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十話 丘の拠点


 ディスペアの都市部から離れた丘の上、山の休憩所のような木の家がアルルの言う拠点だった。


「何か、風情があって良い感じだな」


「ふっふーん、よいじゃろ? コツコツとオーク材切り出して作ったんじゃ」


 アルルは胸を張って自分を指した。


「自分で建てたのか!?」


「長いこと生きてると、そう言う暇な時期もあるんじゃよ」


 この童女の細腕でこの一軒家を立てるというのは、どうにか想像しがたいものだったが、本人の満足そうな顔を見ていると、まんざら嘘でも冗談でもなさそうだった。

 アルルは扉に駆け寄ると、今度は流石に足で蹴り開けるようなことはせず、手で開いて、俺を招き入れ、中に声をかけた。


「戻ったぞい。ロンソを連れてきた」


 アルルの後に続く形で中に入ると、まず最初に土間のようなスペースがあり、剣やら槍やら杖やらが傘立てのように何か所も纏めておいてあったり、鎧兜や盾などが棚に収納されている。

 壁にはローブが何着も何かにひっかける様に掛かっており、ついでに薬草のようなものも縄に編むような形で干されていた。

 漬物石のような重りを落とした蓋つきの壺も何個かあった。装備や薬草が置いてあることから、まさか本当に漬物が付けてあるわけではないだろうが、一体それが何なのかは分からなかった。


「何これ、武器屋か? 薬屋か?」


 入っていきなり飛び込んできた光景に、思わずそんな感想を漏らした。


「ただの趣味じゃよ。薬草類は実用品じゃがの」


 そんなことよりも、とアルルはその先、一段上がるような感じで作られた木の床のスペースを指した。


「師匠、挨拶よりもこの異様な武器群を目にしたらそっちに気がとられるのは無理のない事でしょうよ。ロンソ、昨日ぶりだな」


 そう言って右手をひらひらさせているのは、昨日転移石前で魔力比べをしたアイリスだった。右手は何の問題も無さそうで何よりだ。椅子に座って読書をしていたようで、左手にすり切れた表紙の本を持っていた。

 土間とは対照的に木の床のスペースは西洋風で、木のテーブルに椅子、火は入っていないが、暖炉までしつらえてあった。

 アイリスがブーツを履いたままのところを見ると、どうも土足で上がってもいいようだった。


「師匠ではなく指導役だと言っとるのに」


 と、アルルは不満そうに口を尖らせた。

 そして、アイリスと共に机を囲んでいる女性がもう一人いた。

 ディスペアでよく見かける金の髪をしており、自然な形でふわふわと巻き毛が出来ている。

 彼女は防御力の高そうな、分厚い布地の白い服を着ていた。首には十字架の銀のネックレスが掛けられている。

 初めて見る顔で、アルルがそちらを指したのは、少なくとも名前くらいは名乗っておけと言うことだろう。


「えっと、こんにちは。エルフのロンソ・アロンソだ。アイリスは昨日ぶり」


 そう言って俺もアイリスに右手をひらひらと振り返した。

 すると、もう一人の女性の方が立ち上がり、胸の十字架に手を当てて軽く頭を下げた。


「初めまして、ミリアル・ネヴァーと申します。サウリ教のシスターをしていましたが、縁あってアルル様の元で見習いをしています」


 元シスター。なるほど、それで十字架を付けているのか。


「見習いと言うかアマチュア冒険者な。プロの冒険者証を取るまで、プロの冒険者のワシがこの二人にクエストを仲介して上前を撥ねておるというわけ」


 アルルが補足するようにそう付け加えた。


「上前を撥ねるなどと。アルル様の選ぶクエストはどれも刺激的で、勉強になります」


 ミリアルは箱入り娘のようなおっとりとした口調で言った。


「そうか? 明日のクエストは急遽とってきたつまらんフリークエストだし、明後日のは……うん……」


 何故かアルルは最後に言葉を詰まらせて目を逸らせた。


「ま、聞いての通りミリアルは根っからのサウリ教徒だ。高い十字架や聖水を勧められても断るんだぞ」


 アイリスは冗談っぽく言うと、ミリアルは慌てたように両手を振った。


「わ、わたくしはそんなことしません! わたくしは各個人の宗教観を尊重する『主流派』です! そもそも高値で免罪符や聖水を売りつけているのは、サウリ教徒ではなくインチキ商会の仕業ではありませんか」


