4.スライム
外に出ると、遥か上空に二羽の白い鳥が飛んでいるのが見えた。二羽で気持ち良さそうに青空を舞っている。
いいな、空からならこの森を一望出来るんだろうなぁ。
とことこと森の中を歩く。見たことのない花や植物、私が出せる木の実と同じ木の実、綺麗な水の流れる小川など、森には様々なものがあった。
時々植物などを鑑定しながら森をどんどん進んでいくと、背の低い木の根元に小さな穴が開いていることに気付いた。
『巣穴、かな…?』
何かの巣穴だろうか、穴の入り口付近には掘り起こしたばかりの土が盛られている。さすがに覗き込むのは少し怖かったので、木の実を一つ、穴の中に落としてみた。
「…チュ?」
『わぁ?!』
何かが突如穴から現れ、私は驚いてひっくり返ってしまった。手足が短いせいで、思ったように動けない。起き上がると、穴から私より少し大きい茶色の鼠が顔を出していた。
「チュー」
私がさっき穴に落とした木の実を咥え、鼠が穴から出てくる。私を見つけると、鼻をひくひくさせながら近付いてきた。額に三日月型の傷があるのが、ちょっと可愛い。
…友好的、だよね?万が一噛まれそうになったらダッシュで逃げよう。
「チュチュ?」
鼠は咥えていた木の実を私の足元に置くと、首を傾げた。返してくれてる、のかな…?どうやら鼠と会話は出来ないらしい。私もキューとかしか発音出来てないもんね。
私は頬袋から別の木の実をいくつか出すと、鼠の前に置いた。この世界で、初めて自分以外の生物に出会ったんだもん。なんだかちょっと嬉しい。
「チュー!」
鼠は私の意図を察してくれたようで、嬉しそうに木の実を抱えて巣穴に戻って行った。いいな、二本足で歩けるんだ。いつか鼠語(?)を習得したら、また会いに来よう。
…私ハムスターだけど、会話出来るのかな。
─────ガサガサッ
そんな呑気なことを考えていると、背後の草むらから何か音がした。何かが草むらを掻き分ける音で、その音が徐々に近付いてくる。巣穴も近いし、他の鼠かな?齧歯類仲間として、ここは友好な関係を築きたい。
別の鼠にも木の実を分けてあげようと振り返ると、そこには青っぽい透明な塊がいた。ゼリー状の身体を無機質にぷるぷると震わせている。
『えー…っと?スライム、さん…?』
恐らくスライムであろう塊に声をかけるが、先程の鼠とのやりとりを考えると通じているとは思えない。どこが目なのかすらもよくわからず、そもそも私のことが見えているのかすら怪しい。
『…あの、大きい…ね?』
スライムだと思うんだけど…思ってたより遥かに大きい。私の五倍以上はある身体の中心部に、赤いコアのようなものがあった。
…あれか、もしかして大きい特別な種類とか。レア個体的な。
私があまりの体格差に驚き固まっていると、スライムがもごもごと身体を動かし始めた。少し縦に伸び、私に近付いてくる。
私は後退りをしながら、目の前の魔物を鑑定する。
【名前】なし
【種族】プチスライム
【ランク】F
【レベル】3
【HP】12
【MP】4
【攻撃力】6
【防御力】4
【魔力】2
【素早さ】7
【器用さ】3
【固有スキル】溶ける、変形
【通常スキル】体当たりLv1、溶かすLv1
【耐性】落下耐性Lv1、衝撃耐性Lv1
【称号】なし
…プチスライム?
頭に直接流れてきた鑑定結果に、背筋が凍り付く。ステータスの差はもちろん、五倍以上はある体格差…こんなの、勝てるはずがない。
私は全速力で逃げ出した。頭が真っ白になって、焦りでどちらの方向が自分の巣穴か忘れそうになる。
私の素早さじゃ追い付かれるかもしれない、でも、ここにいる訳にはいかなかった。私みたいな小さな身体じゃ、絶対に敵わない。
やばい…!
ランクとレベルが少し違うだけで、あんなにステータスが変わるなんて。私のステータスじゃ攻撃は通らないだろうし、一発でも攻撃をくらえばアウトだ。
逃げなきゃ。
後ろを振り返っている暇はない。四つ足で走ること自体まだ慣れていないし、精神的にも余裕はなかった。全ての力を振り絞って、私は走り続けた。
『帰ってこれた…』
無我夢中で走り続け、私はなんとか巣穴に帰ることが出来ていた。双子の木を見るとなんだか安心する。朝に干していた蔦と草もそのままだ。
逃げていた間のことはほとんど覚えていないけれど、プチスライムは後を追ってきてはいなかった。動物好きのスキルが発動していたのかもしれない。
私は巣穴の中に入ると、今朝溜めていた朝露を飲む。木の実はいつでも出せるけど、水は持ち歩くことが出来なかったので喉がカラカラだった。朝から常温で置いてあるので少し生温いけど、それでも美味しい。
水分を補給し木の実をかじり、ようやく人心地着くことが出来た。
『ふぅ…』
外に乾かしていた蔦と干し草を巣穴に回収する。天気が良かったからか、蔦も干し草もすっかり乾いていた。
身体はすごく疲れていたけど、クタクタだからこそちゃんとした寝床で休みたい。蔦の骨組みの上に干し草を敷いただけの簡単なものだけど、地面に直接寝るよりかは遥かに良かった。
私は余った干し草を地面に敷き、そこに座る。お腹が空いてきたので木の実をいくつか出して、水分が多いものを選んで食べた。ほんのりとした優しい甘みが、身体中に沁み渡る。
それにしても、プチスライムであんなに大きいなんて。ステータスだって、私より遥かに高かった。プチなんてかわいいもんじゃない。スライムくらいになら私でも勝てそうだなんて、完全に舐めていた。
…もしかして、プチスライムがレア個体だったとか。よくありそうな名前だけど、レア個体だったとしたらあのステータスには納得だ。鑑定してみるか…
【プチスライム】最低ランクの魔物。進化するとスライムになる。他の魔物を倒す力はほとんどないので、共食いや動物を倒してレベルを上げ進化する。
プチスライムで最低ランク?
食べかけの木の実が、手のひらから零れ落ちた。背筋に悪寒が走り、寒くもないのに身体が震えだす。
プチスライムはランクF、私はF-だった…F-ってなんなの?
震える身体を抑えながら、鑑定する。
【ランクF-】動物に与えられるランク。家畜や食料、ランクFの魔物に経験値にされたりする。戦う力はなく、レベルは上がらない。
『え…?』
目の前が真っ暗になった。
魔物が存在するこの世界で、私はただの動物だった。
私は、知らなかった。
私はただのハムスターで、この世界の食物連鎖の最下層なんだってこと。
どんなに頑張っても、レベルも上がらず進化も出来ないんだってこと。
私、この世界で生きていけるの…?