身内に手を出したら、後がまずいだろっ
ロワールが姿を見せた途端、中央にいた最年長(それでも二十歳なのだが)の女性が、慌てることなく声を張り上げる。
「ロワール様、おはようございます!」
「おはようございますっ」
続いて彼女の部下たる他の神官達が叫び、さらに恭しく低頭した。
ちなみに神官と言えども、別に神官風の服装ではなく、有り体に言えば、ブレザーの上衣とブラウス、さらに下はスカートで、全くもってどっかの中学とか高校の制服にありそうだ。
よく観察しないと、さして違いがない。
ただ、制服には珍しい、上下ともに純白という色を採用していて、黒いラインがところどころに入っている、というだけ。
後は青いネクタイまでちゃんと着けていて、ますます制服である。
実は、日本人だった二代前の教祖が制定したのだと、今のロワールにはわかっているが、お陰でなぜか自分が赤面しそうになった。
……彼はかなり若くして教祖の座についたようなので、気持ちはわからなくもないのだ。
あと、早速、神力で透視したい気持ちが湧き出てくる……とくに、完璧なスタイルを持つジャスリンなどを見ると。
なんとか理性で押さえたが、いつまで持つかロワール自身も不安である。
「おほん。みんな……ご苦労さま。明日からは、私が出てくるのを跪いて待つ必要はないぞ?」
親切に言ったつもりだが、戸惑ったような視線がささっと交わされ、答える者はいなかった。
「とにかく、立ちなさい」
さらに声をかけると、ようやく十名の女性……というより、女の子達が立ち上がる。
白人系の顔立ちなのは共通するが、髪や瞳の色は、それぞれ違いがあった。
中でもロワールは、最年長の金髪碧眼の女性に頷いた。
「幸い今の私は、皆の名前と姿がちゃんと一致する。君――いや、おまえがジャスリンだな?」
ロワールはさりげなく訂正した。
一般社会の礼儀を、ここへ持ち込むのは逆効果である、と落書きの中にあったためだ。
ここではロワールは神聖不可侵の存在であり、教団に所属する者は、ロワールを神のごとき存在だと信じ切っている。
故に、へりくだった言い方や敬語などは、逆に使うべきではない、ということだ。
昨日の皇帝の態度に、教団幹部達が等しく腹を立てたのを見れば、さすがのロワールにも、それが真実だとわかる。
「はいっ」
事実、感動したように深々と一礼し、ジャスリンが答える。
ロワールの世話をする、身近な神官達の中では最年長に近い、二十歳である。
「お目にかかることができて、身に余る光栄でございます。就任して間がありませんが、教団では第2位の白銀神官も兼ねておりまして、ベアトリス様の補佐役でもあります。以後、よろしくお願い致しますっ」
落ち着いた大人っぽい女性なのに、なぜか肩が震えていた……緊張しているらしい。
ちなみに最低限の知識とやらを得たお陰で、今のロワールは「白銀神官の次は、青銅神官とかになるのか?」などと、誰かに尋ねる必要がなくなった。
ここでは、一位と二位の黄金と白銀のツートップが分かり易いネーミングなだけで、以下、神官の階位(身分のようなもの)が下がるに従い、全然変わっていく。
宝石の名前や花の名前まど、かなり多彩なので、そっちは無視して「第○○位」という部分のみに注意すれば、その神官の身分が簡単にわかる仕組みだ。
「私も目覚めて間がない身だ。よろしく頼む……他の者達も」
ロワールは愛想よく、ジャスリンに頷いてやる。
こんな時になんだが、彼女の制服の胸が少し目立つせいか、どうしても視線を引き寄せられる。
そのせいか、またしてもロワールは、昨晩の落書き部屋で見た、ある書き込みを思い出した。
『清らかな神官達なのに、別に彼女達に手を出してもいいんだと、ようやくわかった』
……という、非常に含蓄に富んだ書き込みを。
(いかんいかん。身内に手を出したら、後がまずいだろっ)
慌てて頭を振ったところで、今度はベアトリスまで部屋まで来た。
「ご都合をお伺いもせず、急な訪問、失礼します――」
言いかけ、神官達と――なによりロワールを見て、ベアトリスは口元に手をやった。
「まあ、ロワールさま!?」
「どうかしたか?」
「いえっ。昨晩、最初のメディテーションをお済ませになったのですね。ご尊顔を拝したところ、やや変わっておりますから、それとわかりました」
ご尊顔は置いて――メディテーションとか欠片も関係なくて、ありゃ煩悩溢れる落書き部屋だが、なにか?
そう答える代わりに、ロワールは自分の顔を手で撫でた……さすがにこれではわからないが、確かに何か変わっている気がする。
「しばし待ってくれ」
そう断りを入れ、壁の一部にかかっていた鏡まで、わざわざ見に行ってみる。
「……む」
確かに変化してした!
黒髪黒瞳なのは同じだが、ずばっと言えば、顔がやや二枚目になっている。
素人の失敗した絵を、プロのイラストレーターが気合い入れて描き直した程度には。
……実際は、エラい差かもしれない。
(け、結構ショックだな……死んだお袋に顔向けできんぞ)
ロワールは心中でため息をついた。
だから、どうせ変化するなら、恭平だった頃の中身を直せと言いたい。
だが、元々の霊体は戦神のロワール・ブランジュなわけで……神力が一部戻ると同時に、こういうことが起きてしまうということだろう。
得た知識にも、やんわりとその情報もあったが……油断していた。
なにしろ後付けの情報だし、図書館で資料を探すようなものだからな。
動揺を見せるかわりに、ロワールは当たり前のような表情を心がけ、ゆったりと皆が待つ元へ戻った。