「そうなのか? サウリ教って派閥がいっぱいあるからその一部かと思ってた」


 俺が以前エルフの街で思ったことをそのままいうと、


「誤解です、誤解!」


 と、ミリアルは即座に訂正した。

 そのやり取りを中断するように、アルルがパンと手を叩いた。


「盛り上がっているところ申し訳ないが、ロンソのテストをちょいとしておきたいんじゃが」


 テスト? 聞いてないぞ。

 けども、いきなりやって来ていきなり冒険者になれるようなうまい話はそりゃ無いか。

 って言うか、二人は冒険者志望のアマチュア冒険者で、そんで冒険者証ってのはどうやったら手に入るんだ? そういや前にアイリスが試験とか言っていたような……。

 俺がそんなことを考えながら戸惑っていると、木の床のスペースに居るアイリスは興味深そうに眼を開き、ミリアルは軽いため息をつきながら椅子に座った。

 俺とアルルが土間で対峙するような形になっている。

 

「本気でワシに攻撃せよ。武器を使っても構わんが、ワシのコレクションには触るなよ。どうしてもと言うならアイリスのショートソードか、ミリアルの杖を借りろ。いらんだろうがな。魔術や禁呪はお勧めせんな。ヌシの、前者は威力がいまいちだし、後者はワシには通らん」


 アルルは訓練所のそれを見てきたように言った。

 が、元よりそれらを使う気はない。

 それよりも、


「本気で良いのか?」


 俺は構えてそう聞いた。


「もちろん」


 アルルは不敵な笑みを浮かべた。

 その瞬間、スイッチを入れる様に、俺は<ストレンジアップ>を自身にかけ、左手で素早く<身体強化のルーン>の二角を体に刻んだ。

 そして魔力を乗せた左足で下段廻し蹴りを繰り出す。


「なかなか速い、が、そっちじゃなかろ」


 ぴょい、とアルルは跳んでそれを避けた。

 その通りだった。今のは単に速度を上げるためにブーストしただけ、本命はこの後。

 俺は下段回し蹴りの勢いそのままに一回転しながら、右足の魔力を、左足よりのそれよりもさらに出力を上げて――これでも今までで一番の高威力だ――回転後ろ廻し蹴りを、跳んだアルルの身体に、踵をぶつける様に振り抜こうとした。

 けれど、だ。

 それは胴の辺りを狙った一撃だったが、右腕でガードしたようだった。

 それよりも俺は驚愕させられていた。何の支えもない空中に居てなお、アルルは少しも動かなかった。蹴った感触は人間のものとは思われなかった。鉄の塊と言うよりは、大地に根を張った樹か、あるいは巨大な城をイメージさせられた。

 たん、と、飛んだ位置にアルルは着地した。

 俺は足を上げたまま、今蹴ったものが何だったのか分からず、硬直していた。


「まあ、ミスリル製品をへこませるくらいの力はあるかの」


 アルルは左手で俺の足を下ろすように力を加える。硬直が解けたように俺の足がストンと落ちた。


「……チクショウ」


 Sランク冒険者、アルルとの実力を差を感じさせられた。けれど、落ち込んでいるなんて時間の無駄だ。

 俺は顔を振った。冷水で洗い流したい気分だったが、ともかく心を切り替える。

 魔力が増した程度でなれるほど、最強の道は甘くないということだ。

 だったらまずは冒険者になってから、戦闘経験を積んだらいい。

 前を向け、と自分に言い聞かせた。


「<プロテクション>二重掛けで押されるとは思っとらんかったわい」


 そう言ってアルルは、右手を振りながら木の床のスペースの方へ声をかけた。


「ミリアル、<ヒール>を頼むわい。右腕が結構痛い」


「お任せください」


 ミリアルがアルルに駆け寄り、右腕に手をかざすと、暖かい光が現れた。

 白魔導士の適性がないと覚えられない<ヒール>。

 ミリアルにはその適性があるのだろう。珍しい能力であるらしいけれど。

 エルフの里に居た頃に何度か見たことはあったが、こんなところで見れるとは、とまた少し驚いた。


「戦力は合格。あとは心構えじゃが」


 アルルは<ヒール>を受けながら、しばらく考える様に頭をかいた。

 ミリアルの<ヒール>が終わるまでそれが続き、彼女が自分の椅子に戻るまでたっぷり考えたのち、開き直ったように言った。


「お小言の一つも言おうと思ったけどやめた!」


「えっと、何で? 心構えの話だよな?」


 と、俺は聞き返した。

 

