったが、量が多いのには閉口した。

 いや、沢山食えるぶんには良いのだけど、体重を増やしたいのは事実だし。


「食べなさい……太りなさい……」


 どんどんと俺の皿に豚を盛ってくるミリアルは、その時点でもう顔が赤く、目つきが怪しかった。

 そしてサウリ教について語り始めた。

 酔っ払いの話なので前後不明、要点も定まらない奇妙な語り口で、俺はサウリ教の聖典に書かれたサウリの生涯について聞かされた。

 要点をまとめようにも、先ほど俺が言ったサウリの最期、世界の果てで十字架を背負って力尽きて死んだ、と言うのを理解するのが精いっぱいだった。

 ただ、ミリアルはそれを聞かせて改宗させようという意図はさらさらないようだった。


「『すべての人はサウリ教を信仰しなければならない』と頑なな『合力派』とは違うのです……わたくしは主流派ですので……」


「そうらしいぞ。聖典を買わされなくて助かるな」


 生返事に似た感想を言うアイリスは、すっかり相手にしていないようで、ミリアルの話の途中から表紙のすり切れた本を読み始めていた。

 アルルはシードルを四杯ほど飲んだところで眠ってしまった。

 俺一人が冷めつつある豚を喰い続けていた。

 これはもはや戦いだと思い込み、飲み物で豚を流し込むように食い続けた。


「ところえ……」


 呂律が微妙に怪しいミリアルが言う。


「<レエルドレイン>ってなんえすか?」


 それは俺も知らないスキルあるいは魔術だったが、多分<レベルドレイン>の事だろう。


「相手のステータスやスキルを奪う、本来吸血種が持ってる呪い」


 俺は教科書通りな返事をした。

 エルフの俺が持っていることの因果などは面倒なので省いた。


「良いですねえ! ちょっとわたくしにかけてみえ下さいよ!」


 急にテンションが上がった様子で、両手を広げてミリアルが言った。

 あどけない顔でハグを求めるようなポーズにも見えるので、多分この人はあんまり酔っぱらってはいけないのではないだろうか。

 それはともかくとして。


「いや、普通に魔力抵抗で弾かれるし、何より倫理的にやりたくない」


 俺は普通に断った。当たり前だ。ミリアルに<レベルドレイン>をすれば貴重な<ヒール>が手に入るかもしれないが、敵対者でもない彼女に使うのは間違っている。


「えー」


 ミリアルがむくれたが、使いたくないと言ったら使いたくないのだ。

 俺は頑として断り続けた。そしてその合間に豚を食った。

 いい加減豚にも飽きてくるころだが、飲み物のリンゴの酸味がマッチするので何とか食い続けていられた。

 

「ところでロンソ、私も聞きたいことがある」


 アイリスは本に目を落としたまま聞いてきた。


「君は酒を断ったと思うんだが、先ほどから飲んでいるものはシードルじゃないか?」


 当然だが、シードルはりんごを発酵させて作る酒のことで、アップルジュースの事ではない。

 アイリスの言った通りで何かおかしい。

 前後が定まらないような浮遊感があると思ったんだよ。


「ああ、どうも、そうらしい」


 俺がそう答えると同時に、机が鼻先に迫っていた。

 ぶつかる、と思ったが、体がそれを避けようとしないので、俺はこのまま机に激突するのだろうな。

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