一話 孤児エルフ
「魔術、弓術共に標準以下。エルフとは思えん適性の低さじゃな、ロンソ」
里の長老はため息交じりに俺の寸評を述べた。
このエルフの里では青年期に入ったエルフに対して魔術、弓術の適性を図るという風習がある。
魔術が高ければ農作物を育てる役目を与えられ、弓術が高ければ狩りに出る。
俺はそのどちらも落第レベルだと、長老は言ったのだった。
「では、俺はどうすれば?」
やけっぱちな気分になって俺は聞いた。
元から自分が出来の良くないエルフだということは分かっていた。
農作物に対して成長促進の魔術を施しても、出力が乏しく芽が出ない。
弓で的を狙えば明後日の方向へと飛んで行ってしまう。
恐ろしく不出来な生き物なのだ、俺は。
「力仕事に従事してもらうか、それとも荷物をまとめて出ていくか、どちらかじゃな」
馬鹿なことを、と俺は思った。
力仕事と言うのはエルフのする仕事ではない。
他の種族を雇って行うものだ。非力なエルフが出来ることなどたかが知れている。
だから、長老の言うことは実際のところ、
「出ていけ、ということですか」
「そうするのもロンソ、お前の自由じゃよ。この里に働けないものを置いておく余裕はないからの」
長老は話は終わったと言わんばかりに、俺にはそれ以上目もくれず訓練所を出て行った。
俺は頭を抱えた。もう生涯に終止符が打たれたような気分だった。
訓練所では巻き藁に弓矢を撃つエルフが数名いたが、俺の事なんて誰も気にしていないようだった。
もう殆どいないものとされてしまっていた。
俺自身、もう出ていくしか道は無いと悟っているのだから、それは仕方がないにしても、誰も気休めや優しい一言なんてかけてくれはしなかった。
「最初から最後までこんな感じか」
俺はずっと一人で生きてきた。
親は無く、宿屋の馬小屋の軒先を借りて生きてきた。
食事は殆ど残飯漁りのようなもので、魔術や弓術の手ほどきなんて誰もしてくれはしなかった。
それでも、見よう見まねでそれらしいことができるようになるよう努力はしてみた。
長老からネコの額ほどの畑を借りて種をまいて魔術のまねごとをしたり、訓練所で矢をつがえてタコが出来て血が滲むくらい射ってみたりはした。
その結果が今日の長老の寸評だった。
「魔術、弓術、どちらかでも才があったら家が与えられたのに……」
手のひらをじっと見た。
栄養が行き届いていない、細く、けれども訓練で血のにじんで節くれだった歪な指。
自分なりの努力の証がそこにあった。
けれど、こんなものでは置いておけない、と長老は言ったのだった。
もう明日からは馬小屋の軒先すら借りられないだろう。
力仕事を生業とする他種族――つまりは奴隷と同じ部屋で寝泊まりするか、出ていくか。
前者は、事実上有って無いような選択肢だ。奴隷ですら非力なエルフを疎ましく思うだろう。
「殺されても、誰も文句言う奴はいない、か」
最悪の結末が頭をよぎる。けれど、そうなる可能性の方が高い。
どんなに楽観的になろうと試みても、鬱憤のたまった奴隷たちの憂さを晴らすにはいい的であることだけは確かだ。
かと言って、俺は生まれてこの方、このエルフの里の周辺から出たことは無い。この里に住むだいたいのエルフがそうであるように。
だから、外の世界なんて知らないし、知らずに生きていくのが一番いいと、誰に教わるでもなく、そう感じていた。
だが、それはもう叶わないことになってしまった。
俺は訓練所を出たが、馬小屋に戻る気にもなれず、ふらふらと里の外にある森へと向かった。