「うむ。つまらんし、楽しくないし、意味がない。だからヌシに問うことは一つ。冒険者になりたいか? どんな手段を使ってもじゃ」


「なりたい、と言うか、なるともう決めてる。手段は問わない」


 俺はそう答えた。

 もうそれは俺の中で決定事項なのだ。空から落ちるようなものだ。

 地面に着地するか、墜落死するか、あるいはそれまでに心臓が止まるかの違いしかない。


「冒険者試験の受け方を知らぬと聞いたが、ネイア・ダンタルフからは教わらなかったか?」


「教えてくれなかったな。狭き門、とか何とかは聞いたけど」


「うむ。そうか」


 アルルはなぜか満足そうな顔つきで頷いた。


「よし、では急だが、明日と明後日、このアイリスとミリアルと共に、二つ、ワシが仲介するクエストを受けよ。そうすれば、冒険者試験の受け方を教えようぞ。勿論報酬も頭割りで渡す。異存ないな?」


「分かった、異存無しだ。けど、いきなり俺が参加して大丈夫なのか?」


 いきなりパーティーを組むとか、そこだけを少し不安に思った。


「そのためにわざわざ明日のフリークエスト探してきたんじゃよ。ぶっちゃけ明後日が本番。明日は予行演習。近くの洞窟に日蔭草を採取しに行くだけの簡単なものじゃ。簡単すぎるので、アイリスとミリアルには別にワシ直々の極秘のクエストを既に言い渡してある」


 そこでアイリスが頷きながら言う。


「ああ、ロンソが承諾した際は、彼を絶対に死なせるなと言う奴ですか? 簡単ですよ」


「極秘だというのにこいつは! いや、まあいい。ロンソ、ヌシにも極秘クエストを申し付ける。くくく、アイリスよ、これで難易度が上がるぞ」


「カガリの洞窟でしょう? たかがしれている」


「舐めくさりよって。ではヌシよ、極秘クエストを申し付けるぞ。ちなみに<レベルドレイン>は日に何度使える?」


「三度だな。それで魔力の大部分が無くなる」


 俺の返事に、アルルは意地の悪い笑みを見せた。


「では最小の魔力で日蔭草の採取をこなし、三体のウェアウルフに<レベルドレイン>を使い、力を吸収せよ。明日行く洞窟の中ではまあまあ良い感じの魔物じゃ。ヌシはもうちっと頑丈さを身に着けた方がいい」


「ウェアウルフか。確かに手ごろな感じだ」


 今生では遭遇した事はないが、獣人族とは異なる、狼の顔をした二足歩行の魔物だ。

 毛皮の物理防御の性能はそこそこ高いが、魔力も知能もさして高くない。<レベルドレイン>向きの魔物と言える。


「ヌシ、まさかウェアウルフを<レベルドレイン>した経験ありでそのステータスなのか?」


「いや、伝聞で聞いたことがあるだけ」


 アルルに疑問を持たれたので適当なことを言ってごまかした。

 と言うか、アルルにはステータスとかそう言うの見えてるのか?

 俺は見えないんだけど。


「その程度ならば何の問題もないでしょう。いざとなればミリアルがどうとでもしてくれる」


 アイリスは自信満々に言ったが、そう言うのは人任せと言うのだ。

 一体その自信はどこから湧いてきたんだ。

 話を振られたミリアルは、首をひねって恐る恐る疑問を口にした。


「わたくし思うんですけれど、極秘って何なんでしょう……?」


「パーティーリーダーはアイリス! ここからは明日のクエストの概要、戦闘時の作戦など、お前が中心になって話し合えい!」


 俺はミリアルと全く同じ疑問を抱いたのだけど。

 アルルの強引なノリで、ミリアルの疑問は解消されることは無かったのだった。

 多分アイリスがばらしちゃったからどうでもよくなって、後は悪乗り、と言う感じがした。

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